12月1日、政府は約25年ぶり8回目となる皇室会議を開き、天皇陛下の退位日を2019年4月30日とする意見を決定した。写真は、皇室会議に臨む議長の安倍晋三首相(奥中央)ら。(写真=ロイター/アフロ)

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12月1日、政府は約25年ぶり8回目となる皇室会議を開き、天皇陛下の退位日を2019年4月30日とする意見を決定した。この日程は安倍晋三首相と宮内庁とのバトルの結果のようだ。日本国憲法第9条の最後の守護者となった「平和の象徴」に対して、安倍首相はどんな態度で挑むつもりなのか――。

■「改元の日はメーデー(労働者の日)ですよ」

「などてすめろぎは“平和の象徴”となりたまひし」(なぜ天皇陛下は“平和の象徴”になってしまわれたのか)

安倍晋三首相は、天皇皇后の「おことば」を聞くたびに、そうつぶやいているのではないか。天皇退位の日程が決まった。それを巡っても宮内庁と政治はバトルを繰り広げていたと、有識者会議で座長代理を務めた御厨貴が、朝日新聞(12月1日付)で語っている。

安倍官邸は当初、平成30年の大みそか、退位、元旦、即位・改元にしたかったが、これに宮内庁が抵抗した。年末年始には皇室行事が重なるから、3月末日退位、4月1日即位にしたいと主張して、その日程をメディアにリークしたのだ。

だが、今度は官邸がそれをひっくり返して、4月末日退位、5月1日即位にした。御厨も「改元の日はメーデー(労働者の日)ですよ」と驚いている。何としても宮内庁、その後ろにいる天皇・皇后のいいなりにはならないという、安倍の強い「決意」がうかがえる。

『週刊新潮』(12月14日号)は、侍従職関係者に、天皇の思いをこう代弁させている。

「陛下は、“心残りがあるとしたら……”という言葉を口にされています。具体的には、女性宮家を創設できなかったこと、そしてアジアで訪問していない国があること、ですね」

安倍首相は、女性宮家が固まれば、女性天皇の議論も深まることを恐れたのだといわれている。当然ながら、訪問していない国「韓国」に対しても、安倍はいい感情を持ってはいない。

■天皇陛下のお気持ちは「忖度」しなかった

秋篠宮も、皇位継承のあり方という天皇が提起した問題がほとんど進んでいないことに言及して、「議論が進んでいない、確かに進んでいないのですけれども、そのこともやはりこれはある意味で政治との関係にもなってくるわけですね」と語っている。

天皇とは学習院初等科から高等科まで「ご学友」だった榮木和男も、こう話す。

「安倍政権になってからいろいろなことが進まなくなったという状況があって、陛下が焦りのようなものを感じておられたのは当然そうだと思います。自分たちが言いださないと、誰も何もしてくれないということがだんだんわかってこられた。それで、異例かもしれませんが、ああいう形の『お気持ち表明』になったんじゃないでしょうか」

天皇が政治的な発言をすることは憲法上制約されている。十分に知りながら、こうした発言をせざるを得なかった天皇の気持ちを、安倍は「忖度」することはなかった。

■「皆さんとともに日本国憲法を守り」

私は1945年(昭和20年)生まれだから、昭和天皇が現人神(あらひとがみ)であった時代は知らない。長じても天皇についての関心は全くといっていいほどなかった。

大学時代は70年安保の嵐が吹き荒れていた。学生運動はまったくやらなかったノンポリだったが、「天皇の戦争責任を問え」「天皇は差別の根源」などというアジ演説を後ろで聞いていた。

出版社に入ってから金達寿の『日本の中の朝鮮文化』(講談社)を読み、東洋史学者の江上波夫に会って「騎馬民族征服王朝説」を聞かされ、天皇も日本人のルーツも朝鮮にあるのかと、漠とだが、考えるようになった。

それでも天皇にさほど関心が増したわけではない。それが変わったのは、やはり昭和天皇が崩御して明仁天皇が即位した時からだった思う。即位後の朝見の儀で、以下のような勅語を発したのだ。

