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あら?この小さな選手が?東京都北区の安部学院高校レスリング部の練習場で彼女に会った。ともに練習する20人ほどの選手のなかでも下から2番目の身長153センチ。レクレーション要素の入ったフィジカルトレーニングで周囲とわいわいやりながら取り組む姿からは一見、強いオーラは感じられない。それでいて、れっきとした世界チャンピオンだ。8月フランス・パリで開催された世界選手権、初出場初優勝を飾り、一躍2020年東京オリンピック期待の星として注目を集めるようになった。強い。ただそれだけではない。彼女には絶対に忘れられないひとつの敗戦がある。そのとき、彼女は徹底して現実に向き合った。高校生らしく、その言葉はあくまで一直線。「小さな世界王者」に競技の魅力、東京五輪への抱負などを合わせて聞いた。

撮影 岸本勉 中村博之(PICSPORT)/取材 宮崎俊哉/構成 編集部



成長はひとつひとつの大会を「絶対優勝する」という気持ちでやった結果



ーーまずはレスリングを始めたきっかけを。

父がやっていたんです。父がよくレスリングの試合のビデオを見ていて、私も一緒に見ていたときに「面白そう!私もレスリングをやってみたい!」と思い、自分からレスリングをやりたいと言って始めました!

ーー激しく動き、相手とのフィジカルコンタクトで勝負する競技です。チビッ子レスリングでも練習は相当キツかったと思いますが、やめたいと思ったことは?

(千葉県の松戸ジュニアレスリングクラブ時代)辛いと思ったことはありますが、やめたいと思ったことは一度もありません。レスリングが好きなので、ここまで続けてこられたと思います。まずは基本であるタックルで相手を倒すことが楽しいです。それと、相手との駆け引きから技を出して戦うこと。これらもレスリングの楽しさですが、でもやっぱり私が一番好きなのは試合に勝つことですね。



ーー勝ち続けているいま、ますます楽しくなっているでしょう?

半々です。どんどん楽しくなっている半面、いろいろわかってきてレスリングって難しいなと感じることもあります。

ーー小学生時代からここまで、順調な成長を見せています。ご自身ではどう感じていますか?

ひとつひとつの大会を「絶対優勝するぞ」という気持ちでやって目標を達成してきた結果です。自分のなかでは特に連勝とか記録は意識せず、ここまでやってきました。

ーーご自身の強さの秘密はどういったところにあると見ていますか?

負けず嫌い。気持ちは強いほうだと思います。絶対に勝つという気持ちは誰にも負けません。練習量も多いですね。勝つためには練習するしかないと思っているので、誰よりも多いです。

83連勝がストップ「試合後は思いっきり泣いて、その後、前を向いた」



ーーそうしたなか、シニア初挑戦となった2015年12月の天皇杯全日本選手権大会決勝で7歳年上の入江ゆき選手に敗れ、連勝記録(中学生時代だけでも83連勝)がストップしてしまいましたが、あのときはいかがでしたか?高校1年の頃の出来事です。

本当にただただくやしくて。入江さんはリオデジャネイロオリンピック出場権を登坂絵莉選手と争った先輩ですが、それでも0-10のテクニカルフォール負けを喫してしまいました。何も通用しませんでした。技も力も。とにかくくやしくて、「次に戦うときは絶対に勝ってやろう」という気持ちなりました。



ーー泣いたでしょう。いくら戦うメンタリティを持っているとはいえ、そこは10代の女子。初めての敗戦だったわけです。

試合が終わった後は思い切り泣きましたけど、落ち込んだりはしませんでした。悔しくて悔しくて、次に勝つためにはいままで以上にやるしかないとしか思いませんでした。

ベッドの上の天井に2位の表彰状を貼って毎日見えるようにして、あのくやしさを忘れず、常に「がんばるしかない」と。練習量も増やしましたし、意識も変えました。入江さんに勝つことだけを考えて、次の大会まで必死に練習しました。

ーー次の2016年6月、明治杯全日本選抜選手権では見事、入江選手にリベンジを果たしました。

本当にうれしかったです。半年間、入江さんに勝つことだけを目標にやってきたので。半分は本当に勝てたんだという驚き、もう半分は「よかった」という気持ち。いまビデオを観ても最初の対戦のときの敗戦はくやしいですけど、自分が変わるきっかけになったのかなと思います。

攻めて攻めて、攻め続けるという自分のスタイルがブレないように!



