自分たちがイノベーションをもたらすことができる分野については、しっかりやっていくつもりです(撮影:今 祥雄)

楽天グループを率いる三木谷浩史会長兼社長へのインタビュー。第3回は新しいがん治療「光免疫療法」に関して直撃した。三木谷氏は父親をがんで亡くしたこともあり、この分野には特別な思い入れを持っているようだ。

山田:2011年に米国立衛生研究所(NIH)の小林久隆主任研究員らのグループが開発した光免疫療法は、これまでのがん治療法とは大きく異なる新しい治療法として注目されています。この商業化を進めている米ベンチャー企業、アスピリアン・セラピューティクス(カリフォルニア州)には、これまで個人として出資をしてきましたが、楽天も出資を行って本格的にがん治療事業に参入します。この進捗についてご説明ください。

きれいにがん細胞が消えていく

三木谷:現在、がん治療のメインの流れは、免疫療法になっている。それに対し、光免疫療法のアプローチはまったく違っていて、基本的には「生物学」と「化学」と「物理学」の3つを組み合わせています。

どのように治療するのか。がんに特異的にくっつく抗体に特定の赤外線を照射します。すると、直後からがん細胞のみの壊死が始まるのです。

画期的なことは、これがさまざまながんに適用できる可能性がある。それでは、どのくらい効くのか。奏効率というものがありますが、これは1カ月後にがんの大きさが30%以上小さくなってる比率を示す数字です。光免疫療法は第1フェーズのテストでは、ほぼすべての患者に奏効がみられました。もうこれ第2フェーズまで終わっていて、第2フェーズではさらにいいパフォーマンスになっていると思います。

もう1つの指標として、もうがんは見当たりませんというレベルにまで完治する完全奏効率というのも、あくまで第1フェーズですが3割程度に完全奏効がみられています。第2フェーズの数字は、これよりもさらによくなっているはずです。

山田:きわめて画期的ですよね。

三木谷:患者にとってのメリットは、ほかの細胞にはダメージを与えず、がんだけに効く点にあります。つまり、正常細胞はやっつけないのでダメージが非常に少ない。つまり、副作用についても、ほぼないというかたちになっています。2つ目は、がん細胞の殺し方が特異なので、免疫がより活性化するというような効果も望めるかもしれない、ということがあります。

山田:米国では2019年度中に承認される見込みですか。

三木谷:承認を目指しています。

山田:いよいよ、実用化が射程に入ってきたわけですね。2年前にこのお話を伺ったときには、まだマウスの実験の段階でしたよね。お父様のがんを治すために世界中の治療方法を探し回った結果、たどりついたのが、意外にも神戸ご出身の方の研究だったのですよね。

三木谷:小林さんは神戸出身、灘高でした。

山田:2011年にすでに基本的な方法は確立していたわけですよね。三木谷さんの役割は、それを加速させた、ということでしょうか。

日本人発のテクノロジー

三木谷:加速させましたね、大幅に。僕らがやらなかったら、この技術はどこにも出なかった可能性もあります。

山田:どれだけ早くこれが承認されるかによって、助かる命の数も変わってくるわけですよね。そういう意味では、少しでも加速させることは大事ですね。日本人としての関心は、これが日本でも承認されるのか、ということです。


三木谷浩史(みきたに ひろし)/1965年神戸市生まれ。1988年一橋大学卒業後、日本興業銀行に入行。1993年ハーバード大学にてMBA取得。興銀退職後、96年クリムゾングループを設立。1997年2月エム・ディー・エム(現・楽天)設立、代表取締役就任。同年5月「楽天市場」を開設。2000年にジャスダック上場。2012年6月に発足した一般社団法人新経済連盟の代表理事を務める(撮影:今 祥雄)

三木谷:それについては何も言えません。ただ、日本政府にとってはメリットが大きいと思いますよ。医療費負担が大幅に下がる可能性があるわけですから。

アスピリアンには、できるだけお買い求めやすい価格設定にしたいというビジョンもあります。こんなすばらしい技術をうまく日本発のものにしたいですが、日本人発であってもいい。日本人発のテクノロジーで、世界でたくさんの方が助かるということができたら、美しいなと、そういうふうに思ってるんですよね。

山田:こうした事業についておカネの話をするのははばかられますが、市場規模としては相当に大きいものがありますよね。

三木谷:はい。今は最初の段階なので、かなりがんが進んでしまった患者の方に適用する形で考えていますが、それ以降は初期のがんに対しての適用も考えていきます。そうなれば、市場規模としては極めて大きなものになることは言うまでもありません。ただ、ごめんなさい。進めば進むほど、なかなか具体的なことを言えなくなっています。ヘタに話すことによって承認が遅れてしまうことを恐れているので、そこはよろしくお願いします。

