中国のIT企業が手がける新サービスが次々に日本に上陸している。中国は社会インフラが十分に整っていなかった分、逆にIT化をスムーズに進めることができる。皮肉にも共産党による独裁国家という特殊な政治体制がこうした状況を後押ししている。日本勢はビジネスのスピード感について価値観の転換が必要かもしれない。

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配車アプリや自転車シェアリングが続々と上陸

 国内タクシー大手の第一交通は今年(2017年)11月、中国のライドシェア大手であるディディチューシン(滴滴出行)との提携について明らかにした。東京や大阪など大都市圏でのサービスについて具体的な検討を進めているという。滴滴が提供する配車アプリの登録者数は約4億4000万人に達する。配車アプリではもっとも有名な米ウーバーテクノロジーズ(Uber Technologies)の中国事業も買収しており、同社は世界最大級のライドシェア事業者といってよい。

 本国ではウーバーと同様、タクシーではない車両も配車されてくるが、日本ではタクシー以外の車両が有料サービスを提供することは禁止されている。このため滴滴も日本国内ではタクシーの配車に限定する見通しだという。今のところ主な利用者として想定されているのは中国人観光客だが、滴滴はソフトバンクグループが出資している企業でもある。状況次第では、日本人向けにサービス拡充する可能性は十分にあるとみてよいだろう。

 自転車のシェアリングサービスも日本進出を果たした。北京を本拠地とする中国の自転車シェアリングサービスであるモバイク(摩拝単車)も今年8月から札幌でサービスをスタートさせている。

 30分ごとに利用料金を課金する仕組みで、当初はキャンペーン価格として30分あたり50円の設定となっている。利用にあたってはクレジットカードの登録とデポジットが必要となるが、アプリで自転車を予約し、車体に付いているQRコードを読み取ればすぐに自転車が使える。中国のITサービスはQRコードを利用した簡便なものが多く、これが急速な普及を支えている面が大きい。

 自転車シェアリングの場合、台数が増えるとトラブルも増えてくるが、モバイクではクレジット制度と呼ばれる、利用者のマナー向上を促す仕組みを導入することで、こうした問題に対処する方針だ。

 これは減点システムのようなもので、ロックを忘れて自転車を紛失したり、規定以外の場所に駐輪するなどの不適切行為があった場合には減点されていき、一定レベルを下回ると利用料金が上がるといったペナルティが課せられる。一方、故障した自転車を報告したり、友達を紹介すると加点される仕組みもあるので、減点された分を取り戻すこともできる。

 中国のITサービスでは、利用者の行動を点数化することでマナーを向上させるという取り組みがよく行われており、QRコードの活用と並んでこれも中国式ITの特徴のひとつとなっている。

アリペイは日本人向けの決済サービスを計画中

 ITサービスに不可欠となるのは決済だが、この分野においても中国勢の動きは活発だ。

 中国の電子商取引大手アリババは、2018年の春をメドに日本国内においてスマホを使った電子決済サービスをスタートさせる。中国ではここ1〜2年の間に、アリババが提供する「アリペイ(支付宝)」やテンセントが提供する「ウィーチャットペイ(微信支付)」など、スマホをベースにした決済サービスが一気に普及した。

 アリペイは中国外でも利用することができるので、日本にやってくる中国人観光客向けにアリペイ決済を提供する小売店が増えているほか、一部のタクシーでもアリペイでの決済が可能となっている。だが今回アリババが検討しているのは純粋に日本人向けのサービスであり、日本国内の決済市場を見据えたものである。

 アリババの決済サービスの詳細はまだ分からないが、中国で提供されているサービスと大きな違いはないと考えられる。中国の電子決済は、使い方が極めて簡単という特徴がある。基本的にはアプリを立ち上げ、表示したQRコードを店舗側が読み込めば、それで決済が完了してしまう(一部その逆の方法もある)。

 QRコードによるシステムは、スマホやタブレットにアプリを入れるだけなので非常に簡便である。クレジットカードや既存の電子マネーとは異なり、店側の負担も小さく、零細な商店でも導入できる。

