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今、「J-POP」よりも「邦ロック」


「邦ロック」という言葉になじみはあるだろうか。ピンと来ない人はおそらく30代以上の方だろう。「邦楽ロック」の略称で、ONE OK ROCKやRADWIMPS、BUMP OF CHICKENなどの日本のロックバンド、Mr.ChildrenやL’Arc-en-Cielなどもここに含まれ、10〜20代の間では当たり前のように流通している言葉なのである。


InstagramやFacebook、TwitterなどのSNSを眺めていると、10〜20代の人のプロフィールやツイートで「邦ロック」というワードが頻繁に使われていることを知る。ちょっと前はプロフィールに「音楽観賞」や「J-POP好き」と記していたりしたものだが。いや、SNS上を注視すると、「邦ロック」が増えていることよりも「J-POP」という言葉が登場していない状況に気づかされる。


1988年に開局したFMラジオ局・J-WAVEが名づけたとも言われる「J-POP」。日本のポピュラーミュージック全体を指し、誰もが普通に使うようになったはずのこの言葉は今どこへ行ったのだろうか。


そこで、Web上の検索ワードをグラフとして見ることができる『Google トレンド』で「J-POP」と「邦ロック」を対象にして調べてみると、驚くべく結果が出てきた。



https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&geo=JP&q=J-POP,邦ロック


「J-POP」という言葉は2010年11月以降に検索数が減少し始め、2015年1月で「邦ロック」に検索数を超えられている。誰もが日常的に使っているGoogleは「=ネット」と言っても過言ではないだろう。ネットで流通している言葉が日常でも使われていることに誰も疑いを持たない現在、「J-POP」という言葉は消えつつあるのか……。このグラフは何を表しているのか。


ここでは、著書『ヒットの崩壊』で日本の最新音楽事情を的確な考察と各界のキーマンへのインタビューによって記した音楽ジャーナリストの柴 那典さんと、博報堂 研究開発局にて、音楽はもちろん、芸能からSNSまでのエンターテインメント全般を膨大なデータを駆使してリサーチする木下陽介さんに話を聞き、「J-POP」という言葉が人々の中から消えている現状を考察した。


 



左)柴 那典/音楽ジャーナリスト。ライター、編集者。ロッキング・オン社を経て独立。雑誌、WEB、モバイルなど各方面にて編集とライティングを担当し、音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)、『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)がある。


中央)木下陽介/博報堂 研究開発局 木下グループ グループマネージャー。2002年博報堂入社。以来、マーケティング職・コンサルタント職として、コミュニケーション戦略、ブランド戦略、ダイレクトビジネス戦略の立案や新規事業開発に従事。2010年より現職で、データ・デジタルマーケティングに関わるサービスソリューション開発に携わる。また、コンテンツ起点のビジネス設計支援チーム「コンテンツビジネスラボ」のリーダーとして、特に音楽・スポーツを中心としたコンテンツビジネスの専門家として活動中。


右)益子和隆/編集者。音楽誌、ゲーム誌、ガジェット誌で編集を担当。『M-ON! MUSIC』では連載「みんなの映画部」も担当している。連載18年に渡るグラビア「ビジョメガネ」を企画・編集し、ニッポン放送 吉田ルームのプロデューサーとしてマネジメントや企画運営も行う。


 


「J-POP」で検索して、何かを引き出したいと思わなくなった


柴 まず、音楽業界の人でこのグラフを見て「そうなんですよ!」とピンとくる人はほとんどいないでしょう。一般的にも「J-POPって最近使われなくなってる言葉なんだよ」と言われても、「え、そんなわけないだろ」って思う人が多いはずです。僕もそうでした。なので、このグラフはすごく興味深い現象だし、最初にこれを見た時には驚きのほうが大きかったですね。


益子 Googleトレンドを基にしているので、「ネット検索されている相対的グラフ」ではありますが、ここでは「検索されている≒使われている」として話を進めていこうと思います。


