なぜ日本企業は"撤退"を決められないのか

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新分野への進出、海外への事業展開、新規事業へ着手などには、多額の投資を必要とする。だが、想定外の事態に見舞われなくとも、日常的にかなりの投資が失敗に帰している。それはなぜか。背景にある深層に迫る――。

■投資が決定されるまでのプロセス

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今回の「一穴」
=投資を行う場合、「3年で単年度黒字、5年で累積損失一掃」といったルールが社内に存在する

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中長期的な経営戦略目標を達成するため、事業拡大を目指す諸活動は企業にとって極めて重要である。新分野への進出、海外への事業展開、新規事業への着手などがその具体例である。多額の投資を必要とするこれらの活動は、どのように行われているのだろうか。

多くの企業では、一定額以上の投資を行う場合には、取締役会で審議を行うことをルール化している。また、投資額がこの基準に達していない場合であっても、経営上重要であると取締役会議長(代表取締役である会長や社長であることが多い)が判断した場合には、やはり審議される。審議事項として上程されるまでには、後ほど説明するように慎重な検討と採算性等について検討が行われる。このようなプロセスを経るため、投資案については、確認作業や質疑応答が行われるものの、大抵の場合、原案が承認される。

このようにして、経営上極めて重要な投資案が採択されている。それにも関わらず、かなり多くの投資は失敗に終わる。検討した時点で、想定しなかった事態が投資後に生じることもあるだろう。為替の大幅な変動、予期できなかった急速な技術進歩、地勢的なリスクの顕在化などがその代表例である。しかしながら、これらの要因だけが投資の失敗原因なのだろうか。そうではないとすれば、投資決定のプロセスにどのような問題があるのだろうか。以下では、多くの日本企業に共通する投資に関わる実務を見ていきたい。

■トップ層の意向を忖度し分析数字を操作する

まず指摘したいのは、多くの企業が「3年で単年度黒字、5年で累積損失一掃」(以下では「3(年)−5(年)ルール」と略称する)といった投資採算性確保に関するルールを持つ傾向があることである。3年とか5年とかという期間を問題としているわけではない。投資は、できるだけ早期に回収したいと誰でもが考える。ビジネスは、まず、多額のキャッシュ・アウトフローから出発する。「投資なくして、利益なし」はビジネスの基本である。利益はすぐには得られないので、一定期間は、損失を計上することになるだろう。

一定期間(助走期間)を経て、企業は単年度で利益を計上する。つまり、その年度から、投資額と累積損失の回収に入るのである。「単年度で黒字を計上できるのは、だいたい3年後くらい」というのは、感覚的には納得できるものである。そして、投資が効果を上げ始め5年もたてば、累積損失が一掃され、その後に利益が計上されるだろうという期待を持つことも、ある意味、極めて常識的であるといって良いだろう。しかし、この期待・願望に基づく常識が、投資の失敗を誘発しているのである。

投資案は、トップマネジメント、あるいは、投資権限を有する事業部長によって発案される。つまり、何をしたいかは、すでに決まっているところから検討が始まっている。投資の経済性計算について、多くの教科書では、以下の4つのステップを踏んで意思決定が行われるとしている。

・経営課題の抽出
・経営課題を解決するための諸方策の検討
・特定の方策に関する複数の解決案(代替案)の作成
・代替案の比較(経済性評価と定性的判断)と採択する案の決定

しかし、最初の3つ(場合によっては、4つともすべて)は、トップマネジメントらによって決まっていることが多い。代替案が作成されないこともある。円高が急速に進展したリーマンショック以降、多くの製造業は国内で生産を続けることでは収益性が悪化すると判断し、雪崩を打ったように海外での生産拠点確保を急いだ。つまり、海外で生産しなければならないという投資案は決まっていた。進出先は、労務費の高い欧米ではなくアジア諸国(特に中国)、工場立地は中国の場合は沿岸の経済特区、他のアジア諸国では、日本の総合商社が関与する工業団地という細部まで決まっていた。

例えば、タイのアマタナコーン工業団地には、600社以上の企業が入居しているが、デンソー、ブリヂストン、ダイキン、旭硝子、 SONY、サイアム・トヨタ、 三菱電機、花王、サイアム・クボタ・トラクター、カルソニック・カンセイ、バンコク・コマツ、日野自動車、ジャトコ、三菱重工業、サイアム・日立、豊田合成(自動車部品)など日本を代表する企業で入居企業の60%以上を占めている。

ほぼ、外堀(だけでなく、内堀までも)が埋まった上で、「3−5ルール」に基づく事業採算性の検討が、経営企画部等の担当部署に依頼されることになる。担当部署は、提案された投資案に成算があるかどうかを、プロフェッショナルとして検討し、検討結果をトップマネジメントに答申するのが業務である。しかし、トップマネジメントが是非とも実施したいと考えている投資案に問題がありと明らかになったときにでも、それをトップマネジメントにありのままに伝えてきただろうか。

正直に分析結果をトップマネジメントに伝える企業は健全である。しかし、そのような企業はそれほど多くはない。トップの方針が決まっている以上、それをサポートする情報を提供しなければならないと考える傾向が強い。「上司やトップマネジメントの意向に沿ったシミュレーションやレポート作成を行ったことがあるか」とこれまでになんども社会人大学院生に質問したことがある。驚くべきことに、7割を超える人たちが「そのような経験がある」と回答している。

