なりふり構わない規制緩和を行っているトランプ大統領(写真:Yuri Gripas/ロイター)

目立った成果がないと言われ続けてきたドナルド・トランプ政権が、いよいよ動き出した。税制改革の議会審議が急ピッチで進む一方で、着々と動き始めているのが規制緩和だ。

人事権までをも活用したあの手この手のやり口に、民主党は警戒感を強めている。ビジネス界にとって規制緩和は朗報のはずだが、あまりに政治的な諍いの材料になりすぎると、今後の規制の行方が不透明になる。喜んでばかりはいられないのが現実である。

「ボスが2人」という異常事態

「消費者金融保護局(CFPB)で働いているみんな。そりゃ混乱するよね。ボスが2人だって? 勤務している証明書を持ってきてくれたら、最初の1杯は店が持つよ」

11月27日、米国の有名シェフが、こんなツイッターを流した。CFPBは、金融における消費者保護を目的とした政府機関。そのCFPBでは、まるで方針の違う2人のトップ(局長代理)が同時に出勤する異常事態が発生していた。

ことの発端となったのは、2018年7月まで任期があったリチャード・コーデレー前局長の、突然の辞任である。辞任と同時にコーデレー前局長は、正式に後任が決まるまでの局長代行に、かつて自らの首席補佐官を務めたことのあるレアンドラ・イングリッシュ氏を指名した。コーデレー前局長は、民主党のバラク・オバマ政権が指名した局長であり、規制の厳格な運用で知られる。そのコーデレー前局長が見込んだイングリッシュ氏も、同じ路線を歩むと目されていた。

これに反発したのが、規制緩和を公約としてきたトランプ政権である。トランプ政権は、コーデレー前局長の後任指名を認めず、局長代理にミック・マルバニー行政管理予算局(OMB)局長を送り込んだ。前職の下院議員時代から、規制緩和の急先鋒だった人物である。

かくしてCFPBには、規制擁護派と規制緩和派の局長代理が、同時にトップとなる異常事態が発生した。CFPBの局長には、設立の根拠法である「ドッド=フランク・ウォール街改革・消費者保護法(ドッド=フランク法)」によって、局長代理を指名する権限が与えられている。

一方で米国には、政府機関の長を決める権限を大統領に与えた法律もある。どちらが優先されるかの判断は法廷闘争に持ち込まれているが、裁判所が即座にトランプ政権の決定を差し止めなかったことで、当面はマルバニー局長がCFPBの主導権を握る格好となっている。

あの手この手で規制緩和に着手

トランプ政権がコーデレー前局長の決定に横やりを入れたのは、いよいよ規制緩和に本腰を入れてきたことの表れだ。トランプ政権は、あの手この手で規制緩和に着手している。人事権の活用は、その手段の1つである。

一言で規制緩和といっても、それほど簡単な作業ではない。規制の根拠となる法律は、連邦議会が決める。共和党は上下両院で多数党の座にあるが、上院では野党である民主党の議事進行妨害を止めるだけの票数はない。好き勝手には進められない状況だ。だからといって、行政権限でできることにも限界がある。既存の規制を変えるためには、パブリック・コメントなどを通じた長く煩雑な手続きが必要である。

その点、人事権の活用は、てっとり早く効果が期待できる。新しい規制を検討する速度を緩めたり、運用面から規制を緩和したりできるからだ。実際、CFPBに乗り込んだマルバニー局長は、新規採用や新しい規制の検討を一時的に凍結する方針を発表している。企業と裁判で争っていた係争案件でも、CFPB側に態度の軟化がみられるという。

人事権の活用は、CFPBにかぎらない。金融規制の元締めともいうべき連邦準備制度理事会(FRB)も例外ではない。

「それは心配だ」

民主党のエリザベス・ウォーレン上院議員は、トランプ政権がFRBの次期議長に指名したジェローム・パウエルFRB理事の指名承認公聴会で、鋭く釘をさした。パウエル理事が、現在の金融規制について、「十分に厳しい水準にある」と発言したことへの反応である。

ドッド=フランク法に代表されるように、金融危機後の米国では、金融規制の強化が進められてきた。FRBでは、オバマ政権が指名したダニエル・タルーロ前理事が実質的に金融規制強化の指揮をとってきたが、トランプ政権下ではパウエル体制が走り出し、その陣容は様変わりする。

「伝家の宝刀」を最大限に活用

タルーロ前理事は2017年4月に退任しており、これまで空席だった金融規制担当の副議長には、共和党のジョージ・W・ブッシュ政権で財務次官を務めたランダル・クオールズ氏が着任している。

