ユウマさんはゲイであることを隠し続けて生きている(編集部撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

「好きになった人から、好きになってもらえない」


この連載の一覧はこちら

物心ついた頃にはゲイだという自覚があった。長じてからはこう思った。

「なんで僕だけがこんな貧乏くじを引かされなきゃ、いけないのか。こんなの障害でしかない。男子と女子だけの世の中で、僕だけが宇宙人だ」

ユウマさん(44歳、仮名)は周囲に自身がゲイであることを打ち明けていない。マイノリティであることの苦しさを「好きになった人から、好きになってもらえない。両想いになれる可能性はゼロに近いんです。結婚して、子どもを持って、という普通の未来が描けない。学生時代、誰かを好きになっても、そのたびに心を抹殺してきました。あきらめて、あきらめて――。それって地獄ですよ。僕が生きてきたのは、すべてのモノに彩りがないグレーの世界でした」と語る。

東京都内の裕福な家庭で育った。大学を卒業したものの、これまで20回近い転職を繰り返してきたという。アパレル、IT関連、精密機器メーカーなど――。TOEIC600点以上の英語力を生かし、時には海外向けの業務などでキャリアを積んだが、雇用形態はほとんどがアルバイトや契約、派遣社員だった。転職の理由は、より時給が高い仕事が見つかった、契約期間の満了、賃金未払いに遭ったなどさまざまである。

一方で、ユウマさんはどこの職場でも、同僚や上司になじむことができなかったと打ち明ける。一度だけ、ある会社で、オフィス内の独身者はユウマさんだけだと知っている上司から皆に聞こえるように「いつまでも独身のヤツは何かしら変態的な性癖を持ってるに決まってるんだ」と言われたことがある。しかし、それ以外の職場で、あからさまな暴言、暴力を受けたわけではない。

ただ、あいさつを返してくれない、メールの書き方を注意されたといったささいな嫌がらせや叱責が自分だけに向けられている気がしてならないというのだ。そのたびに「ゲイであることがばれたのではないか」「何かオカマっぽい仕草をしてしまったんだろうか」と心配でたまらなくなる。いったん疑心暗鬼に陥ると、出勤するのが耐えがたかった。ユウマさんは、契約期間の満了といった表向きの理由とは別に「どこに行ってもつきまとう疎外感。これが、転職を繰り返してしまう本当の理由ではないかと思うんです」と言う。

「ああいう人たち」と同じと思われるのが嫌

LGBTなど性的少数者への理解を求めるため、毎年、行われているイベント「レインボープライド」で、派手な衣装やメークで女装したドラァグクイーンたちのことを「キモイ」と拒絶する。また、話を聞いていると、時々、「ホモ」「オカマ」といった、差別表現と批判されかねない言葉を使う。ユウマさんに言わせると、自身がカミングアアウトしないのは「近親憎悪のような気持ち。ああいう人たちと同じと思われるのが嫌だからというのはあります」。

昨今のLGBTブームに対し、「若い子たちはうらやましいなと思います。でも、もう40代の私にはなんの恩恵もない」と冷ややかだ。最近、LGBTに理解のある企業を紹介することを売りにしている求人サイトに登録したが、いまだに1件も仕事の紹介はないという。

「同性婚が認められ、差別のない社会になったとしても、私にとってはもう手遅れ。それに、私が友人たちに(ゲイであることを隠し)ウソをついてきた過去は消せません」

好きになるタイプは、ゲイコミュニティに集まるような男性ではなく、いわゆる普通の男性だという。今まで心を寄せた相手はストレート(異性愛者)が多かった。ストレートの男性に気持ちを伝えても、恋愛関係になれることはまずない。ここ15年近く、付き合った男性はいないという。一方で、学生時代の友人の多くはすでに結婚して子どもを育てている。

「彼らの幸せな暮らしぶりを聞くと、胸が苦しくなる」

もともと就職活動は大変だったが、ここ数年は年齢のこともあり、さらに厳しくなった。100社以上応募しても、面接を受けられるのは数社ほど。ついに貯金が底をつき、消費者金融などからの借金は200万円近くになった。現在は収入が途切れるたび、断続的に生活保護を受給している。ユウマさんは「生活保護を受けるまでに、成り下がってしまいました」と自嘲するように笑った。

いま、新しい仕事は決まっているが、正社員になれる保証はない。何より、職場のマジョリティたちとうまくやっていけるかわからない。不謹慎なことだとわかっているが、「明日、ミサイルが落ちて世界が終わってほしい」。そう願うことをやめられないという。

