中国で何かが起きれば、陽気な米国大統領にもなすすべはない(写真:ロイター/アフロ)

足元で米国のハイイールド債の市場に異変が起きている。ハイイールド債とは信用力の低い会社が発行する債券のことである。信用力が低い(=リスクが高い)ために金利が高く設定されており、高利回りを求める投資家に選好されている。

異変とは米国ハイイールド債のスプレッド(信用リスクに応じて米国国債に上乗せされる金利の幅)のワイド化(拡大)である。スプレッドのワイド化は債券価格としては下落を意味し、倒産の可能性が高まったときに起こる。

ハイイールド債は金融市場が崩れるときは、真っ先に売られるといわれる。ハイイールド市場でスプレッドのワイド化が起こるたびに、機関投資家の間ではいよいよ終わりの始まりかという声が聞こえるが、実際のところはどうなのだろうか。

実は今回はやばい兆候に思えて仕方がない。

今回のワイド化は原因がはっきりしない

まずはここ1年程度のスプレッドの動きをみてみよう。

米国ハイイールド市場のスプレッドのワイド化=債券価格の下落は今年に入ってから2回ほどみられたが、いずれも理由がはっきりしていた。3月は原油の下落で、8月は北朝鮮の地政学リスクである。

今回に関しては、トランプ政権の税制改革の遅れ、米国のテバ社(製薬会社)の格下げやスプリント社の合併中止、サウジアラビアの政治リスク、FRB(米国連邦準備制度理事会)による利上げ観測、中国の債務問題、単なるハイイールド市場からほかの市場への資金流出などの要因であるが、いずれも後講釈的な感じで直接の原因ではないように思える。


2016年初頭にも米国ハイイールド市場は暴落したが、その時は原油価格の下落によって石油開発会社のデフォルトが発生したことがきっかけだった。米国ハイイールド債には石油開発会社系の銘柄が多く含まれていたこともあり、この時も因果関係がはっきりしていた。では当時と今とではどこが違うのだろうか。

こんな書き方はプロらしくないのであるが、クレジット(信用)の売り買いをしている筆者としては、どうも気持ちが悪いのである。はっきりとした理由がないのに市場が下げ始めるときには十分な警戒が必要だ。

中国経済の本当の姿はわからない

この気持ち悪さの源泉は、ずばり中国である。中国に関しては、規模としてとてつもないサイズで物事が進行しているが、本当の姿は外部にはまったく伝わってこない。不良債権の額も場所も程度も本当のところはわからないのである。それでも規模が巨額であることはわかっている。ここには大きな闇があると多くの市場関係者が思っていることも事実である。

たとえば、民間貸出とGDP(国内総生産)を比較してみると、今の中国のように、貸し出しの伸び率がGDPの伸び率を大きく上回るときにバブルが崩壊することは歴史の中の多くの出来事が証明している。


暴落の入り口にいるのかどうかを判断するためには、何が起きたら暴落につながり、どこを越さなければ調整で済むのかを見極めなければならない。クレジット市場が暴落して市場が崩壊してしまうような展開になるために必要な条件は、金融システムが大きく毀損することである。

日本のバブル崩壊も巨額の不良債権により日本の金融システムが深刻なダメージを受けたことが原因だ。米国サブプライム問題も米国の不良債権がCDO(債務担保証券)などとして世界中に輸出され、それもAAAといった高格付けをまとっていたことから、投資家がリスクを取っているという認識のないまま世界に拡散して、世界中の金融システムを痛めたことがその背景となっている。今回の下落が大きな崩壊につながらないと主張する人たちの根拠は、現在の世界の金融システムは健全だと思っていることだ。

金融村の外にリスクを追いやったことが問題だ

はたしてそうなのだろうか。

確かに世界の金融監督当局は自己の管理する金融界の健全性を維持するために規制を強化し、リスクを取らせないようにした。そうして、個々の金融機関の健全性は高まったかもしれないが、その結果、流動性供給元としての機能が大きく損なわれた。今は世の中が平和だからよいが、下落局面に転じたときに支える重要な担い手がいないのである。たとえば、米国における社債の保有シェアで、米国の証券会社は2007年に3%台を占めていたが、サブプライム危機以降、急低下して現在は、1%に満たない。いざとなったときに、マーケットメイクができるのだろうか。

