「愛より、金」の女なんてまっぴら!財産目当ての女にアレルギーを抱く“慶應のプリンス”、現る
結婚に必要なのは、お金or愛?
それは、女にとって永遠のテーマである。
“最後は愛が勝つ”と信じたくてもそれは理想論だということに、女たちは徐々に気づいていくのだ。
しかし「お金より愛が勝つ」と言い切る、ある女がいた。
その名は、愛子。
金に糸目がない女だらけの東京において、愛子は信念を貫き、幸せな結婚生活を勝ちとれるのか?
広告代理店で働く29歳の愛子は、大手通信会社勤務の知樹と結婚を決め、幸せな毎日を過ごしている。
「愛子、結婚生活に必要なのは愛じゃない、お金よ」
姉が神妙な面持ちできっぱりと言ったとき、愛子は驚いて、姉の顔をまじまじと見つめた。
愛子には、2つ年上の姉がいる。テレビ局で働く姉が、行きつけのバーで出会った年下のアパレル企業勤務の男と結婚したのは3年前のことだ。
愛子と同様、母親から自立した女になるよう叩き込まれて育った姉は、結婚相手との収入格差も、結婚当初は全く気に留めていないようだった。
心から幸せそうに微笑む姉のウェディングドレス姿を見たのは、つい数年前だというのに、久々に実家で顔を合わせる彼女の顔はずいぶんやつれて見える。
「お姉ちゃん、何かあったの?」
心配して尋ねる妹にちらりと目をやり、姉は寂しそうに笑った。
「別に。ただ、結婚生活の現実を知ったの。確かにお金じゃ愛は買えないけど、愛があっても生活に必要なものは買えないのよ」
そしてそれ以上は多くは語らず、ふうっとため息をついた。
「自分で選んだ人生だから、受け入れるつもりだけど。でももし人生をやり直せるなら、私は絶対にどこかの御曹司を捕まえて、結婚するわね」
最後は冗談ぽくおどけて言ったが、これまでとは全く異なる姉の様子に、愛子は動揺を隠しきれなかった。
「慶應のプリンス」との出会い
結婚願望の強い御曹司、現る
翌日、愛子は老舗洋菓子メーカー「ナッシェン」へと打ち合わせに向かっていた。
携帯電話キャリアのキャンペーン用に、SNS映えするコラボスイーツを制作することになり、世の女性から絶大な人気を誇る「ナッシェン」とのコラボ企画が持ち上がったのだ。
打ち合わせの前の週、愛子は、他部署の先輩社員の話を思い出した。愛子と同じ大学出身の先輩がよく「俺はナッシェンの社長の息子とは親友なんだ」と言っていたのだ。
「俺からも連絡を入れておくから、任せておけ。ものすごく変わったやつだけど、顔だけはとびきりのイケメンだぞ」
先輩曰く、ナッシェンの代表取締役の息子・翔太は、現在35歳。幼稚舎出身、超イケメンで、大学時代は「JJ」にも載ったことがあり「慶應のプリンス」というタイトルで1ページの特集を組まれたそうだ。
愛子が青山にあるナッシェン本社に到着すると、先方の担当者とともに現れた翔太は、確かに息を呑むような整った顔立ちの、爽やかな男だった。渡された名刺には「常務取締役 企画開発部長 藤原翔太」と書かれている。
初回の打ち合わせを無事に終え、愛子は帰りに1階にあるショップに立ち寄った。企画のヒントがあるかもしれないし、商品を改めて見ておきたかったのだ。
ガラスケースに並ぶ、色とりどりのケーキを眺めていたら背後から声をかけられた。
「先ほどはありがとうございました」
そこには翔太がとびきりのスマイルを浮かべて立っていた。 淡々とした打ち合わせのときの表情とは打って変わった雰囲気に、思わず愛子も笑顔で会釈を返す。
「よろしければカフェスペースをご案内します。堅苦しい話は抜きにして、コーヒーでもいかがです?」
カフェのテーブルに向かい合って腰掛け、二人はたわいもない話に花をさかせた。同じ大学出身ということもあってゼミや教授の話題で盛り上がる。
-“プリンス”だなんて言うから、どれだけ気取った人かと思ったら、気さくで紳士的だし、素敵な人ね…。
そのとき突然翔太が話題を変えた。
「不躾な質問で失礼ですが…ご結婚はされてるんでしょうか?」
それまでの会話とは全く脈略のない質問に戸惑いながらも、実は婚約中なんです、と愛子が答えると、翔太は静かに頷いた。
「そうですか…。それは羨ましいお話ですね…」
そして、自分には強い結婚願望があるにも関わらず、全く結婚できる気配がないということを話し始めた。
「でも藤原さんでしたら…世の女性が放っておかないんじゃないでしょうか?」
愛子が尋ねると、翔太は首を横に振る。
「それが、理想の女性がなかなかいないんです」
そして急に火がついたように、自分の理想のタイプについて熱く語り始めた。
「まず、僕は絶対に慶應出身の女性がいいんです。うちは家族皆、慶應ですから」
圧倒されている愛子にはお構いなしで、翔太は続ける。
「それから見た目も重要です。身長も高い方がいいですね。できれば162cm以上かな。仕事は大企業の総合職がいいです。逆に僕、CAなどには興味ありません。年齢はあまり気にしませんが、下は26まで、上は同年代の35までが希望です」
-年齢は気にしないって、どこが!?十分細かいんですけど…。
それにしても、さっきから愛子は相槌しか打っていないというのに、翔太は一方的にしゃべり続けている。爽やかな紳士だと思ったのも束の間、どうやらずいぶん空気が読めない男のようだ。しまいには、真剣な表情で訴え始めた。
「僕に、どなたかお友達を紹介していただけませんか?」
翔太がつきつけた結婚相手の条件とは?
