「こはぜ屋」4代目社長宮沢紘一をモチーフにした田んぼアート(写真:TBSテレビ提供)

「陸王」の舞台となっている埼玉県行田市

「まさか、現代の行田がドラマの舞台になるとは思ってもいなかった」

そう話すのは埼玉県行田市の工藤正司市長だ。

今年10月に放映が開始されたTBS系ドラマ日曜劇場の「陸王」は視聴率が15%前後で推移している人気ドラマだ。この物語の舞台となっているのが埼玉県行田市である。創業から100年以上続く老舗足袋メーカー「こはぜ屋」がランニングシューズ「陸王」の開発に挑戦し、奮闘する姿を描く。12月10日には第8話の放映が予定されている。

現在、ドラマは後半戦に突入し、クライマックスに向け注目が高まっている。「陸王」の原作の作者は池井戸潤氏。これまで、「下町ロケット」や「半沢直樹」など、TBSの日曜劇場でヒット作を生み出し続けてきた。


工藤 正司(くどう まさじ)/行田市長。1950年生まれ。1974年行田市役所入庁。2007年5月より現職。現在3期目。市内の小学生に足袋の理解を深める取り組みを強化している。手元にあるのが行田の足袋(写真:記者撮影)

東京都心から60キロメートルほど離れた行田市は今、「陸王」効果に沸いている。「『陸王』が始まる前から行田の足袋への関心は徐々に高まっていたが、さらに追い風が吹いている」。工藤市長は喜びを隠せない。

行田市は「陸王」の撮影に全面協力している。撮影開始前からTBSとだけでなく、めぼしい建物のオーナーに取材協力を依頼。ドラマ中で何度も登場するマラソンのシーンでは道路を閉鎖し警察署などと撮影の協力依頼を行い、ドラマに対するバックアップの姿勢も作り上げている。

「行政だけでなく、市民の皆さんのおかげで撮影が実現できた部分は大きかった。1軒1軒回って撮影の許可をもらった。ほとんど実績がなかったが、撮影チームが携わった愛知県豊橋市や広島県福山市などの各自治体にアドバイスをもらいながら、フイルムコミッション(映画・ドラマの撮影場所誘致や撮影支援をする機関)としての体力や体制が整ってきた」と行田市役所商工観光課の森原秀敏課長は話す。

「陸王」の経済効果は1カ月あたり1億5000万〜2億円、視聴率が上昇すればさらに増える見込みだという。ちなみに2012年に公開された戦国時代の、後の忍(おし)藩(現在の行田市)が舞台の映画『のぼうの城』にともなう経済効果は40億円だった(ぶぎん地域経済研究所が2012年12月に発表)。

年間生産量を大きく超える受注が殺到している


「陸王」放映の半年以上前から、行田市の名産品を活用した関連商品が企画され、いずれの商品もドラマ人気とともに好調に売れているという(写真:記者撮影)

特に陸王効果が大きいのは足袋だ。ドラマの中で「こはぜ屋」の足袋や、その技術をベースにした陸王が何度も映し出されるのは印象的で、これが視聴者に強く訴求している。

「これまでの年間生産量を大きく超える受注が殺到していて、生産が追いつかず、市内の足袋業者はフル稼働の状況。いままでこんなことはなかった」と工藤市長も驚きを隠せない。森原課長も「陸王関連グッズの好調な売れ行きや足袋の生産が追いつかない状況を考えると、経済効果はさらに期待できるのではないか」と見る。

市内の観光地をめぐる観光客もドラマの影響から増加傾向にあるようだ。ドラマ中にも登場した行田市の銘菓「十万石まんじゅう」(十万石ふくさやが製造)や、「陸王たび煎餅」(戸塚煎餅店が製造)など関連商品も売れ行き好調。市内の事業者や地元商店主にとっては絶好の機会となっている。

今から約300年前に足袋作りを始めた行田市は、昭和の初期に需要の最盛期を迎え全国の約8割のシェア、ピーク時には年間約8000万足を製造していた日本最大の足袋製造元だった。一方、和装文化に欠かせない存在だった足袋も、洋装文化が進むにつれ靴下に主役の座を奪われてしまう。足袋の需要は年々減少し、近年は年間数百万足の生産にとどまっている。

それでも現在も数社の足袋業者が「行田足袋」を作り続けている。最近では、行田市内に点在する足袋蔵(足袋を保管する倉庫)や足袋作りの伝統が認められ、2017年4月には文化庁が整備を進める「日本遺産」に埼玉県で唯一認定された。

「いちど廃れてしまった産業が復活するケースはなかなかない。日本遺産の認定や陸王効果で『行田足袋』の復活に期待している。ドラマの中で100年前のミシンを手作業で修理しながら使っている描写があるが、それは本当のこと。私も市長に就任してすぐに足袋屋さんを訪れたが、本当に直しながらミシンを使っていてびっくりした」と工藤市長は明かす。


忍城址は2012年公開の和田竜氏の歴史小説が原作の映画『のぼうの城』の舞台になった。各地から観光客が訪れるという。(写真:記者撮影)

陸王効果に沸く行田だが、実はそれ以外にも地方創生に取り組んできた自治体でもある。

これまでも行田市は、県名発祥の由来となった「埼玉(さきたま)古墳群」や「忍城址(おしじょうし)」、毎年夏に古代蓮が見頃を迎える「古代蓮の里」をはじめとした地域資源を生かすことや、10年前から事業を始めた「田んぼアート」の世界ギネス認定など、行田ならではのまちづくりに取り組んできた。今年の夏には「陸王」の主人公で役所広司さんが演じる「こはぜ屋」4代目社長宮沢紘一をモチーフにした田んぼアートも、話題となった。

日本遺産認定はゴールではない


市民憩いの地となっている水城(すいじょう)公園。周囲を水に囲まれた忍城の堀の端部分が公園となった。この近くに大型宿泊ホテルが建設予定だ(写真:記者撮影)

今後、行田にとって課題となるのが訪日外国人観光客の呼び込みだ。

これまで行田市には、地方の観光地にあるような大型の宿泊ホテルがなかった。すでに行田にも中国本土や台湾、韓国などアジア系の訪日客を中心に外国人観光客が増加している。このため、現在、中心市街地に近い水城公園そばに100室以上の客室を擁する宿泊ホテルの建設が2018年春以降の開業に向けて進められている。

2019年のラグビーワールドカップは行田市の隣、熊谷スポーツ文化公園を会場に試合も行われる。2020年には東京オリンピックも控えており、この機に観光地としての行田を国内外にもっとアピールしていく必要があるだろう。

「自分たちですばらしい地域資源があるとアピールしても観光客には来てもらえない。料理にたとえれば、行田市にはいい食材がそろっていたが、それを美味しく調理できるシェフがいなかった。美味しい料理を前面に押し出せる仕組みづくりが必要」と工藤市長。一方で、「いま注目を集めている行田が独り勝ちしようとはまったく考えていない。熊谷市や羽生市など県北の地域や近隣地域が一体となって盛り上げていきたい」

工藤市長の発言の背景にあるのは、埼玉県北地域の、都心部への人口流出や少子高齢化に伴う人口減少の問題だ。埼玉県の中でもさいたま市などの県南地域との地域格差は広がる一方。いよいよクライマックスを迎える「陸王」に乗っかったブームを一過性で終わらせず、広がりと持続性のある地方活性化につなげていく取り組みが一段と求められている。