2017年9月1〜2日、ロイヤルカリビアン社の超大型クルーズ船「クワンタム・オブ・ザ・シー」の乗客ガイトのため鳥取境港に行ってきた。写真は筆者提供。

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2017年9月1〜2日、ロイヤルカリビアン社の超大型クルーズ船「クワンタム・オブ・ザ・シー」の乗客ガイトのため鳥取境港に行ってきた。

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クルーズ船のガイドの大変なところは、多くの場合、お客を連れていく行程が、ギリギリにしか分からないことだ。今回もそうで、福岡出発当日の昼前にやっと行程表が届いた。見てみると、私が案内する場所は、大山→お菓子の寿城→水木しげるロードだった。

クルーズ船が入港する境港市は鳥取県とはいえ、すぐ西隣は島根県松江市である。しかも、かつて同船が入港した際は、乗客を松江城に案内したとの情報を得ていたため、私は松江城を事前に詳しく調べていた。ところが、松江城へ行く行程は、別のガイドとなっており、私の行程はすべて鳥取県内のみ。ウ〜ム、毎度のことながら、その不条理さに舌打ちする。

その後、福岡から7時間かけてガイドでギュウギュウ詰めのバスに揺られて鳥取に移動。その道中、自分の行程を念入りに調査。「大山」や「お菓子の寿城」は予想外だったので、一から調べる。しかし、ゲゲゲの鬼太郎の作者・水木しげるについては、事前に調べていたし、私が子どものころゲゲゲの鬼太郎のテレビを良く見ていたので少しは自信がある。ただ、「水木しげるロード」は行った事がないので、その点だけが少し不安だった。

翌朝、7時にホテルを出発。ほどなく境港に到着。お客さんは上海からで、私たちが行ったころには、巨大ホテルのようなその船はすでに港に着いていた。ただ、入国手続きがあるので、お客はすぐには出てこない。9時半位に一部の気の早いお客数人が出てきたが、添乗員を含む大部分のお客が出てきたのは10時過ぎ。でも、行程表に記された時間としては予定通りだ。いざ、出発!

バスが動くと私はお客に境港や鳥取県、大山の簡単な説明をし、最初の2カ所を回る。中国人は食べる事を重視する民族だが、今回の行程はレストランに立ち寄らない。それぞれの観光地で、自分たちで勝手に食事をとるパターンだ。

ところが、11時前に大山に着くと、数軒ある蕎麦屋は皆11時からの開店。11時10分にバスに戻る事になっているので、間に合わない。お客さんたちはどうやらお腹を空かせて不満が溜まっている様子。次に寄る「お菓子の寿城」は、専らトチ餅などのお菓子を試食・販売する場所で、ご飯という感じではないらしい。でも、そこの2階にレストランがあるという情報を得た私は、そのレストランに問い合わせてみる。すると、意外にも色々なメニューがある事が判明。お客さんにその旨を告げると、案の定、大喜び。ところが、お客を連れて行ってみて驚いた。お客は全部で30人、でもそこは50席あるので、大丈夫だろうと思いきや、店の人いわく、「コックが1人しかいないので、いっぺんに色々なメニューを注文されると困る。出来る事は出来るが、出るのが遅くなるので、集合時間に間に合わなくなる可能性がある」そうは言っても、お腹を空かせたお客さんが、そこで引き下がるはずがない。

そこで、私はお客の各グループに言った「色々なメニューを注文しないで、1グループ2種類までにしてください」。こうして、皆が食事をとって集合時間内にバスに戻ってもらう様指示を出した。しかし、中には、ゆっくり食事をする年配のお客さんもいる。そこで集合時間を延ばすことにした。その結果、ゆっくり食べているお客も食べ残すことなく、最後まで食べてバスに戻ることができた。もっとも私は食いはぐれ、お腹がペコペコだったけれども…。

