再生の道筋をつけたが課題も山積みだ(写真:ロイター/アフロ、デザイン:池田 梢)

2018年3月、パナソニックは創業100周年を迎える。創業者の松下幸之助氏が松下電気器具製作所を創設し、最初の製品である配線器具の「アタッチメントプラグ」を製造してから100年。今やパナソニックは売上高7兆円強、従業員27万人の巨大企業になった。12月11日発売の『週刊東洋経済』は「パナソニック 100年目の試練」を特集し、キーパーソンに総当たりで取材している。

目下、パナソニックが力を入れているのが、リチウムイオン電池やADAS(先進運転支援システム)、コックピットシステムなどを含む車載事業だ。プラズマテレビ事業の不振などからどん底に陥った2011〜2012年度を経て、2012年6月に社長に就任した津賀一宏氏は、大胆なリストラで利益水準を回復させた。ただこの間の売上高は7兆円台半ばで伸び悩んでおり、津賀社長は車載事業を新しい成長の柱に育成しようとしている。

2015年度からの4年間で累計1兆円の戦略投資

その意気込みは投資計画に表れている。パナは2015年に2015〜2018年度までの4年間で、累計1兆円の戦略投資を行うと発表しており、そのうち過半を車載事業が占める。津賀社長は1兆円の戦略投資について「やっぱり投資をしないと伸びない。(2014年に)一度掲げ、その後取り下げた売上高10兆円の目標も、1兆円を成長領域に投資していくための象徴だった」と語っている。


車載事業に投じる金額の中でも比率が大きいのは、電気自動車(EV)メーカーの米テスラと共同運営する大規模電池工場「ギガファクトリー」(米ネバダ州)への投資だ。パナとテスラの関係は現在傘下の三洋電機がテスラの初代車種「ロードスター」にEV用のリチウムイオン電池を供給した時期までさかのぼる(三洋電機は2009年に連結子会社化、2011年に完全子会社化)。その後、2010年にパナはテスラに3000万ドルを出資、2011年に電池供給に関する契約を結んでいる。

そして2017年1月から、ギガファクトリーの稼働が始まった。ギガファクトリーは2018年度に年間生産能力を35ギガワット時まで引き上げる予定で、これは2013年に全世界で生産されたリチウムイオン電池の総容量を上回る規模になる。2017年1月に現地で開かれた開所式において、テスラのイーロン・マスクCEOは「(ギガファクトリーの建設は)パナソニックとの関係の重要性を象徴するもの。パナソニックはセルのケミカルの技術が最先端で、彼らとは長年培った信頼関係がある」と語っている。

【12月12日10時40分追記】初出時、「毎時35ギガワット」との誤った記述がありましたので上記のように修正しました。

ギガファクトリーの投資額はパナが2000億円、テスラが3000億円になるとされる。

パナのキーパーソンがテスラに電撃移籍


社長就任から6年目に突入した津賀社長。本誌のインタビューに対し、「テスラと共に成長する。これが基本中の基本になる」と語った。(撮影:ヒラオカスタジオ)

ただし一見良好に見える両社の間には、水面下で熾烈な攻防が繰り広げられている。テスラが今秋、パナの元幹部を突然引き抜いたからだ。

パナ側から見て引き抜かれた人物は、元副社長で直前まで常勤顧問だった山田喜彦氏。山田氏は2010年のテスラへの出資にも関わり今日まで両社の関係を築いた「キーパーソン中のキーパーソン」(パナ関係者)。関係者によれば、山田氏のテスラ移籍は2017年9月下旬から10月上旬に明らかになり、11月中旬から米国に常駐しているとみられる。

山田氏がテスラで担う役割は判明していない。ただ、長年パナとの交渉窓口で自身もパナ出身だったカート・ケルティ氏が2017年7月下旬にテスラを退職していることから、山田氏はケルティ氏の実質的な後任に当たるのではないかという見方が強い。


テスラに引き抜かれた山田元副社長は66歳。アメリカ松下電器(現在のパナソニック ノースアメリカ)会長や副社長として海外戦略地域担当を務めるなど、海外での経験が豊富だ(撮影:ヒラオカスタジオ)

山田氏の転身がパナに与える影響も不透明だ。車載事業を統括するオートモーティブ&インダストリアルシステムズ(AIS)社社長で本体の副社長を務める伊藤好生氏は「パナとテスラの橋渡しになってくれたらいい」と話す。

一方、別の幹部は「惜しい人を失ってしまった」と沈痛な面持ちだ。マスク氏はかつて2014年の本誌の取材で山田氏について「テスラがまだ非常に小さく、成功するかどうかもわからなかった頃から、彼はテスラを強く信頼し支えてくれた」と賛辞を送っている。マスク氏としては、心強い人材を手に入れたという心境だろう。

パナにとって考えられる最悪のシナリオは、パナの手の内を知り尽くす山田氏との交渉において、今後価格や投資負担の比率など諸々の条件が不利になることだ。社内には「山田氏が移籍する前からテスラとは製品原価などオープンに共有している。交渉相手が変わったから何かが変わるわけではない」との見方もあるが、少なからずパナの社内には先行きを不安視する声が出始めている。


総額5000億円を投じて建設されたギガファクトリー。17年1月から稼働が始まったが、「モデル3」の生産遅延で誤算が生じている(写真:テスラ提供)

パナにとって悩みの種は、テスラ側の生産体制にも潜んでいる。テスラは2017年7月から初の量産車である「モデル3」の生産を始めた。ギガファクトリーの建設もこのモデル3の生産を見据えたものだ。ただ、その後に生産の遅延が判明。10月31日に開かれたパナの決算説明会で津賀社長は「電池の生産量のほうが車の生産量を上回る状況」と述べている。

中国市場でサムスン、LGとの再戦も

ほかにもテスラについては、「投資額が大きいためフリーキャッシュフローが赤字になっており、キャッシュバーン(現金燃焼)の状況が続いている」(市場関係者)と財務面も懸念されている。

マスク氏は今後の投資計画について、「長い目で見ると、世界中にこのギガファクトリーのようなものを7カ所、10カ所つくりたい」と明かしている。単純計算すると、建設にかかる最大の金額は5兆円。現状の負担割合に基づけば、パナの投資は2兆円に及ぶ。そこまでしてテスラについていくべきなのか、パナ幹部の間でも意見は分かれているという。


こうした懸念について、津賀社長は「テスラの車はつくれば必ず消費者に買っていただける。こんな会社は他にはない。われわれは電池をしっかりつくり、テスラとともに成長していく」と説明する。人材の引き抜きや多少の生産遅延など恐れるに足りない、という様子だ。

しかし、車載電池事業はテスラだけを見ていればいいというわけではない。今後EVで有望市場になると見られる中国では、かつて家電事業で一敗地にまみれたサムスン、LGとの戦いも待っている。欧州勢など含め、現地で顧客を開拓していかなければならない。

果たして、電池を軸とする車載事業はパナの新しい成長ドライバーになれるのか。電機産業に詳しい神戸大学大学院経営学研究科の三品和広教授は「パナが車載事業に活路を見出したのは正しい。2次電池に限らず、カーナビやオーディオ、スピーカーをはじめとするインフォテインメントなどかつての“脇役”も出番が出てくる」と指摘する。100年目の節目に直面する津賀社長には、大きな重責がのしかかっている。

『週刊東洋経済』12月11日発売号の特集は「パナソニック 100年目の試練」です。