もはや、「マツコに罵られて快感をおぼえるか否か」で何でも決めればいい

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◆北条かやの「炎上したくないのは、やまやまですが」【第七回】

 われらのご意見番、マツコ・デラックス様が、またやってくれたぞ。12月4日に放送された『月曜から夜ふかし』(日本テレビ系)で、インスタグラムについて「何が楽しいの?」と発言なさったのだ。

 彼女は10月にも、『マツコの知らない世界』(TBS系)で、インスタ映えを狙う女子を一喝している。

 スイーツバイキングで皿いっぱいに盛ったケーキを、パシャパシャ撮って食べない女性が多いという話題で、「インスタ映えブームに、そろそろ世間が制裁を加えるべき」「かわいいインスタあげてもお前はブスなんだからな!」などと発言。

「その通り」「正論すぎる」と、ネット世論の話題をさらったのは記憶に新しい。

 当時はマツコ・デラックスさん(敬意をこめて私はこう呼ぶ)も、自身の発言に端を発する「インスタ女子批判」に戸惑ったかもしれないが、やはり心の中ではインスタグラムが解せないのだろう。

 12月4日の『月曜から夜ふかし』では、マツコさんが、若いスタジオ観覧者に「教えてほしいの、(インスタグラムの)何が楽しいの?」「本当にわからない」とガチ質問。

 観覧女子からは、「(いいね!をもらえると)この人に見てもらえてるんだな、と思う」とか、「美味しい店を知ることができる」などの意見が寄せられたが、マツコさん自身はさっぱりインスタの楽しさが理解できない様子であった。

◆もう、「マツコに共感する人/しない人」でいいじゃん

 彼女の感覚は、こういってはなんだが、おそらく「おじさん、おばさんのそれ」なんだと思う。新しく出てきた世代の流行が、本気で分からない。そして、私たちの中には彼女のそういう「おじさん、おばさん的」な感覚に対し、異常にシンパシーを感じてしまう何かがある。

 インスタは若い女が中心の流行だ。「若い女どもの考えていることなんかさっぱりわからん」「どうせ中身は空っぽよ」と言って嗤いたくなる人はたくさんいるのだろう。

 うらやましいとか妬みの感情は「酸っぱいブドウ」的に打ち消される。「あいつらインスタ映えのことしか考えてねぇぞ、馬鹿にしてやる!」と。

 ここでいう「おじさん、おばさん」とは「世代」じゃない。「美人/ブス」が数値化しづらいのと同じで、「おじさん、おばさん/若者」も非常に数値化しづらい感覚的なものである。

 これが数十年前までなら、「戦争を知らない世代と戦中派」とか、「新人類世代とそれ以前の世代」とかでも良かったのだが、昨今は当てはまりのいい概念がないのである。よって「新旧」を対立させる概念として、便宜的に「おじさん、おばさんたちと若者」という陳腐な表現を使ってみたんだけど、今思いついた。

 もう、「マツコ・デラックスに共感する人/しない人」でいいじゃん。

 旧世代的に「今の流行はさっぱりわからん」と肩をすくめる人たちを「マツコさん側」、最新の流行ツールを使いこなす人たちを「マツコさんではない側」とすればいい。

 彼女のインスタ批判がすぐネットニュースになって拡散するところをみると、われわれはマツコ・デラックスにすべてを託しすぎている。であればもう、マツコさんにすべてをゆだねようではないか。

 ちなみに、同番組の街頭インタビューによると、インスタを「やる派」は54名に対し「やらない派」が46名だった。両者は、ほぼ拮抗しつつも「やる派」が若干多い。

 これは最も「燃えやすい」危険な状態である。全体の半数は結構マジでやっているけれど、半数くらいはマジで「何が楽しいのか分からない」(byマツコさん)という状態は、無用な対立を生んでしまうからだ。

「みんなやってるけど、今更『お前やれ』っていわれてもちょっと……」みたいな負の感情が、「酸っぱいブドウ」的悪口を広めていく。その悪口を、つい言っちゃう側が「マツコさん側」じゃなかろーか。

 ちなみに私はインスタやってますが、はっきりとマツコさん側です。すみません(土下座)。

<文・北条かや>

【北条かや】石川県出身。同志社大学社会学部卒業、京都大学大学院文学部研究科修士課程修了。自らのキャバクラ勤務経験をもとにした初著書『キャバ嬢の社会学』(星海社新書)で注目される。以後、執筆活動からTOKYO MX『モーニングCROSS』などのメディア出演まで、幅広く活躍。著書は『整形した女は幸せになっているのか』(星海社新書)、『本当は結婚したくないのだ症候群』(青春出版社)、『こじらせ女子の日常』(宝島社)。最新刊は『インターネットで死ぬということ』(イースト・プレス)。
公式ブログは「コスプレで女やってますけど」