「皆さんとともに日本国憲法を守り、これに従って責務を果たすことを誓い、国運の一層の進展と世界の平和、人類福祉の増進を切に希望してやみません」(『明仁天皇の言葉』近重幸哉著・祥伝社より)

憲法第99条に、天皇や国会議員、裁判官などは憲法尊重擁護義務があるから、至極まっとうな言葉なのだが、すごく新鮮な気がしたものだった。

■「タブー」となっているルーツにも言及

その後も誕生日会見で、「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と、ウルトラ保守の中で“タブー”となっているルーツについても触れた。

「さきの戦争」の悲惨さを忘れず、憲法を遵守し平和を守り抜く。そうした強い思いが天皇皇后にはある。だが、翻って、われわれ日本人はそのことをどれだけ真剣に考えてきたのか、忸怩たるものがある。

沖縄を始め、フィリピン、パラオなど、さきの戦争の激戦地を回る慰霊の旅を続けてきた。

内田樹は、2016年8月8日の「おことば」の中に「象徴」という言葉が8回使われたことに注目する。とくに印象的だったのは「象徴的」という言葉だった。象徴とはそこにあるだけで機能するもので、それを裏付ける実践は要求されないから、これは論理的に矛盾していると内田はいう。

「しかし、陛下は形容詞矛盾をあえて犯すことで、象徴天皇にはそのために果たすべき『象徴的行為』があるという新しい天皇制解釈に踏み込んだ。そこで言われた象徴的行為とは実質的には『鎮魂』と『慰藉』のことです」(『街場の天皇論』東洋経済新報社)

鎮魂とは、さきの戦争で斃(たお)れた人々の霊を鎮めるための祈り。慰藉とはさまざまな災害の被災者を訪れ、彼らと同じように床に膝をつき、傷ついた生者たちに慰めの言葉をかけること。

天皇の「おことば」は、象徴という言葉が何を意味するか考え抜き、儀式の新たな解釈を提示した画期的なものだと内田はいう。

■A級戦犯に送った追悼メッセージ

だが、この時も安倍官邸の対応は冷ややかだった。以前から、平和憲法を守ろうという天皇皇后に対して、主権在権(力)を目指し、いつでも戦争のできる「普通の国」にしようと、改憲をもくろむ安倍との確執は、見えないところで火花を散らしていたのである。

2014年、安倍はA級戦犯として処刑された元日本軍人の追悼法要に、自民党総裁名で追悼メッセージを送っていた。

連合国による裁判を「報復」だとし、処刑された者たちを「昭和殉教者」と慰霊する法要で、安倍は戦犯たち全員を「自らの魂を賭して祖国の礎となられた」と書いてあったという。

その2カ月後、皇后が80歳の誕生日前のコメントで、中学生の時A級戦犯に対する判決いい渡しをラジオで聞き、その時の強い恐怖を忘れることができない、その怖れは、「恐らくは国と国民という、個人を越えた所のものに責任を負う立場があるということに対する、身の震うような怖れであったのだと思います」。

私見だが、国や国民に対して責任を負うということは、どれほど身の震えるような重大なことか考えたことがあるのかと、安倍に向けていいたかったのであろう。

■日本では、どうしても記憶しなければならないことが4つある

天皇はことあるごとに、「終戦直後よくいわれた平和国家、文化国家という言葉は私達の世代のものには懐かしい響きがあります。これをもう一度かみしめてみたい」(41歳の誕生日を前に)と語っている。

皇太子時代にも、「日本では、どうしても記憶しなければならないことが4つあると思います。昨日の広島の原爆、それから明後日の長崎の原爆の日、そして6月23日の沖縄の戦いの終結の日」。

それに終戦の日である。平和のありがたさをかみしめ、平和を守っていきたいと結んでいる。

激戦地サイパンを訪れた時も、「日本には昭和の初めから昭和20年の終戦までほとんど平和な時がありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに正しく理解しようと努めることは日本人自身にとって、また日本人が世界の人々と交わっていくためにも極めて大切なことと思います」。

2015年には日本兵約1万人、米軍兵士約2000人が命を落としたパラオ共和国のペリリュー島を訪問して、悲しい歴史があったことを決して忘れてはならないと述べている。

