東京を生きる女たちは、もう気がついている。

「素敵な男の隣には、既に女がいる」という事実に。

自分が好きになるくらいの男を、他の目ざとい女たちが見過ごすはずがないのだ。

不動産会社で秘書をしている繭子(29歳)は、商社勤務の洋平(30歳)と付き合って2年になる。

30歳までに結婚を決めたい繭子だが、誕生日を目前にしても彼からプロポーズの気配がなく焦りを募らせる。

そんな折、普段と様子の違う洋平に第六感が働いた繭子は、咄嗟に嘘の予定を告げてしまう。

そして疑惑の夜。深夜2時、ようやく既読になったLINEに嫉妬心を募らせた繭子は、我を忘れて家を飛び出す。




深夜の狂行


洋平のマンションのエントランスで、煌々とついた灯りに照らされた時、私はようやく我に返った。

家を飛び出した時の興奮は深夜の冷気で完全に醒め、ガラス扉についたドアノブの冷たさが、ますます私の心を寒々とさせる。

-やはり、帰った方がいいだろうか。

嘘の予定を告げたため、洋平の中で、私は今韓国にいることになっている。

ここで鉢合わせたら嘘がバレるし、そもそもこんな夜中に自宅で待ち伏せするような真似をしたら、洋平がどんな顔をするか…。

しかし、冷静になるタイミングが、一足遅かった。

「繭子?」

無条件に胸を締め付ける声がして、振り返る。

そこには、白いニットにピューテリーのコートを着た洋平が立っていて(どちらも、彼のお気に入りだ)それに気づいた私は思わず、目を細めた。

歪んだ表情を見せる私を認め、彼は大きな目をパチパチと瞬せる。…それは、彼が明らかに動揺している時にする、癖だ。

「…私に嘘ついて、どこに行ってたの?こんな時間まで、誰と一緒にいたの!?」

言いながら、嘘をついていたのはむしろ自分であることを思い出す。しかしもう、感情を止めることができなかった。


帰ってきた洋平に怒りをぶつける繭子。彼の対応は…?


洋平の言い分


「繭子、落ち着いて。とりあえずここは寒いから、家に入ろう。繭ちゃん薄着で、風邪ひいちゃうと困る」

洋平は、いるはずのない私が家で待ち伏せていたのにも関わらず、問い詰めることも責めることもしない。

取り乱す私とは対照的にゆっくりとした口調で肩を抱き寄せると、オートロックの扉を開けて中へと誘うのだった。




「繭子が誤解しているようなことは、何もないよ」

何度も来ている部屋なのに、見ず知らずの他人の家にいるような居心地の悪さ。

私は無計画に吐き出してしまった感情をどう収めて良いかわからず、ただひたすら黙りこくっていた。

洋平は肩を抱いたまま、黒い布張りのソファに腰を下ろして私の顔を覗き込む。

「確かに繭子に内緒で出かけたけど、それは何ていうか…わざわざ言うまでもないと思ったからだよ。ほら、前に話したスリランカで出会った旅メディアの子。スリランカのことを色々聞きたいって言うから食事に行っただけで。土曜だし二軒目まで付き合って遅くはなったけど、本当にただ飲んでただけだし」

子どもを宥めるような口調で、洋平は私を説き伏せる。その声はとても穏やかで、言っている内容に嘘があるようには聞こえない。

とはいえ洋平が他の女の子と二人だけで食事に行くこと自体、私にとっては不快でしかない。しかしもともと交友関係も広く社交的な彼に、「私以外の女性と会わないで」とまでは、さすがに言えない。

