ドイツはアインシュタインなど著名な科学者を多く生んだ国ですが、どんな科学教育が行われているのでしょうか。写真は光物理学の実験を体験するドイツの少年(筆者撮影)

ノーベル賞の授賞式が日本時間の12月10日午前4時、スウェーデンのストックホルムで開かれる。今年の受賞者に日本人の名前はないものの、文学賞を受賞したカズオ・イシグロ氏が日本生まれとあって、日本では彼に注目が集まっている。

筆者の住むドイツでも同様に、今年の受賞者にドイツ人はいないものの、化学賞を受賞したヨアヒム・フランク氏がドイツ系アメリカ人であることから、彼が話題を一手に引き受けている。

アインシュタインもドイツ出身

ドイツは20世紀を代表する物理学者、アルベルト・アインシュタイン(後にアメリカ国籍を取得)やX線を発見したヴィルヘルム・レントゲンなど著名な科学者を多く生んでおり、科学者を育てる土壌があるといえる。

ノーベル財団は選考基準を公開していないが、自然科学分野のノーベル賞受賞の多くは長年の研究成果に対するものが多いようだ。さらに、人々の暮らしの進化につながった研究の受賞も目立つ。

ノーベル賞に値する科学者の育成は、多くの国で熱心に取り組まれている。ただ、学校教育を充実させるだけでなく、子供のときから科学に親しむ機会があることも重要だろう。

そうした機会の成功例が、ドイツの地方都市には存在する。中南部のニュルンベルクを中心に開催される「科学の夜長」は、社会の中で科学がどう役立っているのかを、子供から大人までが楽しく知れるイベントだ。

「科学の夜長」は地域の企業や大学、研究機関などが一斉に門戸を開き、一般の人が訪問できる催しだ。2003年以来、ニュルンベルク市、フュルト市、エアランゲン市の3市全体が会場となり、隔年で秋の週末、午後6時から翌午前1時まで開催される。2017年は10月21日に開催され、3万1500人が訪ねた。


「科学の夜長」当日は巡回バスが運行される。背後はイベントカラーの緑でライティングされた大学図書館(筆者撮影)

同地域の大学、研究機関、医療・教育機関、発電所、企業、アーカイブ、ミュージアムなどが一斉に門戸を開ける。各組織はプロジェクトや研究内容、技術、業務を紹介・体験できるようにするほか、講演などを行う。

会場になる場所はシンボルカラーの緑のライティングが行われている。参加者は12ユーロ(1500円程度)のチケットを購入すると、どこでも訪問が可能。一夜限りの「科学万博」をイメージしていただけるといいだろう。

プログラムの数は約1000と多く、参加機関は約350を数える。開催場所とプログラム内容をまとめたガイドブックが毎回作られるが、約300ページの分量だ。地元も公共交通機関が協力して、「○○地区コース」といった数種類の路線を作り、開催時間中に巡回バスを運行する。チケットを持っていると、どのバスにでも乗れる。一晩ですべてを回るのは難しいので、訪問者たちは、ガイドブック片手に自分なりに訪問プランを立てている。


基礎研究で知られるマックス・プランク研究所。自転車で親子連れなどが気軽に訪問する(筆者撮影)

「夜長」当日は街中を自転車や徒歩で移動する人も多い。家族連れ、中高年の夫婦、学生などさまざまな年齢層が目につく。巡回バスではガイドブックを見ながら、次はどこへ行こうかと相談している若いカップルもいる。デート感覚で参加しているのだ。

また、小さな子ども向けには午後2〜5時のあいだ、大学などで科学の実験を見るといった子ども向けのプログラムも用意している。

地方の小都市が元気なドイツ

日本の自治体のスケール感覚からいえば、ニュルンベルク市のような人口50万人の都市は「どこにでもある地方の都市」というイメージが強い。それゆえ、これだけの「科学」スポットがなぜあるのかと考える読者もおられるかもしれない。

ドイツの自治体は日本と比べ規模が小さい自治体が多いため、人口10万人でもけっこうな規模の都市だ。歴史を振り返ると、経済や文化を都市の中で独自に発展させてきた経緯があり、世界やEUでトップシェアを誇る大企業や中小企業の本社が点在している。東京一極集中の日本と対比すると、「小さな中心地」が分散しているのがドイツだ。