中でも沖縄への思いは強く、何度も訪れている。1996年の記者会見では、「沖縄の問題では、日米両国政府の間で十分話し合われ、沖縄県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております」。

■生前退位の恒久化や皇室典範改正を無視

戦後70年にあたる15年1月の「ご感想」では、日本人のほとんどが忘れかけていることにまで言及したのだ。

「この機会に、満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び、今後の日本のあり方を考えていくことが、今、極めて大切だと思っています」

こうした発言を見ていけば、改憲には反対という姿勢が明確になる。それに反発している安倍官邸は、「おことば」で触れられている生前退位の恒久化や皇室典範改正を無視した。

安倍自民党の改憲草案では、天皇を「日本国の元首」としているが、内田にいわせれば、絶対的存在にして、「それと同時に国民から隔離して、その意思を伝える手立てを奪」い、傀儡として操作し、何をすべきかを決めるのは天皇ではなく、天皇へアクセスできる少数の者たちで、戦前のような「独裁制」をつくろうとしていると喝破する。

■「陛下をトランプさんに会わせていいものか」

『週刊新潮』(11月30日号)は、9月に「皇后の乱」があったと報じている。

トランプ米大統領が来日した際、皇居に招かれて天皇皇后両陛下に会ったが、その調整が行われていた9月頭ごろ、美智子皇后が「陛下をトランプさんに会わせていいものか」という懸念を周囲に漏らしていたというのだ。

トランプ信奉者の安倍は、そんな話が今頃になって流れることに、「面白くない」と憤っていると新潮は報じている。

トランプと並んで写真を撮られ、その会話の中身や写真をツイートされ、「日本のエンペラーに会ったぜ! グレイト」などと書かれるのが心配だったようだ。

だが、トランプは国賓扱いではなく、公式実務訪問賓客という扱いになったので、宮中晩餐会を催し、両陛下がトランプと席を一緒にすることはなく、美智子皇后の心配は杞憂(きゆう)に終わった。

まだまだ天皇皇后と宮内庁VS.安倍首相という「犬猿の仲」は予断を許さないようだ。宮内庁関係者がこう語っている。

「陛下ご自身、『皇室の安定的な存続』や『象徴天皇のあり方』に頭を悩まされてきました。そこから、女性宮家創設や生前退位について前向きに検討するよう、折に触れて官邸へ“ボール”を投げて来られたのですが、安倍政権はそれを喫緊の課題と受け止めることはなかった」

■日本国憲法第9条の最後の守護者

この日本国のトップのバトルの勝者はどちらになるのだろうか。

内田は、憲法を擁護する天皇と、現代憲法はみっともないから早く廃絶して、立法府、司法府を形骸化して、独裁体制をつくることにジタバタしている安倍首相では、「両者の語る言葉の重さの違い、国民に向かうときの誠実さの違いは、日本人なら誰でもわかると思います」と、安倍には全く分がないという。

私もそう思いたい。だが、残り時間の少ない安倍首相が、さきの選挙で得た議席数を背景に、「国難だ、国難だ」といい放ち、なりふり構わない改憲へ突き進む恐れなしとはしない。

天皇を日本国民統合の象徴としたのはアメリカで、日本人のあずかり知らないところで決められた。だが現在、日本人の多くは、天皇を平和の象徴として、日本国憲法第9条の最後の守護者として敬意を寄せていることは間違いない。

戦前を美化し、強い日本を取り戻そうなどといい放ち、日本を再び戦火の渦に巻き込もうとする安倍政権に対して、「ノー」を突きつけている天皇皇后を孤立させてはならない。

戦後一度も手にしたことのない「国民主権」なるものを自分たちの手でしっかりつかみ取り、安倍政権打倒はもちろんのこと、アメリカから日本の「主権」を取り戻すために何ができるのかを考える時である。

戦後初めてといってもいいだろう、天皇皇后から日本国民に突きつけられた難問を解く時間は、それほど残ってはいない。

(文中敬称略)

(ジャーナリスト 元木 昌彦 写真=ロイター/アフロ)