ーーレスリング競技自体のことをお聞きしたいです。試合では常に相手より低い姿勢をキープされていますね。レスリング選手の印象的な姿です。

低く構えるように意識しています。そのためには足腰全体の筋肉を鍛えないといけないので、スケートの練習(スライドボード)を多くやるようになりましたし、スパーリングでもとにかく低く構えるよう心がけています。

ーーご自身でも下半身が強くなったと感じていますか?

足、身体全体かな、太くなったと感じるときもあります。友だちと出かけるときなど、自分の太さが目立つんですよ。でも、イヤではありません。

ーー毎日、厳しい練習を積んでいます。疲労回復法は?

寝ることです。(JOCエリートアカデミー)寮では11時消灯なので、電気を消したらすぐ寝て。それでも、朝練があるので睡眠時間は毎日6時間ぐらいかな。昼寝はしません……学校の休み時間にちょっと寝るぐらいで。日曜日、練習が休みなのでしっかり休んで。それから友だちとショッピングなどに出かけるのもいい気分転換というか。



ーーいま取り組んでいる課題はどんなところですか?

タックルが得意だということを、国内だけでなく海外の選手も研究してきて防がれることが多くなってきました。それでもしっかりタックルに入れるように、その前の崩しを重点的に練習しています。それと、タックル以外の技でもポイントが取れるように。

ーー世界チャンピオンになった後、国内で苦戦を強いられました。10月の愛媛国体、本来の48キロ級ではなくひと階級上の53キロ級での出場した際のことです。

準決勝、先制されて6点リードされてしまい、それでも落ち着いて攻めて逆転することができましたが、失点を防がなければと反省しています。攻めには行けたんですが、タックルに入ってから自分の足が止まってしまい相手に返すチャンスを与えてしまって。タックルに入ったらポイントを取り切るまでしっかり動き続けなければいけない。自分が勝つという強い気持ちで、勇気を持ってしっかり攻め込む。攻めて攻めて、攻め続けるという自分のスタイルがブレないように!

ーー(今年8月の)東京五輪に向けた階級変更により48キロ級がなくなり、最軽量級が50キロ級となりました。また、これまでの1日決着ではなく試合も2日間、計量も2回(両日の朝)となりましたが。

階級変更は自分にとってはプラスです。これまでは、普段53キロぐらいあった体重を48キロに減量して計量、翌日の試合では50キロちょっとで戦っていました。2回計量というのは未知の世界ですが、全員同じ条件。自分はかつての2回計量を経験している吉村祥子コーチに指導していただいているので、アドバイスをしっかり聞いて対応します。

東京五輪への道「ライバルに負けない気持ちは自分のほうがある」



ーーライバルに勝ち、たとえ世界を制してもまだまだライバルはいます。例えば日本国内では、リオデジャネイロオリンピック金メダリストの登坂絵莉選手(24)。彼女は今年1月、足の手術(左足親指付け根の剥離骨折)をし、この秋に復帰します。12月、天皇杯全日本選手権での対決が待っていますが。

登坂選手は力強いレスリングで攻めるイメージです。カウンターも上手く、中途半端に入ると逆にポイントを取られるので、しっかり崩して入らなければいけないと思っています。比べたりはしませんが、自分はタックルのスピードは誰よりもある。負けません。絶対に勝つ、負けないという気持ちも自分のほうがあると思っています。

ーー代表合宿ではその登坂選手とスパーリングすることが多いですね。

自分がお願いする立場なので、積極的に行っています。目の前の選手を超えていかないといけないし、オリンピック金メダリストですから、自分が目標を達成するための目安になります。目標に向かってどう努力していったらいいか、スパーリングしていただいてつかんでいます。登坂選手とは6歳違いますが、経験の差は感じません。



ーー女子レスリングといえば、日本には吉田沙保里、伊調馨という女王が二人もいますが、須﨑選手から見て二人はどんな選手ですか?