一方、投資信託の社債の保有シェアは07年の10%から20%に上昇している。投資信託は市場が崩れた時にはそれを加速する方向に動く。相場の下落は投資家が慌てて解約すること通して、売りが売りを呼ぶのである。つまり、現在はリーマン当時と比べるとグローバルマクロや金融システムの安定性が高まっているように思えるかもしれないが、問題が金融村の外に出ているだけで、市場が崩れ始めた時の対応力は圧倒的に脆弱になっているのである。臨界点に達するのがはるかに速くなっている。

また当時の欧米の中央銀行のバランスシートは今よりはるかに余裕のある状態だった。今もし何か起きて、再度、中央銀行が巨額の緩和を求められても余力はほとんどないのではないだろうか。また、リーマン後の世界の崩壊を止めたのは中国の財政支出であったが、今の中国に当時のような勢いはない。それどころか中国自身が震源地になると認識されているのである。

今、市場で話題になっているニュースの1つに「中国当局がこれまで資産運用商品の販売を支えてきた暗黙の保証を取りやめることへ向けた計画を公表した。中国国内の購入者にとっては寝耳に水のはずだが、まるで何事も起こらなかったかのようだ」というのがある。

この13年で中国の資産運用商品の規模はほぼゼロから約1690兆円に膨らんだそうだ。要するに「これだけのサイズになったのだから、これをデフォルトさせるといった、資金が流出するようなリスクのあることなど、中国政府はできっこない」と思っているのである。典型的な「too big to fail(大きすぎて潰せない)」信仰であり、モラルハザード状態となっている。日本のバブルのときも銀行の巨額の不良債権リスクが指摘されても、「デフォルトを許したら、たいへんなことになるのでできっこない」という信仰があった。

人は見たいと欲する現実しか見ない

ユーフォリア状態の人たちには警告するメッセージなど届かない。サブプライムローンのブームのときも、所得が非常に低く、英語も話せない人たちが豪邸を買うのはおかしいといくら指摘したところで、市場のプレーヤーたちには聞こえないのである。ユリウス・カエサルの言葉に、「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人たちは、見たいと欲する現実しか見ていない」というのがあるが、まさにその状態なのだろう。

一方、中国政府はこの問題の持つ怖さを十分認識しているからこそ、規制を本格化してきている、彼らは学習しているのだから大丈夫、という意見もある。しかしリスクのコントロールは簡単ではない、日本のバブルも政府が高騰する不動産バブルを抑制しようとして貸し出しの総量規制を導入したことがその崩壊の引き金となった。つまり日本政府も崩壊を避けようとしたのにできなかったのである。

サブプライムローン問題のときに、ある金融雑誌の編集長が、周到な取材の結果、かなり早い段階で、当時の状況がたいへん危険で、米国発で世界の金融市場や世界経済が大きく毀損する可能性があるという指摘をしたことがあった。ところが、そのときは世界が不動産好景気に沸いていて、株価も上昇しており、その人の意見など当時の政府も識者も金融業界も大手メディアの上層部もまじめにとりあわなかった。その後その人が正しかったことは時代が証明している。

いま、中国が崩れ始めたら、世界でそれをとめられる体力のある国はない。そして隠蔽の奥に秘められた巨大なマグマのような動きを市場が感じ始めている。現在のハイイールド市場で起きていることは、嗅覚の鋭い投資のプロたちが危険な資産からジリジリと逃げ出し始めていることを示しているように思う。「ちょっとしたノイズに反応しているだけで、本質的な動きでない」と軽んじるべきではない。いまこそ、「終わりの始まり」を意識すべきタイミングなのである。真の姿が見えにくい中国をこそ、目を凝らして見続けなければならないだろう。