木下 僕はFacebookの国内での利用者が1000万人を超え、LINEなどの新しいSNSが登場してきた2012年頃から「メディアの利用実態調査」というのを実施していまして、毎年TwitterやFacebook、LINEなどの利用動向を分析しているのですが、調査上ではPCでのネット利用者は減少傾向となっています。


2008年に日本にiPhoneが登場したのが遠因でありますが、スマホ、タブレットでのネット利用というのが、現在では「3人に2人」となっています。その傾向は2013年頃からずっと伸びているという状況です。


スマホを利用している人たちがなんのメディアを使っているかも分析していまして、最も多いのが「SNS」、次が「キュレーションメディア」、3つめが「検索」、4つめが「まとめサイト」となっています。実はGoogleやYahoo!の検索サービスの利用者数は減少傾向となっています。



提供:博報堂 研究開発局「ソーシャルメディア利用実態調査」


柴 検索自体が減ってるんだ、なるほど。


木下 一方で、Instagramやキュレーションメディアは検索行動がほとんどなくて、インスタ内をハッシュタグで飛んだり。一応検索タブあるんですけど、それを前提としたUXになっていません。キュレーションメディアもどちらかというとタイムライン式ですね。


柴 僕の言葉で言い換えると、2010年代より前のインターネットってプル型のメディアなんですね。つまり自分から情報を探しにいくメディアだった。それが、徐々にプッシュ型になっている。


スマートフォンが主流になって、タイムラインをなんとなく見て受動的に情報を受け取る人が増えた。これは明らかに、インターネットメディアが大衆化したっていうことだと思っています。つまりテレビと同様に、自分で何かを探しにいかないタイプの人がスマートフォンをダラダラと見るようになった。


益子 では、上記のグラフで「J-POP」という言葉の流通が下がっているのは、Googleの検索行動自体が下がっているからということですかね?


木下 それだけではないと思いますね。


柴 Googleトレンドで僕もいろんな言葉を入れて検証したんですが、たしかに「邦ロック」はここ数年で徐々に伸びて「J-POP」を上回っています。ただ、「ジャニーズ」「AKB」の検索数はそのふたつに比べても桁違いに大きい。


AKB48のトレンド推移はすごく面白くて、総選挙のときにガッと上がるんです。2010年の6月にガッと上がり、2011年の6月もガッと上がり、次の年の6月、その次の6月、徐々に落としながらも6月に毎年ピークを作っている。ジャニーズは2016年1月に大きなピークがあるのですが、これはSMAPの解散騒動ですね。


つまり、検索ワードは、その言葉が社会的な話題になった時にドカンと上がる。それを踏まえると、「J-POP」という言葉が、例えば「AKB」や「ジャニーズ」のようにそれを調べて情報を引き出そうという行動が起こりえるプル型の言葉ではなくなってきているというのが僕の認識ですね。


木下 仮説ですけど、「J-POP」というものを検索する時に今まではみんな「J-POP ランキング」と調べていたのかもしれない。上記のグラフで「J-POP」が減少し始める2010年はランキングにAKB48が入りだしている時期で、オリコンなどのランキングの役割が変わってくることによって、CD売上ランキングを知りたいという需要が相対的に下がっていったのかなっていう。


柴 たしかに「J-POP」という言葉から90年代、00年代のオリコンチャートの上位常連曲をイメージする人は多いと思います。90年代だったらMr.Children、DREAMS COME TRUE、小室哲哉プロデュース。00年代初頭だったら宇多田ヒカルや浜崎あゆみ、00年代半ばからは西野カナを代表とした着うた系といわれたシンガーたち。


そう考えると、AKB48が出てきたことがやっぱり大きかったと思います。AKB48は、定義的にも実態としても「J-POP」のカテゴリーに入るものなんですよね。だけれども、AKB48のことを知ろうとしたら「J-POP」という言葉ではなく「AKB」で検索する。


評論家の宇野常寛さんも言ってましたけど、AKB48とその関連グループはファンの発信がとても大きいし、Google+などのソーシャルメディアと連動していたし、メンバーが今では何百人といるので、情報量が膨大。くくられるカテゴリーの中の情報量が多いので、AKB48や関連グループのことを調べようと思ったときは「J-POP」っていう言葉は浮かんでこない。


