野球好き中居正広も絶賛!みやぞん、4番エースだった高校球児時代の映像公開

写真拡大

ANZEN漫才のみやぞんが、12月8日放送の『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系、毎週金曜20:57〜)に出演し、高校球児時代の貴重映像を初公開する。

今年のテレビ出演数400本以上、独特なキャラクターとどんな挑戦もクリアする脅威の身体能力で子どもから大人まで大人気となったみやぞん。番組では、彼が送ってきたマンガのような伝説だらけの人生を徹底検証する。

1985年、東京都で5人目の末っ子として生まれたみやぞん。上の4人は全員姉だ。小学5年生の時、運送会社の倉庫に忍び込み、置いてあったサンドバックで遊んでいると、たまたま見ていた元チャンピオンの社長に強烈なパンチ力とセンスを見込まれ、キックボクシングの道へ。そのまま5年間キックボクシングに励んだ。

当時、ゲームセンターのパンチングマシーンで216kgfの記録を出していたみやぞん。元ボクシング世界チャンピオン・内藤大助は182kgf、元WBA世界フライ級王者・井岡一翔は151kgf。プロボクサーをも超える強烈なパンチだった。そんなことから、中学生の時は一度もケンカしたことなどないのに地元周辺で“裏番長”と呼ばれていた。

一方、中学から始めたテニスでは足立区で準優勝の成績を収め、テニスの強豪校である日大系付属高校からは推薦の誘いが来るほどだった。ところがある日、テニス部の練習中に偶然野球部から転がってきたボールを80メートル投げ返したところ、たまたま野球部員の勧誘に来ていた都内の高校野球コーチの目に留まりそのまま勧誘され、都立荒川商業高校野球部へ。ここでもみやぞんは驚異的ともいえる運動能力の高さで、1年生からエースで4番に抜擢された。130キロを超える球威と変化球がウリで、当時は野球専門誌に注目の選手として紹介されたほどだ。

今回は、甲子園予選で投げるみやぞんの貴重映像を初公開。野球好きで知られるMCの中居正広も、その投球フォームと球威を絶賛する。投手としてだけでなく4番としてヒットも打ち、さらに円陣を組み仲間たちを鼓舞するみやぞんの姿は、普段テレビで目にする姿とは打って変わって爽やかで、まさにチームの大黒柱そのものだった。

そんなみやぞんだが、幼少期から家庭が経済的に苦しかったという。野球部時代は何かと出費が嵩むにもかかわらず、全力でサポートしてくれたのが母・春奈さんだった。みやぞんは春奈さんが大好きで、今でも感謝しているという。取材に対し、春奈さんは「母子家庭で生活するのもやっとでしたが、周囲の方たちから期待されているのも知っていましたし、大耕(だいこう ※みやぞんの本名)のためにも何とか野球を続けさせたいという思いで指輪を質に入れました」と当時を振り返った。さらに、「我が子がやりたいことを全力で応援するのは親の務め」「体の弱かった大耕がどんどん成長していく姿を見て、我が子ながらすごい才能を持った子だなあと思いました」と、母としての想いを初めて語る。

みやぞんの伝説だらけの人生には、天才的ともいえる身体能力の高さと、貧しかった幼少時代も明るく笑顔を絶やすことのなかった母の存在があった。このほか、関係者や恩師にも取材し、その人物像に深く迫る。