なぜ若者たちは「死にたい」とつぶやくのでしょうか(写真 : Graphs / PIXTA)

「死に方教えます」

首都圏に住む18歳の専門学校生の女性が、そう書かれたダイレクトメッセージ(DM)を受け取ったのは3年前。中学3年のときだった。

「返事しなくて、よかった」

神奈川県座間市で9人の遺体が発見された事件を知ったとき、彼女は心底ゾッとしたという。

きっかけは当時、彼女がツイッター上に「死にたい」と書き込んだことだった。まるで座間の事件と同じだ。

「被害に遭った女性たちだけが特別ではなく、自分の身にも起きたかもしれない」と彼女は言う。ではなぜ、彼女は「死に方教えます」の誘いをかわすことができたのか。

家庭内不和で、小5でニコニコ動画に没頭

女性が小学生のころから、両親が不仲だった。息がつまりそうな時間を救ってくれたのは、小学5年生で出会ったニコニコ動画だ。無料会員だから見てるだけ。素人の若者の歌やおしゃべりを楽しんだ。

中学になると授業中も隠れて携帯をいじって視聴。家ではイヤホンを耳に突っ込み部屋に閉じこもった。両親が罵り合いを始めたらボリュームアップ。つらい日常を遮断してくれるツールだった。

家で孤独で寂しいから、学校でまで1人になりたくない。勉強もできて、自己主張が強いほうだったが、なるべく目立たないように、予定調和を乱さないように、友達付き合いを心がけた。

「でも、子どもなんで、つい正直に発言しちゃったんですね」

6年生のとき、女子グループの1人が買ったばかりだという財布を「めっちゃよくない?」と自慢してきたので、つい「ええ〜、ダサくない?」と言ってしまった。

「はあ? ダサくないから」

言い返された次の休み時間に、早速避けられた。

「なるべく自我を出さないように、を学びました。友達の意見を否定しちゃダメ」

そう固く決意した。

「最近あの子好きじゃないんだよね」と言われれば、うんうんと相づちを打ち「そうだよね〜」と同意し続けた。ところが、周りに合わせていた結果「誰でも合わせる子」と最終的に嫌われ「私だけはぶかれた」。露骨に無視されるようになった。

親友と呼べる女友達ができたが…

それでもすぐに中学校に上がり、2年生になると親友と呼べるような女友達が2人できた。ただ、その2人は援助交際をしていた。

1人は「大変そうな母子家庭の子」。その子の母親は元キャバ嬢だった。もう1人は裕福な家庭で、父親は上場企業の会社員で母親は専業主婦。姉が先に援交していたのを真似して始めたようだった。

「みんな欲しいものがいっぱいあった。友達も私と同じアニメオタクで、グッズとか欲しかったんだと思う。援交はおカネを手っ取り早く稼げるから」

女性は最初、「援交とかやめなよ〜。よくないよ〜」と言いながら話を聞いていた。だが、2人に笑いながらこう言われたとき、胸の中で何かがブツッと切れた。

「あんたなんか、高校3年くらいにならないと処女を卒業できないから」

すごくバカにされたと感じた。

「見下してる感満載で。めっちゃ(言葉が)刺さった。そんな年(18歳)にならなくても卒業できる。私だってやってやろうじゃん!って、意地になっちゃった。今ならそんなこと焦る必要ないってわかるけど、本当にバカだった……」

今わかることは、ほかにもある。ちょうどそのころ、さんざん仲たがいしていた両親が別居。父親が出ていった。思春期真っただ中の家庭の混乱が、13歳には耐え難かった。リストカットも始まっていた。

学校もつまらなかった。ネットにはまって勉強しないため、成績は急降下。1年生のときは通知表に「5」も「4」もあったのに、「オール2」に近づきつつあった。授業にまったくついていけなかった。家庭も学校も、彼女にとって安らげる場所ではなかった。

中学2年、13歳で援交生活が始まった。援助交際はよくないとわかってはいたが、ツイッターで男たちと出会うことで、何かを吐き出し自分を支えていたのかもしれない。

ツイッターで「今夜、A駅近くにいます」とつぶやくと、「会いたい」とDMがいっぱい舞い込んだ。中学生と書くと相手にしてもらえないから、年齢は「10代」とぼやかした。