益子 AKB48だけで枠が大きすぎる。


木下 「アイドル」で検索するほうが良い。


柴 そうですね。「アイドル」という言葉で考えると、ももいろクローバーZ以降、いわゆる女性アイドルブームが起こって、今でもそれは脈々と続いています。それらも定義的には「J-POP」のくくりに入るんですよね。けれども、ももクロのことを知りたかったら「ももクロ」で検索するし、ハロプロのことを知りたかったら「ハロプロ」で検索する。


ジャニーズもEXILEや三代目J Soul Brothers from EXILE TRIBEも定義としてはJ-POPというくくりに入るんですけど、「J-POP」という言葉でそれらをカテゴライズできるイメージが浮かんでこない。


逆に「邦ロック」という言葉はある種のカテゴライズ可能なくくりとして機能しているように思います。わかりやすく言えば、そこからフェスに出ているバンドたちをイメージすることができる。



提供:博報堂 研究開発局「コンテンツファン消費行動調査」


博報堂 ・木下さんは、「J-POP」が検索されなくなってはいるものの、その認知・人気は変わっていないとのこと。


柴さんは、ジャニーズ、AKB48やハロプロなどのアイドル、EXILEや三代目J Soul BrothersなどのLDHグループといった、先輩後輩グループがあり、卒業と新規入団を繰り返してその枠組みの中で人が回っていくのをファンが楽しみ続けるということを「宝塚化している」と言う。


現代J-POPの象徴ともいえる彼ら彼女らは、宝塚化しながらより拡大し、そのグループ名自体がジャンルとも言えるほどの情報量を持つ。ファンは日々絶え間なく発信される情報を得ようとするときに、「J-POP」という言葉を思い出すことはなくなっていったのは想像に難くない。



2017年はヒット曲がなかった年


宝塚化したグループがオリコンなどのランキング上位に名を連ねることによって、「J-POP=上位ランキング・ヒット曲」という概念がだんだん薄れていくなかで、柴さんは「2017年はヒット曲がなかった」という。


柴 2017年は、残念ながら流行歌と言えるヒット曲が出なかった年でした。一方、2016年を代表するヒット曲はまだ強い存在感を持っています。それがRADWIMPSの「前前前世」と星野 源の「恋」。ここ数年では、例えば秦 基博の「ひまわりの約束」がある。単にCDが売れたセールス枚数というより、曲名だけを聞いてサビを多くの人がイメージできるかどうかというのが、今の時代の流行歌の基準だと思います。


益子 それぞれドラマ主題歌や映画主題歌と結びついていますね。そのタイアップというのは、90年代から続くJ-POPらしい方法論ですよね。


柴 実際、流行歌というものは90年代も今も音楽が音楽以外の何かと結びつくことによって生まれるっていうのは変わらないと思う。去年ほどではないけれども、今年を代表するヒット曲と言えるのはDAOKO×米津玄師の「打上花火」ですね。映画は当たらなかったけれど、曲はすごく広まってる。


益子 YouTubeの再生数はすごいことになっていますね。(2017年12月7日現在で8270万オーバー)。



柴 Spotifyやビルボードのランキングもずっと上位になっている。


木下 米津玄師は、冒頭に話した「メディアの利用実態」の調査に出てきた4つの項目をつかんでいる印象ですね。SNS、YouTube、自分らでイラストをということをやって。


柴 もうひとつ気になるのは、J-POPと洋楽との関係ですね。J-POPというカテゴリーが細分化している一方、洋楽はどうなのか。個人的な肌感触では数年前に言われたほど洋楽が聴かれなくなっているわけではないと思うんですが。


益子 洋楽を聴いてる人は変わってないってことですね、Googleトレンドに「洋楽」を加えてみてもグラフは横ばい。



https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&geo=JP&q=J-POP,邦ロック,洋楽


 


