米DIGIDAYの新シリーズ「広告後の人生」では、広告業界を辞めた人々の新しいキャリアと、彼らの人生における新しい目標を追う。

チャールズ・ローゼン氏は広告業界で約14年間働いたあと、議員に立候補。その後海外の女性政治家の選挙キャンペーンに資金提供をするためのグローバルファンドを開始し、さらにりんご酒ブランド、アイアンバウンドハードサイダー(Ironbound Hard Cider)を設立した。

現在50歳になるローゼン氏だが、彼の最初のキャリアは、1998年にクリフフリーマンアンドパートナーズ(Cliff Freeman & Partners)のエグゼクティブバイスプレジデントになったことだ。そして、デジタルエージェンシーのアマルガメイテッド(Amalgamated)を設立。ローゼン氏は社会活動と公共への奉仕を追求するためにアマルガメイテッドを辞め、その4年後エリック・シルバー氏のもとでアマルガメイテッドはビジネスを終了した。

――広告業界を去り、議員に立候補しようとしたきっかけは何か?



公共分野で意味深い仕事をしたいと常に思っていた。アマルガメイテッドでやったことの多くは、社会正義と環境問題に関連していた。「カルチュラルブランディング」と、我々が呼ぶような仕事を築き上げていた。ブランドが持つ世界観がパワフルであれば、ブランドはアイコン的存在になれるという考えに基いている。この考えを実現するには議員に立候補して公に務めた方が、私はより多くのことを成し遂げられると感じたのだ。それは馬鹿げた考えだとすぐに気付かされたけれど。

――なぜ馬鹿げた考えなのか?



政治家はどちら側の人間でも、結局トップにいる金持ちの白人男性の政治家たち(彼らは再選されるためにほとんどの時間を費やしており、国民のために働いてはいない)のために働いているのだと知った。1年半のあいだ、私は手探りで議員に立候補していたが、それを終えて発展途上国における女性政治家に資金援助をするグローバルファンドを立ち上げた。リベリア、モロッコ、そしてカンボジアといった国おいて女性を国会議員として当選させた。しかし、非営利の世界でも、私が政治の世界で見たような効率の悪さに気付いた。すべての非営利団体が団体の維持をモチベーションとして運営されていたのだ。ほとんどの時間を団体を維持できるかどうか心配することに費やされていたのが現実だった。

――それはガッカリする体験だっただろう。そのときにどうしたのか?



新しいモデルを築こうと決めた。営利目的のビジネスでも人々を尊厳を持って扱うことができ、ちゃんとした賃金を払うことができ、そして環境へのダメージを修復する助けとなることができ、そして利益を生み出すことができる。そんなことを証明してみせたいと思った。そこでニュージャージー州のニューアークに立てたのがニューアークファーム(New Ark Farms)という会社だ(訳者註:ニューアークは長年、住民の貧困と高い犯罪率に悩まされてきた)。ニューアークにおける仕事のうち、ニューアークの住民によって担われているものは8%以下だ。会社を始めたとき、私の従業員のうち少なくとも8割が元犯罪者だった。

――りんご酒の会社はどうやってそこから生まれたのか?



2年が経った頃、ニューアークにおいて最初に生まれた産業が、りんご酒作りだったと知った。ジョージ・ワシントンも気に入っており、サイダーにおけるシャンペンだと知られていたんだ。いかにもニュージャージーらしくて良いのが、ブラックマーケットでシャンパンとして売られていたんだ。この話はすごい面白いと思ったよ。ニュージャージーは昔からニュージャージーだったんだと。そこに本当のジャージー印を獲得するチャンスを見出したんだ。

――広告業界で学んだことで、新ビジネスにおいて活かせていることは?



強力なアルコールブランドを作るための知識は、広告業界で得た価値だ。ほかのカテゴリーにも増して、アルコールはアイデンティティというものに価値を置くんだ。つまり、バーで女の子に話しかけるときに、自分がクールであると自信をつけられるために、特定のブランドのビールを飲むということだ(笑)。ブランドの消費者がどんな人々であるか、ブランドが何を伝えているかが本質なんだ。

――自分のブランドに対してどんなビジョンを持っているか?



ブランドのコレクションを作りたい。それも小さい規模の家族経営の農園と契約をして、長期間失業状態にある人々を雇い、それぞれの土地から生まれるパワフルなブランドを生み出したい。私の会社がりんご酒のブランドなのはニューアークにおける最初の産業がりんご酒だからだ。農家が存在しているのもこの州が「ガーデンステート」と呼ばれるゆえんだ。バージニアにおけるムーンシャイン(密造酒に起源を持つ蒸留酒)や(テキサス州の)サンアントニオにおけるモスコーミュール、メイン州のジンといったもので同じことができるのか試したい。

――広告業界に関することで、何か懐かしく思うものはあるか?



真のコミュニティとコラボレーションがあった。よる遅くまで全員と一緒に働いたことを懐かしく思うよ。あれは本当にワクワクする体験だった。

――逆にまったく懐かしいとは思わないことは?



広告業界でストレスがたまるのは、クライアントがいても、彼らが自分で考えているほど大胆で度胸がある企業は、ほとんどいないということだった。ほとんどが仕事を維持することをモチベーションとしている。それは現状維持につながる。そのためブランド自体がどれだけエッジーだったり、アイコン的な存在だったとしても関係なかった。我々のクライアントには、コカ・コーラやマイクズ・ハード・レモネード(Mike's Hard Lemonade)、ベン・アンド・ジェリーズ(Ben & Jerry's)が名を連ねていた。結局、変化を怖がるクライアントと仕事をするはめになる。私のブランドが反抗的で生意気なブランドでいれるのは自分のお金だからだ。私のクライアントが持っていなかった度胸を持ってブランドを作ることができた。

Ilyse Liffreing(原文 / 訳:塚本 紺)