8月の世界選手権に出場させていただいて感じたことですが、こんな大舞台で勝ち続けられるというのはスゴイと、お二人の強さを改めて実感しました。

吉田選手のタックルで攻めるレスリングはもちろん、練習できついときこそ声を出してみんな盛り上げる姿勢、態度も尊敬していて少しでも近づきたいと思っています。伊調選手は組み手をはじめレスリングがうまく、見習うことがたくさんあります。ビデオを観て、自分の技として習得したいです。

ーーそんな吉田選手や伊調選手が活躍されてきたオリンピック。須﨑さんがオリンピックを意識するようになったのはいつ頃からですか?

自分が出たいと明確に意識するようになったのは小学校5年生からですが、その前に3年生のとき、北京オリンピックで活躍する日本の女子選手をテレビで観て、漠然とですが「あぁなりたいな」と思いました。



ーー2020年東京オリンピックまで1000日を切りました。

東京オリンピックのことを考えるとワクワクします。盛大な大会ですよね。日本で、しかもレスリング会場は自分の地元・千葉(幕張)ですから、そこに自分が絶対に出て、経験したい。

「あと1000日」と聞くと長いように感じますが、最初の予選となる2019年の世界選手権があり、それに出場するための国内予選の全日本選手権は2018年12月ですからあと1年で戦いが始まります。すごく早く過ぎる1000日だと思います。

ーー東京への道のりはしっかり見えていますか?

はい。次の全日本でしっかり優勝して、その次の全日本選抜でも優勝して、世界へ行って連覇。2019年世界選手権で大会3連覇して、オリンピック代表権を勝ち取り、東京オリンピックに出場して金メダルを獲る。国内外でも勝ち続けます。



彼女も知らない彼女の強さの秘密。それは「言い切れること」にあるのではないか。10代にして自分が「攻めて勝つスタイル」「タックルで勝つ」と言い切り、「勝ちたい気持ちはライバルより強い」とも言い切る。さらに負けたときには2位の賞状を天井に貼り付けてまで「徹底的に失敗に浸る」とも。

インタビュー後に彼女にさっと聞いてみた。「負けず嫌いはどこからきていると思いますか?」、するとこう返ってきた。「小さな頃からそうだったんです」。若いアスリートには多い返答だ。自分がこうなったという理由は、自分には分からない。自然にそうなったと。おそらくは父に連れられレスリングを見てきた頃から、自然に刷り込まれていったのだろう。「自分らしさ」というのは思った以上に周囲に与えられるものだ。でもそれを自分で納得しきって、消化すれば自分のものになる。83連勝が止まった一度の敗戦も、らしさをより膨らませていく、重要な過程にしていく。




<プロフィール>
須﨑優衣(すさき・ゆい)

1999年6月30日生まれ 千葉県出身。JOCエリートアカデミー/安部学院高。小3時、全日本少年少女選手権優勝。5年、6年時も連覇を達成する。中学時代にも83連勝を達成するなかで国内6冠を獲得。2年時にJOC(日本オリンピック委員会)が有望選手を集めてエリート教育を施すJOCエリートアカデミーに選抜され、以降寮生活を送る。中学3年時から高校入学後には国際大会でも実績を残し、世界カデット(16・17歳※医事証明書を提出すれば15歳でも出場可能)選手権では2014、15、16年に3連覇を達成した。2017年はシニアの世界選手権に出場し、初出場優勝。身長153センチ。2017年12月、天皇杯全日本選手権からのルール改善前の階級は48kg級。