先日、セルヒオ・ガルシア(スペイン)が欧州ツアーの「ゴルファー・オブ・ザ・イヤー」に選出され、満面の笑顔で喜びを語った。「今年は本当に素晴らしい1年だった。生涯忘れることのない1年になった」

19歳の時に鳴り物入りでプロデビューして以来、18年目、メジャー出場74試合目にして今年4月の「マスターズ」を制覇し、37歳にしてメジャー初優勝を遂げたガルシアは、7月には結婚式を挙げ、欧州ツアー2勝を含むシーズン3勝をマーク。そして年の瀬に欧州ゴルフ界の「ゴルファーの中のゴルファー」に選ばれた。
幸福感を噛み締めながら新しい年を迎えようとしているガルシアに、みんなが笑顔で拍手を贈るのは、彼が歩んできた波乱万丈の半生と彼が噛み締めてきた苦渋や努力をみんなも知っているからだ。
かつて天才少年と持て囃されて思い上がり、エチケットもマナーも最悪のゴルファーと化したガルシアは、孤立してスランプへ。しかし、心を入れ替え、ナイスガイに変身し、ようやく達成したメジャー優勝は、どんな人生にも再起のチャンスがあることの証となり、人々に勇気と希望をもたらしてくれた。
大混戦を抜け出し、「全米オープン」を制したブルックス・ケプカ(米国)はプロ5年目でメジャー初優勝。ガルシアに比べれば、格段に近く早い道を辿ったように思えるかもしれないが、彼は彼なりに苦しい道を歩んできた。
2012年の全米オープンにアマチュア出場して、あえなく予選落ち。その悔しさから直後にプロ転向したが、彼が戦える場所は米国にはなく、だから彼は覚悟を決めて欧州へ渡った。二軍のチャレンジツアーに挑み、腕を磨いた日々はゴールが見えない手探りの旅。「何もかもが嫌になり、旅をやめようと思った日もあった。でも、僕はやめなかった。どんなときも歩を止めずに歩いてきた」
成績を積み上げ、2014年に母国へ戻り、米ツアーで初優勝を挙げた。だが、メジャー4大会では勝ち急いでは惜敗することの繰り返し。それでも親友のダスティン・ジョンソン(米国)や2人のコーチ、そしてキャディに支えられ、こつこつ努力を積んできた。
今年の全米オープンでケプカを勝利に導いたのは、ジョンソンのアドバイスだった。「勝とうとするな。ひたすら耐えろ」と電話で告げた盟友の助言を反芻しながら戦ったケプカは、気が付けば2位以下を引き離し、最後は「一人旅」で勝利を遂げた。
「全英オープン」を制したジョーダン・スピース(米国)、「全米プロ」を制したジャスティン・トーマス(米国)は同い年でジュニア時代からの親友どうし。24歳の若さでスピースはメジャー3勝目を挙げ、キャリアグランドスラムにあと1つと迫っている。そのスピースに比べれば、トーマスはプロ入りもメジャー制覇も出遅れた感があるが、トーマスのメジャー初優勝とて相対的に見て「早々の成功」であることは言うまでもない。
それならば、早々に達成された彼らのメジャー優勝は「悲願の達成」とは言わないのかと言えば、そんなことはない。両親の時間と労力と経済力を、障害を持つ妹に最大限に注いでもらいたい一心で、一人黙々とゴルフ練習に打ち込み、自力で進んだ大学時代は「僕はそれはそれは貧しかった」というスピースは、赤貧から逃れるためにプロ転向し、一か八かの大勝負に出た。今年の全英オープン優勝は、そんな彼の“ギャンブル人生”が実り始めた証の1つだった。
そのスピースより格段に優秀で将来有望なジュニアと言われていたにも関わらず、プロキャリアにおいてはスピースから大きく遅れを取ったトーマスは、「ジョーダンにはずっと嫉妬しているけど、それが僕のモチベーションになる」と闘志を燃やし、全米プロ優勝を果たした。
メジャー優勝に辿り着くまでの経緯や年月の長さは人それぞれ。だが、勝利が決まった瞬間に万感が胸に迫り来る。誰にとってもメジャー優勝は「悲願の優勝」である。
彼が勝って良かった――大勢の人々が心底、そう思えるチャンピオンたちが誕生した2017年。「いいメジャーだった」「いいメジャーチャンプが生まれた」としみじみ思う1年だった。
文 舩越園子(在米ゴルフジャーナリスト)
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