その後、最後の行程・水木しげるロードに向かう。ロイヤルカビリアンのHPには境港の説明があり、そこには鬼太郎の事、水木しげるロードの事が書かれてあった。だから、私はてっきりお客たちは多少の知識を持ち合わせているのだと思っていた。ところが、ふたを開けてみると、鬼太郎の事を知っている人は、43人中0人。こんな状態で水木しげるロードを歩いても、全然面白くないだろう。何とかしなければ…。

私は先ず鬼太郎の紹介をした。「この物語の主人公は、妖怪の少年で、名前を鬼太郎と言います。鬼太郎の鬼は“日本鬼子”の鬼…」お客たちは途端に笑い出した。中には「“日本鬼子”の意味を知っているのですか?」と私に聞いてくる人もいる。「もちろん、知っていますよ」と答えるとさらに笑い声が上がる。

なぜなら、“日本鬼子”とは、昔戦争で中国にやってきた日本人(兵)のことを中国人が貶して言った言葉で、「鬼みたいな日本人」といった意味だから。日本人の私がそれを使うのは可笑しかったのだろう。実は、お客の笑いをとるため、あえてこの言葉を使ったのだが、私も若干、日本人がこれを言うのは自虐的かなあという気もした。でも、逆に考えれば、日本人だって「チャンコロ」とか「支那人」などと言って中国人をさげすんできたではないか。

日中双方が過去にあった事を素直に認め、それを乗り越えて、お互いに仲良くする事こそが大事なのではないだろうか。そして、今の私の務めは仲良くするためのツールの1つとして、日本の事情や文化を色々紹介し、日本の事をもっとよく理解してもらえるように努めること。だから、鬼太郎のことを紹介するためにあらゆるツールを使うのだ。

ただ、言葉だけでの紹介では限界がある。そこで、ビジュアルでもアプローチしようと考えた。もともと、私はガイドの際、カレンダーの裏に簡単な地図を描き、観光地に印をつけて行程を説明する事がよくある。今回、行程が分かるのが遅かったので、仕方なく白紙の紙とマジックをかばんに入れて出発した。私はバスの中で、それらを取り出し、スマホで探した鬼太郎の画像を見ながら、鬼太郎と目玉おやじの絵を描いた。そして、説明の最後にそれをお客に見せた。「これが鬼太郎とそのお父さん・目玉おやじです」と。するとお客の中から「お父さんではなく息子だろう」と言う人もいた。体の大きさから、小さな目玉おやじの方が息子に見えたのだろう。確かに知らない人が見たらそうかもしれない。でも、全体にお客の反応は上々で、少しは鬼太郎のイメージを持ってくれたようだ。

その後、本物の水木しげるロードに出かけて自由散策。私はまだお昼を食べていなかったので何処かで食べようとしたが、レストランや喫茶は軒並みclosedの札が。なぜ?と思っていると、その時、すでに午後2時を回っていた。「う〜む、普段はそれでもいいけれど、何しろ4000人のお客さんが一斉に食事場所を探しているのだ。今日だけでも臨時で時間を延長してくれないものか?お客は食い逃げする訳ではないから、お店の方も儲かるのに、もったいないなあ…。この調子では、地方は永遠に活性化しないぞ…」と空きっ腹を抱え、残念な気持ちになった。

まあ、私の方は、レストランに入る時間が無くなったため、急きょ、水木しげる記念館に飛び込み、水木しげるや妖怪たちについてジックリ勉強できた。その収穫は何ものにも代えがたい。そういう意味では、内心ホクホクなのだが。

■著者プロフィール:小林晶子
外国語大学で中国語を専攻。結婚後、夫の転勤で台湾へ。その地で出産を経験。その時受けたカルチャーショックが原動力となり執筆を開始。その後、中国大連へ転勤。合計7年過ごす。3年前よりガイド資格を取り、日本を訪れる中国人・香港人・台湾人・華僑のガイドとなる。