尾上松也演じる今川氏真が物語のカギ握る? 『おんな城主 直虎』予想を超えた展開へ

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 いよいよ大河ドラマ『おんな城主 直虎』も残すところ2話となった。48話「信長、浜松来たいってよ」というサブタイトルからして完全に息抜きのコメディ回だと踏んでいたところ、またも見事に裏切られた。

参考:万千代の中に生きる政次の意志ーー『おんな城主 直虎』“おとわ”が直虎へと戻るとき

 宴で踊る酒井忠次(みのすけ)の珍しい笑顔、実に美味そうに酒を飲む本多忠勝(高嶋政宏)。それぞれの場所で身体を張るユキロックこと「美丈夫」中野直之(矢本悠馬)と「大男」奥山六左衛門(田中美央)。誰に似たのか悪酔いして、相変わらずの一面を垣間見せる万千代(菅田将暉)。そんな万千代を慌てて取り押さえる万福(井之脇海)と、まるで最終回目前の、登場人物たちを愛してやまないファンに向けた祭りであるかのようにも見えた、信長の物見遊山を兼ねた浜松訪問を前後した徳川のてんやわんやであったが、それは新しい争い事の序章でもあった。

 尾上松也演じる今川氏真。完全に予想外の人物が終盤において物語の鍵を握っている。35話で徳川家康(阿部サダヲ)と和睦することで生きながらえた氏真は、蹴鞠や笙の演奏などに長けた優れた文化人ではあるが、戦やまつりごとに不向きで主君としての器ではない人物として描かれていた。身の丈にあわない「太守さま」という役割を、乱世ゆえ、桶狭間の戦いでの偉大な父親・今川義元(春風亭昇太)の死ゆえ突然担わされてしまった平凡な男の悲劇。それが元々の彼のキャラクターだったはずだ。

 優雅に京での生活を楽しみ、人々が戦いに明け暮れている隣で、亡き寿桂尼(浅丘ルリ子)のために笙を奏で、さらには親の仇である信長に誘われたら笑顔で蹴鞠をしに参上する。徳川の家臣の多くは彼を疎んでいたし、「滅びるわけじゃ、今川は」と謗る声もあった。浜松に訪れた信長が、氏真のことを「祝い事には楽しい男」と言うのも、氏真の傍であることを気にするそぶりもなく桶狭間の勝利の記憶を語ることからも、氏真が信長に敵としても味方としても重要視されていない、完全にまつりごとや争いごとの世界から疎外された人物として認識されているということが言えるのである。

 だが、彼は物語の主軸から疎外された人物と、登場人物並びに視聴者を油断させながら、京で遊んでいる間に氏真と同じく文化教養の造詣が深い、光石研演じる明智光秀と意気投合し、信長の浜松訪問を相撲で祝いにきたと見せかけて光秀と落ち合いその陰謀を知り、彼の謀反を助けようと暗躍する。手遅れだったが瀬名(菜々緒)と信康(平埜生成)を助けるために家康からの依頼を受け奔走していたのも記憶に新しい。

 48話で信長が浜松に来ることを知った氏真が、毒づく家臣を嗜め「今や織田は天下の剣を握っておる、我らも取り入らねば」と笑う姿は、織田に誘われて蹴鞠に興じる40話で「これを機に織田殿の懐に入れればしめたもの。戦ばかりが仇のとり方ではあるまい」と微笑みながらも目に闘志を浮かべる姿と重なる。巡ってきた好機に、桶狭間の戦いで同じく父親を亡くし、共に幼なじみである瀬名を亡くした直虎(柴咲コウ)を巻き込み、彼なりの方法で仇を討とうとする姿は、笑顔の裏の執念を感じさせる。

 45話から47話における信康と瀬名の事件で重ねられたのは直親(三浦春馬)と政次(高橋一生)の死だったが、48話で引き合いに出されたのはさらに遡った桶狭間の戦いだった。物語は最終回に向けて、家康が天下をとるまだ先の未来へとひた走る一方で過去を取り込み、遡っていく。初回でその逸話が描かれた井伊のご初代様と同じ「井戸端の捨て子」として登場する明智光秀の子・自然が、この『おんな城主 直虎』の、並びに井伊谷の物語にどう関わってくるのか。政次以外とは囲碁をしなかった直虎が、自然を相手に碁を打ったことも気にかかる。

 物語は予想もしなかった方向に動き出し、家康と氏真、そして直虎の3人を巻き込んだ全く新しい「本能寺の変」が、「本能寺が変」という、思わずのけぞるようなサブタイトルにおいて、大河ドラマの歴史に加えられようとしている。(藤原奈緒)