トヨタ自動車が開発した世界初の量産型ハイブリッド車(HV)の初代「プリウス」が、10日で発売から20年の節目を迎える。エンジンとモーターを併用する新たな技術でエコカーの地平を開いたトヨタ。世界各地の環境規制の強化と“HV外し”の状況もある中、これまで積み上げた経験や真の実力が試されている。

先駆者の自信
 プリウスはラテン語で「先駆け」の意味。「21世紀のクルマをつくる」「トヨタのクルマづくりを変える」というミッションの下、クルマ社会の課題の中から「資源」「環境」の解決をテーマに選んで開発に着手したのが初代プリウスだった。

 プロジェクト名は「G21」で1993年秋にスタート。初代プリウスの開発責任者を務めた内山田竹志会長は「21世紀の課題である資源・環境問題に答えを出すために圧倒的な燃費性能のクルマをつくるなら、(燃費性能を)2倍くらいにしなければいけないのではないか」という当時の社内議論を振り返る。

 そのため「従来の技術の延長線上にまったく答えがなく、当時も技術としては知られていたハイブリッド技術を導入しないと燃費性能は2倍にはならない」(内山田会長)と判断。世の中に約80種類あったハイブリッド技術を机上検討で約20種類に絞り込み、東富士研究所(静岡県裾野市)で開発したシミュレーターを駆使し、コストなどのバランスも考えて一つを選んだ。

 エンジンや変速機などのパワートレーンなどで試作なしで役員に提案したのは異例だったが、95年5月に承認された。しかし、同年11月に完成した試作車は49日間動かず、ようやく走行しても500メートル程で止まるなど苦難の連続。99年の発売予定も1年前倒しで98年にという構想があったが、さらに1年前の97年12月の発売に変更されたため短期での開発を急いだ。

「間に合った」「オタク」「普及しない」の賛否両論
そして「21世紀に間に合いました」というキャッチコピーをひっさげて97年10月14日に発表。同年12月10日に発売したプリウスには月間販売目標1000台を大きく超える受注が舞い込み、5―6カ月待ちとなったため増産投資を決めた。

 先進性ゆえ、海外競合他社の幹部がプリウスに乗る人を「オタク」とやゆすることもあり、「こんなものは普及する訳はない」と社内から反発の声も上がった。今では他社もHVを投入して普及期を迎えており内山田会長は「お客さまが『環境性能でクルマを選ぶ』という価値観の変化が起きた」とプリウスのもたらした影響を分析する。

 トヨタは現在37車種のHVを、世界90カ国・地域以上で販売している。累計販売台数は1100万台を超え、年間販売は約140万台に達する。20年かけて磨いたHV技術はプリウス以外の車種への展開のほか、プラグインハイブリッド車(PHV)や燃料電池車(FCV)、電気自動車(EV)とも共有する。

 トヨタは究極のエコカーと位置づけるFCVを14年12月に世界で初めて市販し、次のエコカーの本命と表現するPHVでは2代目「プリウスPHV」を17年2月に発売しているが、EVの量産車種は現在のところない。そのため、EVでは出遅れているイメージを持たれがちだ。

 米国のカリフォルニア州が販売台数の一定比率でゼロエミッション車(ZEV)を求めるZEV規制では18年からHVが除外され、中国が19年にも導入する新エネルギー車(NEV)規制でもHVは対象外にするなどHVへの風当たりが強い国や地域も出てきた。

トヨタ幹部は「21世紀はエネルギーの多様化の時代。パワートレーンもさまざまなタイプが共存し、なにかに集約されるというものではない」と強調する。HVで培った基盤技術をどれだけ生かし切れるかが、トヨタの将来を左右する。