 中国の都市部ではQRコードによる決済が当たり前となっており、街中で現金を見かけることはほとんどなくなってしまったという。屋台での決済にも電子マネーが用いられているほか、物乞いがQRコードを提示してくるといった話まである。

遅れていたからこそ一気にサービスを拡大

 中国はすでに世界最大の電子決済市場といわれており、各種報道によると市場規模はすでに600兆円に達しているという。同一基準で比較した統計がないので正確なところは分からないが、世界でも突出した電子決済大国となっているのは間違いない。

 中国がこれほどまでのハイペースでITサービスを拡大できたのは、従来型社会インフラの整備が進んでいなかったという事情が大きく影響している。米国は完全にクレジットカード社会となっており、1ドル単位の買い物にもカードを使う人は珍しくない。だがカード端末をすべての店舗に普及させるためには、莫大なコストがかかる。米国がカード決済のインフラを完備できたのは、圧倒的に豊かだったからであり、それでもカードをここまで普及させるためにはかなりの時間を必要とした。

 中国は、文革(文化大革命)の終結後、最高指導者である臂平氏が改革開放路線を打ち出すまでは、近代化がほとんど進んでいなかった。物質的にも精神的にも文革が残した爪痕は大きく、社会インフラの整備は先進国と比較して20年は遅れたとみてよい。

 現在でも中国はクレジットカードのインフラが十分とはいえないが、こうした状況が逆にITサービス普及の追い風となった。既存のインフラがない分、簡便なITインフラがあっという間に普及し、逆に世界市場をリードするようになったのである。

 こうした中国の躍進について、従来型インフラ整備の遅れが原因であり、日本にとって大きな影響はないとの見方も多い。だが、歴史を振り返れば決してそうではないことが分かる。

 産業革命をリードした英国は、蒸気機関のインフラがもっとも社会に普及した国であった。だがそうであったがゆえに、その後のエネルギーシフトでは出遅れることになり、当時は新興国であった米国などに覇権を奪われる結果となった。

 こうした現象は技術のパラダイムシフトが起きるときには、しばしば観察されるものであり、中国におけるITサービスの急速な普及はまさにその典型といってよい。

 ITを使った各種サービスは手軽に使える分、それがもたらす悪影響も大きい。こうしたサービスの事業者は、利用者に対して適切な使い方を促していく必要があるが、その点についても中国の弱点が強みに変わりつつある。

 生活に関連した決済のほとんどが電子化したことで、中国のIT企業には膨大な取引データが集まっている。各社はこれを利用して個人の信用力を数値化し、与信などに応用している。中国は、米国が何十年もかけて構築してきたクレジットスコアのシステムをわずか数年で構築してしまったのだ。

中国ならではの独特なプライバシー感覚

 中国におけるプライバシーの感覚は独特だ。中国は共産党による独裁国家であり、政府が個人を監視するのは当たり前の社会である。このため、クレジット履歴を管理されること対してもあまり抵抗感がない。しかも中国では、個人の信用情報を積極的に提供すると、クーポンがもらえたり、割引価格が適用されるなどの特典がある。

 一部の人は、こうしたシステムを歓迎しており、クレジットスコアが何点上がったのかを自慢するためSNSに自分のスコアをわざわざ投稿する人までいる。モバイクのクレジット制度もこうした慣習の延長線上にあると考えてよい。

 個人の権利やプライバシーの概念が確立している先進国では、利便性と個人の権利についてどのように折り合いを付けるのか議論を続けてきた。だが、こうした概念のない中国は、いとも簡単に強固なクレジットシステムを構築し、これを世界に輸出しようとしている。

 これは、一種のねじれ現象といえるものだが、中国はもはや世界最大の市場であり、世界のスタンダードが中国のスダンダードに寄ってしまう可能性は高い。日本勢はこうした現実をよく見据えたうえで戦略を策定しなければ、あっという間に中国勢に覇権を握られてしまう可能性もあるだろう。

筆者:加谷 珪一