古川雄輝の最善の選択。冷静な計算と感情の中で見つけた未来への道

俳優という、世間から見たらかなり特殊な職業を古川雄輝は「食べていくための仕事」と言い切る。「楽しさは1割。大変、苦しいが9割ですよ」とも。一見、冷めているようだが、とんでもない! それは照れ隠しでもなんでもなく、強烈なプロ意識の現れである。自分が楽しむための趣味ではなく仕事だからこそ、古川は絶対に妥協することなく、緻密に役を作り上げていく。過去と現在が交錯するNetflix配信ドラマ『僕だけがいない街』の役作りの過程を聞くと、それがよくわかる。

撮影/祭貴義道 取材・文/黒豆直樹 制作/iD inc

ネット配信の強みが活かされ、より原作に忠実な出来に

ドラマ『僕だけがいない街』は、三部けいさんの人気漫画が原作で、過去にアニメ化、実写映画化もされています。主演オファーを受けたときの心境は?
純粋にうれしかったですね。原作も有名で、お話をいただく前にアニメも見ていたんですがすごく面白い。映画も事務所の先輩の藤原竜也さんが主演されていて、見ていました。
Netflixで海外190カ国以上にて配信されます。
海外の方に見ていただけるというのも、すごくうれしいですね。僕自身、キャリアにおいて海外の作品にどんどん出ていきたいと思っている中で、自分をより広い世界で知っていただける機会をいただけるのは、ありがたいなと思います。
売れない漫画家の藤沼 悟が“リバイバル”と呼ばれる過去と現在を行き来する現象に見舞われたことをきっかけに、母親を殺した犯人、さらに18年前の児童連続誘拐事件の謎に迫ります。原作を読んでみての感想は?
とにかく読んでいて引き込まれますよね。まず現在パートで母を殺したのは誰なのかというミステリーがあり、それがじつは過去の事件とつながっている。普通の日常の中にリバイバルという現象が加わることで、非日常に巻き込まれていくという作りも魅力的だなと思います。
普通のTVドラマとも映画とも違う、ネット配信のドラマという点で、撮影中や完成した作品を見て、普段との違いを感じたことはありましたか?
違いは確実にありました。まず作品を見ていただいたらわかると思いますが、映像の美しさはドラマというよりは映画に近いと思います。一方で連続ドラマとして制作されることで、2時間の映画とは違って、話数を重ねてじっくりと描くことができる。いろんな制約に縛られることなく、原作により忠実に作ることができたと思います。
なるほど。
1話ずつ、海外ドラマのように「あぁっ! 次が気になる」という展開になってるんですよ(笑)。あとは、連ドラだと2、3人の監督が演出を担当されることが多いですが、今回は下山 天監督ひとりだったので、じっくりとコミュニケーションを重ねることもできました。
悟は29歳の漫画家。千葉でピザ屋のバイトをして生計を立てつつも、本業の漫画家としてなかなかうまくいかず、人生に行き詰まっている男ですね。
悟みたいな思いを抱えている人は多いんじゃないかと思います。仕事に対して、人生に対していろんな悩みを抱えつつ、毎日を生きていて、決して誰しもがやりたいことをやって、うまくいっているわけじゃない。リバイバルを経て悟も変わっていきますが、演じるうえでは日常、普通であることを大切にしようと思いました。

北海道での過去パート撮影を見学し、悟のヒントを得た

悟は母親殺しの濡れ衣を着せられ、追い詰められてリバイバルに遭遇。18年前の小学生時代にまでタイムスリップしてしまいます。過去パートの悟を演じるのは内川蓮生くんですが、精神的には現代の29歳であり、古川さんはナレーションで参加されていますね。
過去パートに対してまず感じたのは、懐かしさでした。小学校ってこんな感じで、家に帰ると母親がごはんを作ってて、ハンバーグを食べておいしい…とか。あぁ、いいなぁって思いました。
大人の精神状態でもう一度、小学生をやり直せる悟が、少しうらやましいです。
子どもの頃は深く考えず、当たり前に友達が周りにいて、家で親が作ったごはんを食べてたけど、役を演じながら、大人の精神で子ども時代に戻ることで、改めてそのありがたさに気づかされました。
過去パートの割合が大きな作品ですが、悟という役を作るにあたっては、蓮生くんが演じる小学生時代の悟の姿も念頭に?
北海道(苫小牧)で行われた、過去パートの撮影の見学に行かせていただいたんです。
古川さん自身の出演シーンはないけど、わざわざ見学に?
それがすごく大きなヒントになったと思います。「小学生の悟がこういう感じだから、こうしよう」というわけではなく、悟はこういう場所で育ったんだということがイメージできて、役を膨らませることができましたね。
とくに大切にしたことや、軸となったことなどはありましたか?
監督とかなり話し合ったのは、ナレーションをどこまで入れるかという部分ですね。漫画は主人公の一人称で話が進む部分が多いので、悟の一人称でのナレーションがほとんどでも不自然じゃないんです。実写映画では、ナレーションをほとんど入れず、人物の表情や動き、カット割りでそれを見せていましたよね。
そして、今回の実写ドラマでは?
原作に忠実であろうという前提で、かなりナレーションは多いと思います。ただ、悟がひとりでいるときにずっとひとりでしゃべっていると、やはり不自然になってしまう。そこはリアリティと原作の関係をどうすべきか? じっくり話し合いながら作っていきました。
単に悟という役を演じるだけでなく、物語をどう成立させるか? という点も含めての役作り、演技が求められたんですね。ドラマと映画の良いところをミックスしたような、濃密な撮影を終えてみて、改めて感想は?
主演ということは別として、僕、追い込まれる役ってほぼ初めてだったんですよ。それはすごく新鮮でした。
言われてみると、意外にも…。
なかったんですよ、じつは。撮影で走るっていうのが印象的でした。何かに追いかけられて、焦って、追い詰められて…けっこう汗をかくなぁって(笑)。