「本当に…それだけ?」

私が少し落ち着きを取り戻したのを察したのか洋平は立ち上がり、ようやくコートを脱いだ。

キッチンから持って来たコップにミネラルウォーターを汲んで手渡しながら、彼は柔らかい笑顔で私に頷く。

「それだけ。心配させて悪かった、ごめんな」

洋平はそう言って私を抱きしめ、頭を優しく撫でる。

私はもうそれ以上何も言えなくなって、洋平の背中に腕を回した。彼が私の側から離れていかないよう、祈りながら。



その後、洋平は普段以上にマメに連絡をくれるようになった。

私を安心させようとしてくれているのだろう、“今日寒すぎない?”とか“寝坊した…”とか、スタンプ付きで彼から他愛のないLINEが届くたび、心が温まる気がした。

…あの夜、ベッドの上で洋平の腕に抱かれながら、実は、私は彼に一つだけ約束してほしいとお願いをした。

「旅メディアの彼女とは、もう会わないで欲しい」と。

遠慮がちに言う私に、彼は迷いなく「わかった」と言ってくれ、私はその言葉を聞いて安心して眠りについたのだ。

実際、それからの洋平は、私の胸をざわざわとさせる不穏な言動を一切しなくなった。

翌週末、私が同僚の優奈と韓国でショッピングとフォトジェニックなカフェ巡りを楽しんでいる間も、随時連絡をくれた。

もう、大丈夫。

積み重ねてきた2年の月日はきちんと絆になっていたのだと、そう、信じていたのだが…。


元の鞘に収まったかのように思えたが…そして後輩・シバユカの助言


シバユカの助言


韓国から戻った翌週の月曜日。

優奈とランチに出ようとしたら、ちょうど打ち合わせを終えて戻って来たシバユカと入り口でばったり遭遇し、皆で一緒に行こうという話になった。




運よく入れた『サラベス』でエッグベネディクトを食べ終え、韓国お土産のシートパックを大量に手渡し、そして話題はお決まりの流れでお互いの恋愛事情アップデートへと移る。

ふんわり巻き髪を耳にかけながら、婚約したばかりの彼のことを嬉しそうに話す26歳のシバユカは、同性から見てもハッとするほど輝いて見えて、私は思わず本音をこぼしてしまう。

「ああ、羨ましいわ。私なんてもう付き合って2年、ずっとプロポーズされるの待ってるんだけど…全く、そんな気配なしだもの」

そう言って自虐的に笑う私に、シバユカは大真面目な顔で言い切った。

「繭子さん、プロポーズなんて、待ってるだけじゃ一生されないですよ。させるんです、プロポーズは」

プロポーズは、させるもの?

「だ、だって、そうは言っても、女から迫るんじゃなくて、理想はやっぱり男の人から、“結婚してください”って言われたいじゃない」

私と優奈が、ねぇ?と顔を見合わせるのを前に、だから先輩たちはと言わんばかりにシバユカは大きく首を振る。

「そんなの、男の人に夢見すぎですから」

3人の中で最も若いはずの26歳のシバユカだが、その口調は完全に世の中を悟っている。そんな彼女の次の言葉を、まもなく30代になろうという私と優奈は真剣な面持ちで待つのだった。

「良い大学を出て、一流企業に就職している男の人は、30代以降、どんどん価値を上げていくんです。繭子さんの彼氏みたいな爽やかな商社マンは、これからますますモテるし、引く手数多になる。だけど、女はその逆です。私も女だから悔しいけど…そのことを、彼がわかってないと思います?」

女は、その逆。

頭ではぼんやり理解しているものの、4歳も年下の後輩にはっきり口にされると、胸にぐさりと刺さる。黙り込む私と優奈に、シバユカは続ける。

「私たちが好きになるような男と結婚したいなら本当は、相手の気持ちが最も盛り上がってる恋愛初期に決めさせなきゃダメです。そこで決められない男は、何年待とうがプロポーズなんかしてくれない」

丸襟のついた可愛らしいワンピースを着て、艶々としたピンク色の唇から放たれているのに、彼女の言葉には一切の甘さがない。

さすが、やり手の女。

呆気にとられる私と優奈をよそにシバユカは、2年付き合ってもなお結婚のけの字も出ていない私に、とどめのような言葉をあっさりと言い放った。

「相手の愛情が、尽くした量や付き合った年月に比例するなんて、女の幻想です。だってほら、売れないミュージシャンが、売れた途端に支えてくれた彼女を捨てて若い美人に走るのとかって、よくある話でしょ?」

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シバユカの的確すぎる助言。繭子がついに、賭けに出る?そして洋平と彩花の関係は…