一部のモラルなき親によって、社会問題が生じようとしている ※写真はイメージです

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 昨年9月、中学生と見られる2人の少女と9歳の子供を連れたある家族が、韓国の済州(チェジュ)にあるイタリアンレストランへの入店を断られた。理由は「子連れ入店禁止」。飲食店側は、13歳以下の児童の入店を禁止していた。

 入店を断られた両親が消費者センターに相談。韓国では店側の「ノーキッズゾーン」に対する対応に賛否が分かれ、議論が白熱している。

 「ノーキッズゾーン」とは、いわゆる「子連れ入店」を拒否している店を指しており、いまや韓国では多くの飲食店やカフェなどで採用されている。

 賛成側の意見としては、主に子供たちの安全と保護者たちの態度に重点を置いている。

 韓国では通された席でオムツ替えをするのはもはや日常茶飯事のようで、もちろんこれを快く思わない顧客も多い。また子供のアレルギーを理由にレシピ変更を細かく指示したり、子供が怪我をしないように注意するどころか、何かあった際には全ての責任を店側に転嫁したりすることを問題点に挙げた。

 事実、2013年には店内を走り回る子供が従業員にぶつかり、従業員が運んでいた熱湯でやけどをする事故が発生。裁判部は子どもと両親にも責任があるとしたが、結果的にレストランのオーナーと従業員には、この子どもに対し、4000万ウォン(約412万円)の賠償金を払う判決がくだされている。(chosun.com)

 ノーキッズゾーンを宣言した店は、ファミリー層の受け入れを拒否することで受ける損失も大きいが、一方で子供がいないことを好む客もいることは事実。特に事故が起きないように他の客が気をもむ必要もないし、鳴き声や騒ぎ声に困ることもない。従業員も働きやすいのではと指摘する。

 しかし一方で、未就学児の子を持つ母親たちからすると、このような行為は「差別」以外のなにものでもない。彼女たちは「子連れ入店禁止」が、「黒人入店禁止」や「障害者入店禁止」などの人種差別となんら変わりがないと声高に反対を訴えている。

 「世の中すべての子どもたちが、きちんと座って静かに、お利口さんにご飯を食べる訳がないでしょう」、「子供なんて、泣いて騒ぐのは当たり前」。彼女らからすると、子どもにそこまでマナーを求めるなと言いたいのだろう。

 「子どもを育てるのが、いかに難しいことかわかる?」、「育児書通りになるなら、育てるのに苦労しない」。母親たちの叫びは、「子連れ入店禁止」に対する糾弾に収まらず、育児そのものの難しさを吐露するものへと様変わりしつつある。

 これを受けて11月24日、韓国国家人権委員会(以下、人権委)は「ノーキッズ方針は合理的理由がない差別行為にあたる」とし、13歳以下の児童の入店を禁止していた済州のイタリアンレストランに対して、今後13歳以下の児童も入店対象にするように勧告したと発表した。

 韓国が「ノーキッズゾーン」に対して政府的に見解を示したのは今回が初めて。 しかし、人権委の勧告はあくまでも勧告で、そこに法的な強制力はない。

 今回の勧告は、「ノーキッズゾーン」が普及されることで、社会的に子育てが「ハンデ」だと認識され、少子化への追い風となることを恐れた政府の回避策とも言える。

◆問われているのは、親や保護者のモラル

 ちなみに、人権委は子どもが入店する際へのマナーなどには言及しておらず、客席でのオムツ替えも、店内を走り回るのも、対策などは店側に任せきりだ。

 こうした「子育て層」だけをかばう政府の姿勢に、当然ながら疑問の声もあがっており、ある調査によると、20代の若者の75%が「ノーキッズゾーン」方針に賛成しているとの結果(YTN)も出ている。 韓国政府が恐れた通り、「子育て」はすでに若者の中で「ハンデ」としての位置づけになり始めているのかもしれない。

 日本でも今秋、マナーの悪さを背景に、子連れ客の入店を断ることにしたカフェのツイッターが話題となった。
 飲食店側のSNSによると、児童によって店内の障子が破られ、穴が開いた状態に。しかしさらに衝撃的だったのは、これに対して店側に保護者から報告や謝罪はなく、「何事もなかったかのように」店を後にしたこと。

 店側は幼児による店内設備の破損と、その破損に対して保護者からの報告がないことが増えていることを理由にあげ、当面の間は未就学児連れの入店を拒否する姿勢を示した。

 昨今、飲食店だけでなく、電車内や飛行機などでも、「子連れ」をめぐって様々な議論が飛び交っている。

 満員電車でのベビーカー問題や、保育園建設に懸念される「騒音問題」など。乳幼児がぐずって周囲に「迷惑」をかけているととがめる人と、周囲に気を遣い疲れる親たち。

 問われているのは、子どもの「幼さゆえの所為」ではなく、親や保護者のモラルであり、対応だ。双方が理解し合い、気持ちよく過ごせるような努力は、どの国にも必要なようだ。

<文・安達 夕 @yuu_adachi>