将来に向けて、たくさんの可能性を残した学生時代

現代パートで悟のバイト先の同僚である、片桐愛梨(優希美青)との世代格差を感じさせる、ちょっと噛み合わないやりとりがクスッと笑えました。愛梨の受け答えに、悟が「平成生まれのジョークか?」と反応するシーンがありますが、古川さんご自身は…。
僕は昭和62年生まれでギリギリ昭和です(笑)。
下の世代はほぼ平成生まれなんですね。古川さん自身、昭和生まれ、平成生まれということを意識させられたり、世代間の断絶を感じることなどはありますか?
僕は昭和か平成かって以前に、海外で育って日本に戻ってきた帰国子女なので。「昭和だね」とか「平成生まれは…」みたいなやりとりの前に「帰国子女だね…」ってところで突っ込まれたりすることが多くて…(苦笑)。なかなか昭和云々って話にならないんですよね。
なるほど! 同じく愛梨とのやりとりで、自分の夢を人前で口に出すことについて、悟が「恥ずかしくないの?」と尋ねるところも印象的でした。古川さんは愛梨のように、はっきりと口に出すタイプですか? それとも悟のように表には出さないタイプ?
僕も悟のようにあんまり言いたくないかな…。でもこういう仕事しているがゆえ、言う機会は多いですが(苦笑)。取材で「目標は?」と聞かれることもありますし。ただ、自分からは夢とか語らないタイプです。
先ほど、悟の境遇について、同じような思いを抱えている人は多いのでは? とおっしゃっていましたが、古川さんは俳優の道に進むことを決断する以前に、将来のことで悩んだり、不安を感じたりすることはありませんでしたか?
ありました。悩みましたね。まず、やりたいことが見つからなかったんです。僕、大学では理工学部だったんですが、なぜ理工学部を選んだかというと、やりたいことがない中で、将来の選択肢をなるべく多く残しておきたかったからで。
たしかに理工学部からですと、転籍するにしても理系、文系どちらにも進めますね。
父が医者ということもあって「医学部はどう?」と勧められたこともありました。理工学部から大学院に進学する可能性もありましたが、そちらに進んでいたら、エンジニアや研究者になっていたかも。就職活動もそれなりにやってみたんですけど、なかなか「これ!」という職業はなくて…。
就活までされていたんですね! サラリーマンになっていた可能性もあったということですね。
まあ、やりたいことが最初から決まっている人は決して多くはないでしょうが、僕も同じように悩みましたし、葛藤もありました。同じ時期にいまの事務所のオーディションがあって…。

「自分が後悔しないために、芸能界の道を選んだ」

そのオーディション(キャンパスター★H50withメンズノンノ)を経て、芸能界入りすることになったんですよね。冷静に先を見据えて多くの選択肢を用意して、悩みに悩んで…結果的に選んだのは、おそらくもっとも先の見えない、不安定な世界で勝負することでした。その決断に至った理由は?
オーディションで負けたからですね。僕はそこでグランプリではなく、審査員特別賞だったんです。その時点で正直、「いまここでグランプリを獲れないようじゃ、芸能界に入ってもさらに多くのライバルがいるんだから、生き残れるはずがない。やめとこう」って思ったんですよ。
それなのに、あえて負ける可能性が高い人生を選んだ…?
そこでさらに考えたんです。この先、サラリーマンやエンジニアになったとして、何かひとつでも嫌なことがあったら「あぁ、芸能界で勝負しときゃよかった」って思うんだろうなって。
そのまま引き下がったら「負けた」という記憶に一生付きまとわれるだろうと?
加えて、もしもそのオーディションでグランプリを獲った人がこの先、いろんな作品やCMに出たりして活躍しているのを目にしたら、たとえ自分の仕事が順調だったとしても、悔しくなっちゃうだろうなって。そう思ったら、ほかの選択肢が自分の中から消えていったんです。こうなったらやってやろう! って。
じつは、根っこの部分で「悔しい」という感情があったんですね。
自分の中で後悔しない選択をするために、こっちを選んだつもりです。少なくとも「役者になりたい」とか「芝居が大好きで」とか「有名になりたい」といった気持ちではなく。やってみて本当にダメだったら、あきらめて別の道に進もうって。
しつこいようですが、ものすごく冷静に物事を見て、きちんと損得を計算して選択肢を並べているわりに、決断はあらがいきれないご自身の感情に従ってるんですね…。
一応、自分の中では、最善の選択の結果だと思ってるんですが…(笑)。
決して矛盾はしてないかもしれませんが…。失礼ながら、かなり変わった性格だとは思います。
そうでもないと思いますけど…あ、マネージャーが横でクスクス笑ってるので、そうなんでしょうね(苦笑)。まあ、変は変ですよ。だから、この業界で何とかやっていけているんだと思います。
芸能界入りを選んだことについて、後悔は?
そりゃありますよ。
即答されましたね。後悔しているんですか?
後悔というか、ないものねだりですね。サラリーマンになったらなったで、こっちの世界に憧れを抱いていたでしょうし。一方で、大学時代の同期の多くがサラリーマンになって働いているのを見ると「自分はこっちに来て正しかったのか?」って思っちゃうし、どの道に進んでもそういう思いは抱くってことですね。
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