「もともと純粋だったんですよ。処女は好きな人にあげたいって思っていた。それが知らない人になるなんて」

最初の相手は「40代半ばのおじさん」だった。

「そういうことの所作も知らないし。驚いたけど。乱暴? いえ、いえ、丁寧でしたよ」

彼女が「お仕事」と表現する援交は、17歳になる高校2年まで「カウントできないくらいやった」。月の収入は平均すると10数万円。1回6万円が最高額。2000円の人もいた。

「給料日がまだだからこんくらいしかあげられない。ごめんね」。そう言われると(しょうがねーな)と胸の中で毒づいたが、ニコニコしながら「全然大丈夫ですよ」と返した。

「そういうもんですよ(笑)。男の人は私の年齢とか聞かなかったですね。精力剤みたいな薬を飲んでいる人もいました」

「死にたい」と文字にすると、安らいだ

そうした中、中学3年のときに「死に方教えます」と書かれたDMが舞い込んだのだった。

「家がつらすぎて……。死にたいって何度も思った。ツイッターにも書きました。でも、それは別に誰かにかまってほしいわけじゃなかった。口に出せないから、書くだけ。発したいだけ。死にたいって、文字にすると、なんか安らいだんです」

かまってほしいわけじゃない。だから無視できたのかもしれない。

「何、これ?って。スルーしました。でも、もし行ったら、座間のような事件に巻き込まれたかもしれない」

彼女がサバイバルできたのはなぜか。1つは、彼女には生きづらさから「逃げる場所」が存在した。

「気を紛らわせられるところっていうか、ストレス発散の場所かな? 私には、なんだかんだでいろんな逃げ場所があった。ネット以外にも、友達の家とか、親戚のいとこの家とか。1人で自分を支えきれなくなったら、そこに行った」

加えて、親に直接ストレスをぶつけていた。

「うちには安らぎがないんだよ!」「なんで(私は)おまえたちの子どもなんだよ!」

そう叫んだこともあった。

「今は親にひどいことを言ったなあって後悔している」と女性はか細い声で言う。でも、親に自分の心の叫びを訴えられたから、「死に方教えます」の場所に行かずに済んだのではないだろうか。

「死にたい」とつぶやいたことのある中高生に話を聞くと、自分の親に本音を言えないでいる子が実は多い。

正面からぶつかったのがよかったんじゃない? 彼女にそう尋ねると「そう思う」とうなずいた。

3年の担任にも感謝している。成績の落ちた女性のために、行ける高校をほかの先生と一緒に探してくれた。

「お仕事」を終了させたのは…

そして、あることをきっかけに「お仕事」を終了させる。

高2の秋。いつものようにツイッターのDMにオファーをもらい交渉した。相手はかなりお金持ちに見えた。

「車持ってるから迎えに行くよ。金額はそちらに任せるよ」。上客に違いない。「じゃあ、10万円で」と返すと「OK」ときた。

「うわ、すごい! めっちゃ稼げるじゃん」

ウキウキしながら指定されたコンビニの駐車場に行くと、車の中から出てきたおじさんに「はい、警察行こうね」と言われた。サイバー補導されたのだった。

迎えに来てくれた母親は「帰るよ」のひと言だけで、何も聞いてこなかった。なぜ「帰るよ」のひと言だけだったのかわからなかったが、「私のところに帰っておいで」という意味だったと今ならわかるという。

「母親もいろんなこと経験してて、娘である私のことをわかってくれたのかなと思う」

それ以来、援交はやめた。同時期に彼氏ができた。補導される以前に援交で出会い、交際が始まった。「今度はちゃんとした仕事をしよう、と思った」。

現在、両親は離婚調停中。「今でも、苦しいって思うときもある」。ただ、今は、自分は1人じゃないと思える。

「本当はみんな死にたくなんかない。そこ(ツイッター)でつぶやくのは、誰かに見てほしい。大丈夫?と言って心配してほしいか、もしくは私のように書くだけでほっとする人もいる」と女性は言う。

誰にも遠慮せずに「私、死にたい!」「死にたいほどつらい!」と叫べる場所が、彼らには必要なのだ。