ユウマさんの人生にはもう1つ、「障害」があった。家族を捨てた父親の存在である。

有名企業のエリートサラリーマンだった父親は愛人をつくり、ユウマさんが生まれた頃には家を出ていた。父親は「数カ月に1度、家にやってくる人」でしかなかった。

父の愛人から「まるで乞食のようだ」

父親が家を訪れる日。深夜に2階の自室で眠っていると、決まって1階から大きな物音が聞こえてきた。姉と2人でそっとのぞき見ると、母親が包丁を持ち出し、「(愛人を)殺しにいく」と半狂乱になっている。「別れてくれ」「別れない」というやり取りを繰り返す両親。これが幼い頃、ユウマさんの目に焼き付いた家族の風景だった。

当時、ユウマさんら家族3人が暮らしていたのは、父親名義の都内の一戸建て。会社の給料は全額、母親に渡していたようだという。しかし、父親はそれらを理由に「責任を果たしているんだから、文句はないだろう」と開き直るような人だった。また、愛人からは時々、母親宛てに離婚を迫る電話があった。「いつまでも(夫に)しがみついて。まるでこじきのようだ」と言われたと、母親が泣いているのを見たことがある。

ユウマさんは母親のことを「お嬢さま育ちで、働いた経験もない。今とは時代も違い、簡単には離婚できなかったんだと思います。孤独で、かわいそうな人でした」と思いやる。

父親の稼ぎのおかげで、子ども時代、カネに不自由したことはない。会社経営者の子どもなども多く通う私立の小中学校を卒業した後は、別の系列の私立高、私大へと進んだ。アメリカでの短期の語学留学も経験。大学では本格的に部活に打ち込んだ。

その後、父親は定年退職。同じ頃、愛人とともに手を出していた副業がバブル景気の崩壊のあおりで破綻した。ユウマさんが20代半ばの頃、母親が病気で亡くなると、すでに抵当に入っていた実家から出ていくよう求められた。住まいを失った姉弟に対し、父親はその後もしばらく家賃を負担し続けたという。

ユウマさんは父親に対して憎しみしかない、という。一方で、大学時代に海外留学の約束を反故にされたことや、父親が勤める会社に入社できるよう便宜を図ってくれなかったこと、借金の形に実家を売り払われたことが許せないという。

しかし、実家を追い出されたのは、ユウマさんが社会人になってからの出来事だ。「世間の常識」という物差しを持ち出すなら、彼の訴えは甘えと言われても仕方ないのではないか。何より、家族をないがしろにしてきた父親など、私なら1日も早く縁を切りたいと思う。そう伝えると、彼からこう返された。

「父親はいつも、『カネは払ってるんだから、責任は果たしている』と言っていました。だったら、せめてカネくらいは、引き出せるだけ引き出してやる。エリートサラリーマンの家族というメリットくらい最大限享受させろ。僕たち家族はそんな気持ちでした」

家族を捨てたことに対し、謝罪ひとつしなかった父親――。行きすぎにも見える父親への要求は、ユウマさんなりの復讐であり、執着だったのかもしれない。そのうえで彼はこう続けた。

「父親を見返すためにも、もっと頑張れと言いたいですか? でも、僕にはそんな元気も動機もない。なぜならゲイだから。みんなが当たり前に描ける未来がないのに。どう頑張ればいいのかわからないんです」

確執しかなかった父親も数年前、ガンで他界した。

もし理想の社会が実現できたとしても…

取材で会ったユウマさんは、身ぎれいで、かすかに甘い香水の香りをまとっていた。一見して、いわゆる貧困状態にある人とは思えない。彼は自宅での取材を希望した。喫茶店のような場所で、ゲイや非正規労働者であることについて話すのは嫌だというのだ。

自宅は家賃6万円のワンルーム。室内はポプリの香りが漂い、間接照明で光が柔らかく調整されていた。床は掃除が行き届き、日用品は手際よく収納ボックスに収められている。「なかなか節約の仕方がわかりません」と言うが、ポプリも香水もずいぶん前に買ったものだ。私にはぜいたくと言うよりも、育ちのよさがうかがえる暮らしぶりに見えた。

ユウマさんはゲイであることを話すのは、子どもの頃に姉に打ち明けて以来のことだと言った。自身の性的指向を隠すことを「クローゼット」という。クローゼットの中、暗闇に閉じこもって生きる――。その孤独を私は決して理解することはできない。

私はLGBTに対する差別や偏見、からかいがなくなれば、それがゴールなのだと思っていた。今も、レインボープライドの趣旨は支持するし、宮中晩餐会への国賓の同性パートナー出席に反対するような政治家には、嫌悪感しか覚えない。しかし、もし理想の社会が実現できたとしても、LGBTが絶対的なマイノリティであることに変わりはない。ユウマさんの世界が一転して彩りを持つことは多分、ない。

同性愛者であることに苦しんだイギリス人の作家E・M・フォースターは死後、発表された小説の中にこんな一節を残した。

「まともになりたいと、私は心の底から願う。ほかの人々のようになりたい。つまはじきの自分ではなく」

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。