木下 「洋楽」は変わらず「J-POP」は検索はされなくなっていたのは、おそらく今は過渡期というか、代替する言葉がないっていうのもあるのかと。


益子 聴き手の生活も音楽の楽しみ方も大きく変わった今、何か違うものに変わろうとしているのではないかなと感じています。僕は、もう細分化されたままで、J-POPみたいな大きなジャンルはなくなるんじゃないかなって思ってますが(笑)。


音楽の情報はマスメディア軸だけではなく、SNS軸でも回っていくから大枠のカテゴライズの必要がない。SEKAI NO OWARIが好きだったら「セカオワ」で検索して、そこで情報もコミュニティも得ることができる。


柴 僕はJ-POPって言葉は消えずに残ると思ってます。例えば、エド・シーランとジャスティン・ビーバーとアリアナ・グランデをくくる言葉ってなんだろうかと。エド・シーランはイギリス、ジャスティンはカナダ、アリアナはアメリカ。これをくくる言葉ってもうポップっていう言葉でしかないんですよ。そういう状況に今の音楽はなっていて、僕はそれを「グローバルポップ」と言っています。


今、僕は音楽シーンをどの国でも2階建てになっていると捉えています。グローバルポップがあって、J-POP、UKロック、USカントリーがあるみたいに。だから、J-POPっていうのは特定のジャンルや誰かをイメージするっていうよりも、ただ単に日本でローカルに人気があるというものになる。


益子 便宜上で使われている言葉だと。


柴 僕、Spotifyの各国チャートを半ば趣味、半ば研究で見てるんです。例えばフランスチャート、アイルランドチャート、アイスランドチャート、アルゼンチンチャート……いろんなのがあるので。


ひと通り見ると、エド・シーランはどの国のチャートにもトップで出ている。ジャスティン・ビーバーもそう。だけど、フランスのチャートを見ると、フランス以外ではまったく見ないアーティストがチャート上位にいる。それって「フレンチポップ」なんですよね。


で、スウェーデンのチャートを見ると、やっぱりエド・シーランやジャスティン・ビーバーがいて、スウェーデン語で流通してるスウェーデンのヒット曲があるんですよ。それって「スウェディッシュポップ」なんですよね。各国で、フレンチポップ、スウェディッシュポップ、J-POPっていうことだと思ってるんです。


益子 国別ジャンルという感じですね。


柴 だからフレンチポップ、スウェディッシュポップに我々が持っているある種の音楽性のイメージってもう解体すべきで。フランスのヒット、スウェーデンのヒットでしかない。J-POPもたぶんそういうものになってくる。


益子 これまで音楽性のジャンル名としてJ-POPがあったけれども、象徴から国ごとのカテゴライズというふうに変わっていってるってことですね。


柴 今なぜフランスとスウェーデンを挙げたかというと、言語なんですよ。グローバルポップは大抵が英語圏のポップで、もしくはスペイン語圏も最近では勢力を増している。その一方、フランス語のポップ、スウェーデン語のポップっていうものがあるからその国のヒットっていうのが成立する。


木下 なるほど。J-POPは日本語の音楽っていう。


 


日本人にとってポピュラーな音楽を指す言葉というのは、80年代末から90年代にかけて「歌謡曲」から「J-POP」へとシフトしていった。しかし、その「J-POP」は20年以上使われている言葉になり、その意味は変容し、そして使われる頻度も減っている。


柴さんは「日本だけ音楽市場が微減し続けている」という。その状況というのは、こういったファンやユーザーの機微をレコード会社やメディアが気づいてないことも一因であるとするのは言い過ぎだろうか。


市場の変化を知るきっかけは、これまでは「現場の勘」や金額ベースとなる「市場データ」がほとんどだった。そこに「言葉の流通量」をあらたな物差しとして加えれば、よりユーザーのエモーショナルな部分が見えてくるのではないかと考えている。ことエンターテイメント界ではユーザーのエモさを知る意味は大きい。音楽市場の最重要キーワードである「フェス」や「ライブ」はどうなるか……なんて次のテーマも考えつつ、機会があればこの「言葉の流通」を軸にしてこれからの音楽市場の形を探る場をまた作りたい。


TEXT BY 益子和隆(M-ON! MUSIC編集部)