「3−5ルール」が存在する企業では、採算性には問題があるにも関わらず、「3年で単年度黒字、5年で累積損失一掃」となるように、計算数値を操作してしまうのである。このような行動が、投資の失敗につながる。

投資案が戦略実現のために必要で、採算性に問題がないという根拠データ(それが机上の計算で、現実的でない場合でも)があれば、そして、取締役会に投資案が上程されるまでに慎重に検討が加えられていれば、ほぼ提案は承認されることになる。これは、あしき予定調和である。

■複数のシナリオを準備する

投資の失敗を少しでも減少させたければ、いくつかの手を打つ必要があるだろう。何よりも大切なことは、投資案件に関する状況分析や採算性計算を担当する部署は、与えられた業務を粛々と遂行することである。トップマネジメントの意向に沿おうとする気遣いが「忖度」につながる。嘘で塗り固められた投資採算計算に基づく決定は、将来の経営悪化のリスクを大きくする。

トップマネジメントが発想した投資案が、慎重な分析の結果、問題を抱えているという分析結果を得ても、それをもってトップマネジメントが投資案を断念する必要はない。かなりの困難があるとしても、トップマネジメントは、英断を下せばいいのである。数字は一人歩きする傾向があるので、重要な意思決定に関する数字については、その算定根拠と算定ルールを投資案に付記することも大切だろう。

また、経営企画部等は、投資案について、複数のシナリオを準備し、どのシナリオを採用するかをトップマネジメントに委ねるという方法もある。例えば、楽観シナリオと悲観シナリオの2つを準備する場合について考えてみよう。この場合、これまでの水準レベルを楽観シナリオのレベルとすることが良い。何事もうまくいくという前提でのシナリオである。一方、悲観シナリオでは、投資に関わる許認可の遅れ、事業準備の遅延、設備稼働に関する諸問題、取引先に起因したプロジェクトの遅れなどを加味したものとする。

これらの事態は、過去にも数多く経験しているはずである。想定外の事態が生じれば、投資回収計画はすぐに頓挫する。海外への事業展開では、半年遅れや一年遅れは、日常茶飯事である。それだから、投資判断は悲観シナリオを前提にして行うと良い。もっとも、よくないことばかりが起こるわけではない。想定外の神風が吹くこともあるのが経営だからだ。

■日本企業に共通する「撤退が苦手」

上述したような手順を踏み、慎重な検討の結果、投資が決まったとしよう。しかし、シナリオどおりに物事が進むわけでない。次々と災難が降りかかってくることもある。このような場合に問題となるのが、「撤退が苦手」という日本企業に共通する弱点である。止める勇気、換言すれば、「勇気ある撤退」「良い意味での朝令暮改」ができない傾向がある。

撤退が遅れた例は数多い。パナソニックのプラズマ事業や東芝のウエスティングハウスと原子力事業が典型例である。また、自動車関連ビジネスに進出したオムロンやパナソニックは、低収益性に苦しんでいると推察される。家電企業のスマートフォンビジネスやPC事業は、間違いなく採算割れを起こしているが、なかなか撤退ができていない。

一方、撤退をスピーディに実施している企業も存在する。イオンは、採算面で苦戦している店舗を次々と閉鎖する一方で、郊外型の大型ショッピングセンターであるイオンモールの開発を進めている。

相場の格言にも「見切り千両、損切り万両」というものがある。優れた経営者や成功している起業家は「早期撤退はビジネスの基本」であることを知っている。しかし、このような人は多くはない。そこで、次に示すような方策を持つことが大切になる。

その方策とは、投資案の採択と合わせて、投資後の事態を見ながら、Go/Not goを判断するルールを確認しておくことである。具体的には、累積損失が一定額に到達した時に、採択された投資案に対してどのような対応をするかを、例外を認めずに審議すると決めるのである。累損を積み上げながら、そのまま放置されている投資が少なくないので、このルールを決めておくだけで、問題を俎上に載せる効果がある。トップマネジメントも判断ミスをする。それは、ありうることである。トップマネジメントの仕事は、GOだけではない。Not goを決めることも大切な仕事である。

適切な判断を行うためには、その時点で撤退をする場合について、後処理業務の網羅的リスト、後処理に必要となる経営資源、事業撤退に必要な期間などの情報が必要となる。また、事業等を継続する場合に必要な措置に関する諸情報、テコ入れのために追加投資を行うなら、追加投資に関する情報を準備する必要があることは言うまでもない。投資は企業の将来を左右する極めて重要な意思決定である。それゆえに、投資を判断するだけでなく、うまくいかなくなったときの上手な撤退方法についても、投資決定時にあらかたは決めておくことが必要である。(本連載は隔週月曜日に掲載、次回は12月25日の予定です)

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加登 豊(かと・ゆたか)
同志社大学大学院ビジネス研究科教授(神戸大学名誉教授、博士(経営学))
1953年8月兵庫県生まれ、78年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)、99年神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年同大学院経営学研究科研究科長(経営学部長)を経て12年から現職。専門は管理会計、コストマネジメント、管理システム。ノースカロライナ大学、コロラド大学、オックスフォード大学など海外の多くの大学にて客員研究員として研究に従事。

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(同志社大学大学院ビジネス研究科教授 加登 豊)