武蔵境にある米粉パン専門店「こめひろ」の店内。1.5畳ほどの店内には常時、30種類弱のパンが並ぶ(編集部撮影)

近年、「グルテンフリー」食材がちょっとした話題となっている。グルテンとはイネ科植物の貯蔵たんぱく質の一種で、主に小麦に含まれている。小麦粉を使ったパンが膨らむのは、このグルテンのおかげだが、これが「アレルゲン」となる人も少なからずいる。

こうした中、欧米を中心に近年、グルテンフリーをうたうパンやスイーツ、パスタなどが登場。ブームを受けて、日本でもグルテンの代わりに米粉を使ったパンやスイーツなどを売る店を見掛けるようになってきた。なかでも、注目株は米粉を使ったパン。2000年代前半にも日本で一時的にはやったが、ここへきてグン、とそのクオリティが上がっているのである。


「こめひろ」には、遠方からやってくる客も少なくない(編集部撮影)

武蔵境駅から歩いて7分にある「こめひろ」も、米粉パン専門店のひとつだ。「十割の米粉パン製造所」と銘打った、売り場面積1.5坪の小さな店は、白い壁に木を使った和風のナチュラルなデザインで清潔感が漂う。入って驚くのは、パンの種類の多さ。プレーン米粉パン・ロングサイズ(250円)からかぼちゃドーナツ(165円)、つぶあんパン(125円)、いちごジャムパン(130円)まで、常時30種類弱のパンが並ぶ。思わず「こんなパンまで米粉で!」とその「再現性」に驚く。

パン屋修業中に突然現れた体調不良

使う材料はいたってシンプルだ。米粉は、新潟県のたいまつ食品、木徳神糧というコメ専門の製粉会社、栃木県の米粉を日の本製粉の3社から仕入れる。砂糖は、オリゴ糖を多く含むてんさい糖を、塩は粗塩を使う。卵は不使用。油脂はバターと純正ラードを使う。「嫌う方もいるのですが、米粉パンは味が淡白になりやすいので、うちは少しラードを加えています」と、店主の浅岡庸大氏は話す。


店主の浅岡氏。パン屋修業中に小麦アレルギーとなり、米粉パンの道に進んだ(編集部撮影)

「ずっとパン屋をやりたかった」と話す浅岡氏が、米粉パンの道を選んだのは、自身の体調不良が原因だった。

肌に湿疹が出る。ぜんそくのようにひどく咳き込む。さまざまな不調に悩まされていた浅岡氏が仕事中急に血圧が下がり、座り込んでしまったのは、今から18年ほど前、20歳のときだった。専門学校で製パン技術を学び、修業を始めたパン屋でのこと。働き始めて半年ぐらいで症状が出始め、体調不良かと思っていたが、座り込むに及び、「これはいけない」と病院へ行ったところ、小麦アレルギーと診断された。パンを食べると戻すほどの拒絶反応が出て、ついにパン屋で働くことをあきらめ、会社員として出直した。

保険関係の事務職員として働きながらも、「パンを作りたい」という思いを抱き続けた浅岡氏。2000年代後半、米粉パンを売るパン屋を見掛けるようになり、パン屋への夢が再燃する。2009年にパナソニックがホームベーカリー用に発売した、米粉100%のミックス粉を見つけると、家でパンを焼いてみるように。この頃、価格が上昇した輸入小麦の代替材料として米粉に注目が集まり、米粉ブームが起こっていたのである。

会社員を辞め、レシピ本などを参考にしながら、手探りで米粉パンを作り始めた浅岡氏。生地の練り方を工夫し、水を加える量、タイミング、発酵のタイミングを見計らう。「米粉100%のパンは、乾くとカチカチになってしまうので、表面を乾かさないように蒸気をかけながら焼くのですが、湿度を調整するのも試行錯誤。最初は小麦のパンのような焼き色もつけられなかった」と話す。

顧客の半分はアレルギーを持つ人

2010年5月には、生まれ育った東京・三鷹の商店街の外れに、試験的に小さな米粉パン専門店をオープン。移動販売も行い客が少しずつ増え、「もうちょっと人通りのあるところでちゃんとした店を作れば、何とかなるんじゃないか」と手応えをつかみ、「こめひろ」の出店に踏み切る。移動販売で行った折、近くに大きな団地があり、親子連れが多く反応がよかったことが決め手になった。


めいやおいの意見を聞きながら、つねに新たなレシピ開発に取り組んでいるという(編集部撮影)

小麦のパンと比べかなり小ぶりなので、当初は「パンはどこですか?」と聞かれることもあったが、少しずつ米粉パンへの認知度もアップ。ここ2、3年はグルテンフリーブームもあって、客足は三鷹時代と比べると4倍、現在の店にしてからも3倍弱にまで増えたという。モチモチの食感やシンプルな材料であることが気に入り、固定客になる人もいる。

顧客の半分は、アレルギーを持つ人たちだ。2013年夏からインターネットで通信販売を始めたこともあり、北海道から沖縄まで顧客は全国にいるという。「夏休みだと、『飛行機に乗って来ました』という人もいます。『パンを息子に選ばせてあげるのは初めて』と言われると、うるっときます」と妻の絵美子さん。

