「『コミュニケーションが大事』ということは多くの人が認識していることですが、本質を捉えていないように思います。コミュニケーションは相手の様子をよく見て、言っていることを聞いて、こちらの思いを伝えて、双方が納得して進めるということを忘れてはいけません。指導者側が一方的に伝えて、コミュニケーションをした気になっている人が多いと思います」

 ─廣瀬さんの指導の根幹をなしているものはどんなことですか。
 廣瀬「地味な選手や出場機会に恵まれない選手に鼓舞することを欠かさない」ということです。私は野球を始めた小学校4年生からキャッチャーでした。キャッチャーというのはグラウンド上での監督の役割です」

 「もちろん、ベンチの監督の指示を仰ぐことがありますが、試合中は、いちいちベンチを覗き込むことはできません。基本は自分で考えて打たれないように配球を組み立て、守備体系の指示を出します。プレーで成果を残さないとチームメイトから信頼してもらえないし、打たれたら投手と同様に責任を負う」

 「でも、勝った場合は「投手が良かったから」というのが周囲の評価です。責任は重いのに地味なポジションです。でも私は非常にやりがいを感じていました。現役時に指導を受けた監督はどなたもキャッチャーを気遣い、よく励ましてくれたからです。キャッチャーで培った判断力や辛抱強さは監督や管理職になってからも多いに役立ちました。
理念を大事にする」

 ─自身は選手としても指導者としても活躍しました。優秀な選手は名将になるのですか。
 廣瀬「それは一概には言えません。ただ、1つ思うことがあります。私が監督だったときの選手で現在、中日ドラゴンズの吉見一起投手がいます。彼は投げる試合は必ず、私が期待する以上の投球回数を投げてくれました。自分がエースという自覚をもって、期待される役割を理解していたのでしょう」

 「リーダーシップを発揮していました。非常に頼もしかったことを覚えています。私はほとんど指導した記憶はありません。発言もブレがなく、完成された選手でした。こうした選手は名将になる可能性は十分にあります。将来、名将を目指す若い人は吉見投手の立ち振る舞いに注目してみるとヒントが見えてくるかもしれません」

チーム理念は経営理念に置き換えられる
 ─廣瀬さんが印象に残っている名将とは。
 廣瀬「バルセロナ五輪野球日本代表を率いた山中正竹さんと私の前任のトヨタ自動車監督の川島勝司さんです。山中さんは東京六大学野球で法政大学のエースとして48勝を挙げたあと、社会人野球で活躍しました。しかし、その指導方法は競技力を高めるより先に、ナショナルチームの意味や目指すべきことなど理念を選手と共有することに重きを置いていました。チームの理念を定めることは、経営理念を定めることに置き換えられます」

 「川島さんも選手としての実績に加え、日本楽器(現ヤマハ)の監督としても都市対抗野球優勝という素晴らしい実績を残していますが、競技力の向上と同じくらい、精神的なことを大切にしていました。「何のために、誰のために野球をするのかを考えれば、勝利への執念は自然とわき出てくる」と教えていただきました。要するに「ステークホルダーを考えて仕事をせよ」ということを言っていたのだと思います」

 ─企業活動とも大いに通じるところがあります。
 廣瀬「社会人野球で考えれば、野球に専念させてくれる会社や地域の方です。社員に元気や勇気を与えることや会社の知名度を上げることが実業団スポーツの意味です。また、地域社会とのつながりも大事にしなければなりません。チームが勝つことで地域や住民の活性化につながります」