山田:確認ですが、副作用はまったくゼロなんですか。

三木谷:理論上、重篤な副作用が生じる理由はきわめて小さいと考えられます。しかし、効きすぎることによる問題はあります。たとえば、がん細胞が動脈に絡んでる場合、あるいは腸などの臓器を貫いてしまってる場合には、がん細胞がふたをしているため、これを死滅させることで激しい出血をしてしまう。これには、きちんと対応をしなければ、大きな問題になります。

山田:それは、副作用ではないですね。きちんとした外科的な療法を開発すればいいだけですから。

三木谷:とはいえ、これはなかなか難しいケースもあると思うんですよ。なので、慎重に表現をしています。副作用がゼロということではないんだ、と。

山田:これも確認ですが、特許などによって、ほかの事業者の参入を抑えることができているわけですよね。

三木谷:われわれが商用化に向けてちゃんとやってるかぎり、われわれが独占的な権利を持っています。

山田:今回のプロジェクトが画期的なのは、新しい療法の開発に対して、きちんと出資をして実用化の道を開いたことだと思います。医療関係には、こうした新しい芽がたくさんあるにもかかわらず、既得権益者から「トンデモ技術」のように揶揄されて、実用化しないものが多かったように思います。しかし、1つ成功事例ができれば、横の似たようなものにも光が当たるように思います。おそらく、「うちにも支援してもらえませんか?」という要請が三木谷さんのところに集まるようになってるんじゃないのかなと思うんですけど。

三木谷:そうですね。当然、そういう流れになっていきます。楽天は、なんとなくインターネットショッピング企業というような位置づけになってますけども、僕はそうではないと思っています。イノベーティブなアイデアによって新しいかたちの財閥化に向けて進んでいるのが楽天です。医療もそうですが、教育についてもイノベーションをもたらしていきたい。そういう幅広い分野に取り組むような企業に、今、変わりつつあるということです。

ビジネス化が苦手だったこれまでの日本

山田:日本には小林先生みたいな方がほかにもいるでしょうね。

三木谷:います、います。僕は、日本の研究者の能力は本当にすばらしいと思います。でも、マーケティングとか、コマーシャライゼーションとか、本当にできていないんですよ。だって、もともと光ファイバーだって日本人が開発したわけですから。スマートフォンの原型だって日本が開発したわけであって、そこは誇るべきことだと思うんです。でも、それをビジネス化するという段になると、全然できなかったのがこれまでの日本。僕は、それを変えていきたい。

山田:マーケティングができないのは、なぜなのでしょう?

三木谷:アメリカのシステムは、ベンチャー優先なんです。小林先生のNCI(National Cancer Institute)や、NIH(National Institutes of Health)がその研究成果をライセンスする際には、ベンチャー企業を優先するんですよ。優先するのは、大企業ではない。なぜなら、ベンチャーのほうが商用化が早いからです。

日本は逆でしょ。つねに大企業を優先する。本当に発想自体が違うんですよね。なぜベンチャーを優先するかといえば、どうにか商売にしたいと考えているので必死にやるわけじゃないですか。その必死さを買うわけです。

これは医療関係だけではない。アメリカの場合は、同じ条件だったらベンチャーに発注する、というのが基本的な考え方なわけです。日本は、そういうことも含めて全部基本的に大企業優先主義じゃないですか。この違いは本当に大きいと思いますし、ここを変えられるかどうかが問われていると思いますね。

山田:国の方針として、大きい政府を目指すか、小さい政府を目指すか、も重要にもなりますね。米国は波がありますが、今は小さい政府に向かっている。日本はそこが不明確です。

三木谷:大きな流れで言うと、アメリカはトランプ大統領の下で、小さな政府に向かっていくわけです。それとの対比でいえば、日本は大きい政府に向かっているといえる。別に政府のやり方が悪いと批判するつもりはないんですけれども、やっぱりアントレプレナーシップを大事にする、という精神が重要だと思うんですね。

ですから楽天の役割は重要です。今回、この医療分野で楽天が成功すれば、いろいろなことが変わるかもしれません。がん治療が第1弾ですが、第2弾、第3弾というのも考えているんです。別に製薬会社になる気はありませんが、自分たちがイノベーションをもたらすことができる分野については、しっかりやっていくつもりです。