社会の大変革は起こるのか(写真:Graphs / PIXTA)

人工知能(AI)が急速な進歩を遂げている。アメリカの未来学者レイモンド・カーツワイル氏によれば、「シンギュラリティ・ポイント(特異点)」、すなわち「人類の知性を調節する非生命的な知性」が出現し、その知性が人類の上に立つことで、私たちの想像を絶する社会の大変革が2045年頃にも起こるのだという。
AIは資本主義を終わらせるのか。人間は働かなくなるのか。スパコン・人工知能エンジン開発者の齊藤元章氏と、人工知能の研究にも携わった経験を持つ駒澤大学経済学部准教授の井上智洋氏の対談をまとめた『人工知能は資本主義を終焉させるか 経済的特異点と社会的特異点』から一部を抜粋する。

人工知能の急速な進歩

齊藤 元章:(以下、齊藤):わが国は2020年頃の稼働を目標に、京速計算機「京」の100倍の性能を持つエクサ(1エクサ=100京。1京は1兆の1万倍)スケールの次世代スーパーコンピュータの開発を進めています。

コンピュータの演算能力はフロップス(FLOPS)という単位で表されますが、たとえば1エクサフロップスの能力を持つスーパーコンピュータは、1秒間に倍精度の浮動小数点演算と呼ばれる計算を100京回、すなわち10の18乗回という超高速で行うことが可能です。

加えて、2030年頃にはその1000倍以上、2040年頃までには少なくともさらにその1000倍もの性能を持った次々世代スーパーコンピュータを、人類は手にすることになるでしょう。

その一方で、ここにきて人工知能(AI)も急速に進歩してきています。アメリカの未来学者レイモンド・カーツワイル氏が、1960年頃から提唱されてきた概念を2005年の著書で明確に整理して記し、「シンギュラリティ・ポイント(特異点)」、すなわち「人類の知性を超越する非生命的な知性」が出現し、その知性が人類の上に立つことで、われわれの想像を絶する社会の大変革が2045年頃にも起こると予想して大きな注目を集めています。

そして2030年には、その前段階となる「プレ・シンギュラリティ(前特異点)」が到来するとみられるわけですが、今後プレ・シンギュラリティやシンギュラリティによってどんな社会変革が起こりうるのかについて考えていく際には、お金と経済の問題が常について回るのです。

井上 智洋(以下、井上):そうですね。

齊藤:3年前には、これだけ多くの方がシンギュラリティについて議論をするようになるとは考えられなかったのですが、シンギュラリティサロンや井上先生の活動もあり、シンギュラリティもかなり浸透してきたと思います。

井上:最近では、ずいぶん世間に認知されてきましたね。

齊藤:はい。それでも、なかには「シンギュラリティは絶対に来ない」と言う人もいます。ある政府の諮問会議のメンバーでもある著名な先生は、「シンギュラリティが来ることは、金星人が見つかるぐらいの確率だ」とおっしゃっていて、私は衝撃を受けました。

その一方で、「時間の問題はあるかもしれないが、シンギュラリティは絶対に来る」という方がだいぶ増えてきているように思いますが、シンギュラリティ、なかでも「技術的」な特異点に関して井上先生はどんな考えをお持ちですか。

井上:いま存在する人工知能は、ある1つの特化された課題しかこなすことができません。特に経済への影響を考えた場合、人間のようにさまざまな知的作業をこなすことができる汎用人工知能ができるかどうかということが、いちばんのカギになると思っています。

齊藤:同感です。

井上:ただシンギュラリティと言っても、さまざまな定義があるかと思います。人工知能がいったん人間の知性を追い越したら、どんどん差を広げていくというのが一般的な認識だと思いますが、そうはならないような気がしています。そもそも知性というものが単純に数量的に測れるのか?