FRBの外に目を転じると、連邦免許を受けた商業銀行を監督する通貨監督庁(OCC)の新しい長官には、ジョゼフ・オッティング氏が決まっている。かつてスティーブン・ムニューシン財務長官が会長だった銀行で、最高経営責任者(CEO)を務めていた人物だ。

また、証券会社を監督する証券取引委員会(SEC)の委員長には、ウォール街で金融機関の弁護士として活躍してきたジェイ・クレイトン氏が選ばれている。さらに、商品先物取引委員会(CFTC)のクリストファー・ジャンカルロ新委員長も、同委員会が管轄するデリバティブ業界との結びつきが強いと言われる規制緩和派である。

トランプ政権は、人事以外にも、あらゆる手段で規制緩和を進めている。象徴的なのが、議会審査法(CRA)による規制の廃止である。1990年代に制定されて以来、一度しか使われなかった「伝家の宝刀」を、トランプ政権は最大限に活用している。

CRAは、行政府が決めた規制を、その施行から一定の期間内に限って、議会の決議で廃止できる手続きを定めている。上院で野党が議事進行を妨害できない手続きとなっているため、民主党の抵抗を受けずに共和党の議員だけで規制の廃止が可能となる。パブリック・コメントなど、行政手続きでの規制変更に必要な段取りも不要である。

この手続きをトランプ政権は駆使している。すでにトランプ政権は、インターネット上のプライバシー保護に関する規制など、オバマ政権が政権末期に施行した14件の規制を廃止に追い込んだ。CFPBも標的である。オバマ政権の規制をCRAで廃止できる期間は過ぎてしまったが、トランプ政権になってからも、コーデレー前局長時代のCFPBは、オバマ政権の厳格な規制路線を引き継いでいた。

新規規制の見送りも

コーデレー時代に施行された規制は、まだCRAで廃止できる期間内にある。2017年11月には集団訴訟に関する規制がCRAで廃止されており、マルバニー局長は、このほかにもCRAで廃止できる規制がある可能性を示唆している。

オバマ政権から始まっていた規制の制定手続きを遅らせたり、新規の規制を見送るのもトランプ政権の手法である。オバマ政権が用意した主要な規制では、企業年金などのフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)に関する規制について、完全施行時期の延期が発表されている。

またトランプ政権は、「1つの新しい規制を施行するたびに、2つの既存の規制を廃止する」との方針を明らかにしており、2017年の年央の時点では、施行の準備が整った規制の本数が、過去数年の実績を大きく下回っている。

一般論で言えば、ビジネス界にとって、規制緩和は追い風になる。オバマ政権が規制を厳しくする方向にあったこともあり、中小企業を対象にした調査では、規制緩和を期待する割合が約10年ぶりの高さを記録していた。

しかし、トランプ政権下での急速な方針転換には、一抹の不安をもらすビジネス関係者が少なくない。規制行政が政治的に大きな対立点となった結果として、今後の規制の一貫性が危ぶまれるからだ。

トランプ政権下で規制緩和に舵が切られたとしても、ひとたび、民主党が実権を握れば、今度は一転して規制が厳しくなりかねない。また、金融危機後の規制強化は、金融の安定性に一定の貢献があったのも事実である。ビジネス界としても、ある程度の調整は歓迎するとしても、振り回されるだけの劇的な変化は望んでいない。

民主党がこの動きを利用する可能性も

実際に民主党は、トランプ政権による規制緩和を、来年の中間選挙などで大きな争点にしていく方針だ。トランプ大統領は、自らが裕福であるために、「企業から金銭的な支援を受ける必要がなく、国民目線で政治ができる」ことをセールス・ポイントにしてきた。民主党にいわせれば、トランプ政権による一連の規制緩和は、大統領が企業の言いなりであり、大企業優遇の政治が行われている証左だ、ということになる。

CFPBの異常事態にも、政治の影がみえる。かねてコーデレー前局長には、政界進出の噂があった。トランプ政権が必ず反発するであろう後任を指名したのは、あえて大きな騒動にすることで、政治的な知名度を高める狙いがあったとも言われる。

実際にコーデレー前局長は、辞任後にオハイオ州知事選挙への出馬を表明している。また、トランプ政権の規制緩和を厳しく批判するウォーレン上院議員については、2020年の大統領選挙への出馬を予想する向きもある。

ビジネス界が望むような安定的な規制行政を担保するためには、党派による立場の違いを調整し、政権交代による方針の激変を緩和する工夫が必要かもしれない。CFPBについても、大統領指名による局長が強大な権限をもつ現体制ではなく、超党派の理事会による運営体制への変更を求める動きがある。

もっとも、来秋に中間選挙が控える米国は、これから本格的な政治の季節を迎える。規制を巡る党派間の諍いは、ますます激しくなりそうだ。