「アレルギーのない人と同じように、トレーを持って選べることを喜んで、写真を撮る人もいます。アレルギーがあるため、食が進まなかった子どもが、おばあさまが送ってくれたこちらのパンを、『一口食べたらうわーっと食べる姿を見て、涙が出ました』という内容のメールをもらったこともあります。パン作りは重労働ですが、こんなに人の役に立っていると知ると、やりがいになります」


戸越銀座商店街にある「米魂」では、取り扱っている約半分がグルテンフリーパンだ(編集部撮影)

品川区の戸越銀座商店街にも米粉パンで名を馳せている店がある。その名も「米魂(べいこん)」。使用する素材には、こだわりがあり、パンを膨らませる材料は、一般的なイーストではなく、「天然酵母」として人気が高い白神こだま酵母を使用。砂糖は奄美諸島産のきび砂糖、塩は天日塩と沖縄海水から作った粗塩、油脂は米油、エキストラバージンオリーブオイル、有機ココナツ油のいずれかを使用する。酵母以外の食品添加物はいっさい使っていない。

米粉は、しっとりしていて保湿性がよく、よく膨らむ品質の高さで知られる熊本産の米粉で低農薬のもの、それほど膨らまないがモチモチ感がある佐渡産を使い分ける。新潟県佐渡島は、農薬を苦手とするトキが田んぼに舞い降りるほど、ほとんど農薬を使わないコメの栽培で知られる。

レシピ開発が難しい


商店街を歩く人が次々と入ってくる。常連客も少なくない(編集部撮影)

店主の富室毅氏が米粉パンの店を開いたのは、もともと他店と差別化するためだった。パン屋修業をして18年。独立したいが、「町のパン屋は飽和状態だ」と迷っていた2009年、町で売られていた米粉パンを食べ、「モチモチ、フワフワで小麦にはない食感」に驚いた。

「これならやれるかな」と思って店を開いたのが2010年7月。当初は「Bei’s More」という名前だった。最初は、2割の小麦グルテンを加えたパンがほとんどで、グルテンフリーのパンは1割ほどしか売っていなかった。レシピ開発に苦労していたからである。

「発酵の際の温度管理を、小麦のパンより繊細にやらないといけない」。試行錯誤していた2014年ごろ、グルテンフリーのパン教室を開き、レシピ本も出版している料理研究家、大塚せつ子氏に出会った。大塚氏の教室に通い、安定した品質のパンが作れるようになった。

グルテンフリーという言葉を知ったのも、大塚氏を通して。富室氏も小麦製品をほとんど取らない生活に切り替えてみたところ、体が軽く感じられるようになったという。店の名前も米粉パンの店とわかるよう「米魂」と改め、2016年11月に全商品をグルテンフリーにした。

ところが、地元の顧客からは「前のパンを売ってくれませんか」と言われる。客数が減少してしまったため、グルテンフリーの米粉パン半分と、2割の小麦グルテンが入ったパンを半分ずつの品ぞろえに切り替えた。

良質な材料だけを使うため、グルテンフリーの「角食パン」が2枚で240円と割高だが、米粉100%のパンの中にも、「焼きカレーパン」(220円)、「野沢菜入りおやき」(220円)などのリーズナブルなパンも。現在はアレルギーを持つ客が2割程度にまで増え、首都圏を中心に山形県や福島県など遠方の客も来るようになった。

実家はコメ農家だった


店主の富室氏の実家は、コメ農家だった(編集部撮影)

「お子さん連れの方が来て、『よかった。これ全部、食べられるよ』と喜ぶ姿は本当にうれしいです」と富室氏。米粉パンにこだわるのは、京都府舞鶴市の実家が昔コメ農家で、夏に青々とした田んぼの米が風になびく姿が原風景に持っているからだ。富室氏が生まれた1962年はコメの消費量がピークになった年。しだいにコメが売れなくなり、やがて価格も下がる。実家は兄が継いだが、今はもうコメを作ってはいない。


「キューブ」シリーズは人気(編集部撮影)

「パンを通して、お米文化の中にパンもあるというところまで、米粉パンが広がればいいなと思います。全国各地に米粉の製粉所がある状態までくれば、故郷に恩返しをできるかな。今後は製粉所も開きたいが、まずは店を軌道に乗せなければ」と意気込む。

実際、グルテンフリーブームのおかげもあり、米粉市場は拡大している。農水省の調査によると、米粉用のコメの作付面積は2016年度に比べて、55%増。材料の米粉や製法の改良も進み、パン用の粉として使い勝手のよい製品も増えた。


「おやき」など食事パンも豊富だ(編集部撮影)

筆者が買った米魂の食パンは、2日経っても内側はモチモチで、食感はおもちや団子を思い起こさせる。こめひろのパンは、もう少しさっくりしている。どちらも大きさの割に食べ応えがあり、腹持ちがいいように感じた。初めて米粉入りのパンを食べたのは10数年ほど前だが、口当たりが悪かった当時とは雲泥の差だ。そろそろ小麦のパンとは別のものとして、米粉パンの文化が育つ時期に来ているのかもしれない。