私は2030年頃に、汎用人工知能ができると予想していますが、そのときの汎用人工知能は人間の知的振る舞いをぎこちなくまねる程度のものになると考えています。そのあともAIを人間に似せる作業がずっと続くと思っていまして、分野にもよりますが、人工知能が人間を追い越すというのはかなり難しいのではないかと考えています。

もちろん現在でも、囲碁や将棋などの特定の分野ではすでに人工知能がプロの棋士に勝っているので、そういう部分ではシンギュラリティがすでに起きていると言ってもおかしくはありません。でも、人工知能が人間の知性のすべてを追い越すかというと、そこは難しいのではないかと思うのです。

ただ、人間の知的振る舞いをぎこちなくまねるような汎用人工知能ができるだけでも、経済的なインパクトは非常に大きいと言えます。そういう汎用人工知能が2030年あたりから徐々に世に出るようになり、2045年頃にはかなり広がっているかもしれません。

その普及にもう少し時間がかかったとしても、2060年頃には、われわれが普段やっているような仕事はほぼ人工知能に置き換わり、人間はほとんどやらなくて済むようになると予想しています。

齊藤:なるほど。

人間が負けない「CMH」の領域

井上:私は人間が汎用人工知能やロボットに負けない「CMH」という3つの領域を挙げています。Cはクリエイティヴィティ(Creativity:創造性)、Mはマネジメント(Management:経営・管理)、Hはホスピタリティ(Hospitality:もてなし)で、この3分野の仕事はなくならないだろうと考えています。

ただ、こうした分野にも当然、AIやロボットは入り込んできて、人間と協業することはもちろん、ともすれば人間の競争相手になってしまう可能性もあるわけです。

齊藤:そうですね。

井上:AIで無数に曲をつくるというようなことは、すでに計画されていますし、実績も一応あります。いままではモーツァルトやバッハのまねをする程度でしたが、今後はポップスの曲をどんどんつくっていこうということになってくると思うので、既存の作曲家にとっては脅威になるでしょう。それでも、斬新な曲であるとか、オリジナリティの高い曲をつくるのは難しいのではないかと考えられます。

なぜかというと、つくられたメロディに対して、それが心地良いかどうかを判断するのは人間の脳であり、AIが人間の脳そっくりにはなかなかならないと思うからです。先に私が「AIを人間に似せる作業がずっと続く」と話したのも、そういう意味があるのです。人間がつくるようなオリジナリティのある曲を、AIがつくることはなかなかできないと思います。

あるいは、AIがたとえオリジナリティのある曲をつくったとしても、それは人間にとって心地良くない可能性が高いのです。AIが人間とまったく同じような感性を備えていないかぎり、AIの創作活動は人間の感性とは合わないあさっての方向に進んでしまうからです。

さらに、芸術分野のなかでも小説や映画のような複雑な構築物であればあるほど、AIにとって難しく、さらにハードルは高まるでしょう。逆に、コラージュアートや俳句のような構成要素が少なく、構造が単純な芸術分野であれば、AIにも面白いものをつくれる可能性があります。

現実がSFを超える日は近い

齊藤:ご承知のように、シンギュラリティの信奉者である「シンギュラリタリアン」を自任する私は、もう少しアグレッシブな経過をたどることを想定しています。


井上先生が指摘されているクリエイティヴィティ、マネジメント、ホスピタリティについても、AIが人間の能力に匹敵するようになるのは案外早いのではないかという気がしていますが、これも本当に蓋を開けてみないとわからない部分なので、これから推移を見届けていく必要がありますね。

汎用人工知能がカギになるというのは同感で、現在はある機能や用途に特化して急速に発達している人工知能が汎用性を持つようになると、本質的にまったく異なる意味合いになってくるとおっしゃっているのもその通りだと思います。結局のところ、汎用人工知能がいつできるのかということが、われわれ人類の将来を非常に大きく左右することになりますね。

井上:齊藤さんは、汎用人工知能の登場は、もう少し早いとお感じですか。

齊藤:本質的な部分を考えると、2030年頃という見立てです。下手をすれば2025年にも、われわれが予想するよりもはるかに高度な汎用性を持った人工知能が出てきてもおかしくないと考えています。

そうした意味において、現実がSFを超える日は近いのではないかと私は思います。