開催都市の1つである人口10万人のエアランゲン市を見ても、大学や医療技術の起業支援機関、日本にも拠点を持つフラウンホーファー研究所や前述のマックス・プランク研究所といった科学関連拠点がある。ちなみに音声データ圧縮技術のmp3は同市のフラウンホーファー研究所で開発された。これらの組織は毎回「パビリオン」として門戸を開いており、今回はマックス・プランク研究所でオープニングが行われた。

また「科学」といえば、物理学や化学、機械工学、ハイテクなどの分野のイメージが強いが、大学の考古学や哲学といった分野の学科も参加している。


大学図書館も門戸を開く。歴史的価値のある部屋を訪問することができる(筆者撮影

大学図書館も歴史的価値のある本や部屋などを公開する。もっと身近なものでいえば、地元のパン製造企業や、鉛筆などの文具品を製造している会社なども門戸を開き、工場見学や体験をできるようにしている。

「あの建物はパンを作っている会社」「友達は、この研究所で働いている」「どうやら地元の大学では最先端の研究が行われているらしい」――。地元の人はこういうことを普段知り得ても、実際に見たり、訪ねたり、具体的に説明を受けたりする機会は少ない。しかし、「科学の夜長」ではそれを可能にするのだ。


最新の電気自動車の試乗も(筆者撮影)

「科学の夜長」を運営しているのは、ニュルンベルク市にある文化プログラム専門の会社だ。地域の「科学」を顕在化させるというのが基本的なコンセプトとなっている。言い換えれば、科学というテーマで地域社会を再編集しているのだ。

ニュルンベルク市のゲオルク・シモン工科大学の学長ミヒャエル・ブラウン博士は「開催地域の研究ネットワークが浮かび上がる」と述べる。エアランゲン-ニュルンベルク大学学長のヨアヒム・ホーネッカー教授は、「科学側が社会に広報活動を行う機会であり、研究者の情熱であふれる」と語る。

まちづくりの観点から見ると…


地元のビール会社も参加。ビールの醸造に関する説明を行っている(筆者撮影)

こうしたイベントは市民にとって科学をより身近なものにするが、役割はそれだけにとどまらない。地域社会を2つの観点で強くするのだ。

まず、地域への愛、プライドを強くする働きだ。地域の科学資源を把握することで、地域の人々にとっては「誇り」を持つことにつながるかもしれない。「誇り」とまでいかずとも、地域外の人に「自分が住む地域にはこんなものがある」と語れるだろう。また、イノベーションや創造性といった雰囲気を地域そのものにつくることができる。

実は「科学の夜長」にインスパイアされた取り組みが行われている地域が日本にもある。金属加工の産地として知られる燕三条(新潟県)で毎年行われている「工場の祭典」だ。同イベントは普段は閉じられている町工場を訪れ、職人たちの手仕事を間近に見て、彼らと対話したり、ワークショップに参加したりできるイベントだ。

2013年に開始される前は、「地元事業者がそれぞれ商品をブランディングすることで地域全体のブランド力を高めるべき」という主張があった。同時期、三条市の國定勇人市長は「ものづくりのまちとしてのにおいが漂っていなければ、ものづくりのDNAを次世代に受け継ぐことはできない」とも考えた。いわば文化プログラムで町の雰囲気をつくる必要性を訴えたわけだ。この時に「科学の夜長」のことを知り、市が一丸となって「工場の祭典」をスタートさせた。開催5年目となる今年は、4日間の開催で5万3294人の来場者を集めるまでに発展した。


2つ目は、市民のリテラシーを高める働きだ。ドイツ社会を見ていると、知識や情報を広く平等に知らしめることが大切という考え方が根強い。博物館や美術館が市民にとって身近であるのも、そういった考え方が関係している。

この背景には、知識や情報を得ることで社会的な議論の出発点に立てるという考えがある。たとえば、原発に関する知識や情報を持っていなければ、社会にとって原発は有用かどうか議論できないといった具合だ。社会的な議論を活発に行うためにも、市民は多くの情報源を持つべきであり、「科学の夜長」はその機会の一つだ。

同イベントは「科学者育成の土壌をつくる」という効果もあるが、地域イベントの側面からは、「地域への誇りを強くする」「市民の情報感度が高まる」といった効果が期待でき、ひいては「強い社会」が実現される。これが「科学の夜長」の価値といえるだろう。