桐谷健太が語る、同年齢・入江監督との壮絶な共闘 「限界ギリギリの中でやっていた」

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「めちゃくちゃ格好ええなと思いましたし、攻めてるなと思いました。原作ありきの作品にはない、オリジナル脚本でしか出せない空気感。入江君が自分で脚本を書いて、監督を務めて、こういう画を撮りたいって。それがビシビシと現場でも伝わってきて。自分が出演している作品で言うのも何ですが、久々に“映画”という映画を観たなって感覚になる作品でした」

 桐谷健太が大森南朋、鈴木浩介とトリプル主演を務める映画『ビジランテ』は、埼玉県のとある田舎町を舞台に、地方都市が抱える歪みや闇、そこで生まれる混沌を痛烈に描いたノワール作品となった。監督を務めたのは、『SR サイタマノラッパー』シリーズで脚光を浴び、その後も『太陽』『22年目の告白-私が殺人犯です-』など、意欲的な作品を撮り続けている入江悠。井筒和幸、北野武、宮藤官九郎、大根仁ら多種多様な監督たちとタッグを組んできた桐谷は、同年齢の入江とどんな化学反応を起こしたのか。

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■「最初から安心感があった」

「ついに自分と同級生の監督とこんなにも攻めた作品で仕事ができる、それは非常に刺激的でした。お会いしたのは今回が初めてだったにも関わらず、最初から安心感があったんです。理屈や分かりやすさではない、入江君の胸のうちからほとばしるもの、それに飛び込んで行けばいいんだという感覚でした」

 桐谷が本作で演じたのは三兄弟の三男・神藤三郎。地元暴力団の大迫(般若)に雇われる形で、デリバリーヘルスの店長として影の世界を渡り歩くという役どころだ。現在公開中の映画『火花』や、“浦ちゃん”役を務める『au三太郎シリーズ』の明るい姿から一変、抑制を効かせた芝居を披露している。桐谷は脚本を読んだ段階では、三郎のことがまったく分からなかったという。

「ピンサロの店長として働きながら何を考えているのか、兄弟のこと、父親のことをどう考えて生きてきたのか、いくら考えても三郎のことが分からない。かといって監督に聞くのは野暮だなと。だから現場でやってみて、それでも分からなかったら聞いたらいいやと思ったんです。で、三郎の衣装を着て、監督の地元でもある撮影現場の深谷に降りたった瞬間、ハッとするものがあって。深谷で楽しく暮らしている方も大勢いるので、うまく言えないんですけれど、撮影に選ばれた場所はどこかノスタルジックでありながら、すごく悲しい空気が流れていたんです。三郎が純粋な気持ちを残しながら、どこかで傷つき、やさぐれてしまった生き方をした意味が直感的に分かりました」

 長男・一郎(大森南朋)、次男・二郎(鈴木浩介)、三男・三郎の三兄弟は、家族を暴力で支配する父・武雄(菅田俊)を、母親の死をきっかけにナイフで刺してしまう。それに対して、父からの常軌を逸した折檻を浴びた一郎は家出。それから30年のときを経て兄弟は再会する。薬漬けとなり、父と同じように暴力的な一郎、市議会議員として出世のために周りに媚びを売る生き方を選んだ二郎。欲望と建前にまみれてしまったふたりの兄とは対象的に、三郎は影の世界を生きながらも、人を愛する優しさを持ち合わせている。

「僕のオトンは明るいし、大阪帰ったら一緒に酒も飲みに行くし(笑)。オトンに叩かれた覚えもないんですよね。オカンには沢山叱られましたけど、根本には深い愛情があって。だから、三郎との共通点と言えば兄貴がいるってことぐらいでした。でも、その兄貴への思いというのは、重なる部分もあったかもしれません。決して、三郎だけが優しさを持っていたわけではないと思うんです。一郎にも二郎にもその優しさはあって、三人は深い絆で結ばれていた。でも、それができなくなったもどかしさが彼らにはある。三郎はデリヘルで働く女の子たちに優しいですが、彼女たちに“家族”を見出していたのかなと。もちろん、好きでその仕事をしている子もいると思うんですが、この地で生きていくしかなかった自分の姿と、彼女たちを同志として重ねていると思ったんです。その気持ちは演じながら感じたというか、不思議な体験でした。本当は撮影現場に入る前からキャラクターのことを理解していた方がいいかもしれないのですが、演じながら理解が深まっていったからこそ、新鮮な気持ちのまま演じられたのかもしれません」

■「この現場で自分自身も変わることができた」

 トリプル主演を務めた大森、鈴木とは本作共演の前からの知り合い。撮影中はふたりが登場しないシーンでも、その顔が思い浮かぶ機会が多々あったという。  先日行われた完成披露試写会の舞台挨拶では、漫才のような連携の良さを見せるなど、絆はかなり深まったそうだ。『火花』の神谷役のような“兄貴分”キャラが似合う一方で、本作のように弟キャラでも輝くのは、桐谷健太の人間力だろう。

「劇中では殴り合いもしている兄弟ですけど、待ち時間は(大森)南朋さんと(鈴木)浩介君と楽しくしゃべっていました。でも、お芝居になると感覚がまったく変わる。役者として、人として、教えてもらうことが多くて、本当に末っ子として甘えることができていたなと。先輩っぽくありたい、後輩っぽくありたいというのは全然ないんです。『健兄』と呼んでくれる後輩の子たちの存在もうれしいし、南朋さんや浩介君のように甘えられる先輩の存在も大きいですね」

 物語の中盤、三郎が般若演じる大迫から暴力を受けるシーンは、観ているこちらが思わず目をつむってしまうような痛烈な描写となっている。入江監督が「役者の方々から切れられるんじゃないかと思った」と語るほど、壮絶な現場にあったものとはなにか。

「朝から朝まで撮影という状態で、スタッフさんもキャストのみんなも、そして入江監督も限界ギリギリの中でやっていました。三郎が痛々しい暴力を受けるシーンに象徴的ですが、限界ギリギリの迫力が画面の隅々にふつふつと出ている。正直、演じているときはわけがわからずやっていました。今の日本映画には中々ないですよ。だからこそ、観ている方にも痛みが見えてくる。決して分かりやすい映画ではないかもしれないんですけど、本当に格好いい作品になっているので、多くの方に観ていただきたいですね。この現場に入れて、自分自身も何か変わることができたんじゃないかと思います」

(取材・文=石井達也)