金目当ての女だけは、許せない
「わ、私の友達ですか…?」
瞬時に愛子は、厄介なことに巻き込まれたことを自覚した。身長162cm以上、大企業に勤めるかわいい友達といえば、何人か思い当たる。しかし、紹介してなにかトラブルにでも発展したら、仕事の方に影響があるのではと思うと気乗りしない。
でも取引先だからこそ、頼みを無下にも断れず、無難な切り返しをした。
「では、落ち着いた頃に機会があれば、紹介させてくださいね」
にっこり笑って答えると、翔太はぐいっと身を前に乗り出した。
「ひとつ言い忘れてました。僕、絶対に許せないタイプの女性がいるんです…。金目当ての女です!僕の肩書きや実家の資産目当ての女だけは勘弁です!」
過去に何かあったのだろうか、妙に力強い口調である。愛子が呆気に取られていると、翔太はとんでもないことを提案した。
「少しでも財産狙いの素振りがあったらNGです。そうだ!お友達に、僕の素性は隠しておいてください。僕が何者かは伏せた状態で、紹介してください。ぜひ、お願いします!」
仕事さえ絡んでいなかったら、こんな話、すぐにでも断るところだ。ビルの玄関で、翔太の爽やかな笑顔に見送られながら、愛子は憂鬱な思いでその場を立ち去るのだった。
◆
「ねえ、愛子。誰か素敵な人、紹介してもらえない?」
今日は『聖林館』で大学時代の友人と集合している。ピザを食べながら友人に尋ねられたとき、すぐに翔太の顔が頭をよぎった。少し迷ったものの、愛子は思い切って切り出した。
「ちょうど、紹介できる人がいるんだけど…」
「どんな人!?仕事は何をしてる人?」
目を輝かせる友人を前に、返答に詰まる。翔太の素性は伏せておくようにという約束を思い出したのだ。そこで“御曹司”であるということには触れずに説明をすることにした。
「えーと…35歳、すごく真面目な人で、イケメン。結婚相手を探しているみたい。洋菓子のナッシェンで、商品開発や企画に携わってるの」
すると友人は、がっかりした声で呟いた。
「お菓子のメーカーかぁ…。なんか、地味そうね…」
するとそれまで隣で黙って話を聞いていた明日香が、くすっと笑って口を開いた。
「愛子。彼女は総合商社の優秀な営業職なのよ。さすがにお菓子屋さんじゃ釣り合いが取れないんじゃない?」
友人も申し訳なさそうに言った。
「ごめんね、なんだか年収も私より低そうだし、今回はパスさせてもらおうかな」
明日香はにっこり笑って愛子に言った。
「愛子。お金より愛だっていう考えは否定しないけど、あんまり自分の価値観を他人に押し付けるのはどうかと思うよ」
そしてすぐに友人のほうに向き直る。
「大丈夫、私に任せて。勤務医でもよければ公平さんに頼んで、素敵な男性を紹介してあげる」
愛子は興奮する友人の歓声を遠くに聞きながら、数分前にちょうど送られてきた翔太からのメール画面をぼんやりと見つめる。
-愛子さん、例の件、何卒よろしくお願いいたします!
キャンペーンの菓子制作以上に困難な課題を抱えてしまったような気がして、愛子は頭を抱えるのだった。
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翔太に振り回される愛子。そして明日香も動き出す。