東京を生きる女たちは、もう気がついている。

「素敵な男の隣には、既に女がいる」という事実に。

自分が好きになるくらいの男を、他の目ざとい女たちが見過ごすはずがないのだ。

取材先のスリランカで知り合った商社マン・洋平(30歳)と運命的な出会いを果たした彩花(26歳)。

しかし洋平には、付き合って2年になる彼女・繭子(29歳)がいる。

彼女の存在に気づいた彩花は夏美のアドバイスのもと略奪を企て、ついに初デートを実現。そして二軒目のバーで、彩花が動く。




彩花side-諦めるわけにはいかない


「もう一軒、行こうか」

そう言って洋平くんが連れてきてくれたのは恵比寿の『bar松虎』。

暗闇に近いほどに落ちた照明の店内で、彼は「危ないから」とさりげなく私をエスコートした。

この店をセレクトしたのは、狙いか、それともただの偶然だろうか。確か、洋平くんのマンションはここから近い。

ざくろのフルーツカクテルがあまりに美味しくて歓声をあげたら、そんな私を柔らかに見つめる洋平くんと目があってどきりとする。

-二番手で終わりたくなかったら、絶対に一線を超えちゃダメよ。

夏美さんの忠告を思い出し、私はぼうっと惚ける頭を急いで振った。

そしてまた一歩距離を縮めようとする洋平くんを制し、私はどうしても今夜聞いておかねばならない質問を、口にした。

「…ねぇ、洋平くんの彼女ってどんな人?」

これまでの雰囲気を一転させる私の言葉に、彼は明らかに面食らって「いないよ」と誤魔化したり「なんで突然その話?」などとブツブツ言っていたけれど、私はへこたれない。

「いいから教えて。写真見たい!」

酔いと暗がりを武器に強引に迫ると、彼は渋々認めてスマホを取り出し、ある女性のFacebookアカウントを私に見せた。

“Mayuko Koyanagi”

…小柳繭子。清楚な女性だった。私とはまるで違うタイプの、しっとりとした雰囲気のある人。

自分で見せてと言っておきながら胸を刺すような痛みを覚え、画面から目が離せなくなる。私は改めて、洋平くんが好きなんだ、と認識した。

…だからやっぱり、ここで諦めるわけにはいかない。


彼女の写真を見て落ち込む彩花。夏美が教える、略奪戦略とは


真逆で攻めよ


週明けの月曜日。

急ぎの事務処理を終えた私がコーヒーを淹れると、夏美さんはまるで仕事の案件かのように「さ、じゃあ報告を聞かせて」と言って、洋平くんとのデートの一部始終を話すよう促した。

あの夜、二軒目のバーを出たのは結局、2時前だった。

私もだけど洋平くんもなかなかのお喋りで、彼女の話題を出して甘い雰囲気に水を差してしまった後も、彼の仕事の話を聞いたり、私の野望(Girls tripで旅本を出版すること)を語ったりしていたらあっという間に時間が経っていた。

「それで、ちゃんと帰ったのよね?」

念を押す夏美さんに、私は頷く。

「二番手に甘んじる気はないので。そうそう、夏美さんに言われた通り彼女の写真も見せてもらったんですけど、洋平くんの彼女…私とは全然違うタイプだった。おしとやかで、一歩下がる感じの和風美人」

彼女…小柳繭子の、透き通るような白い肌を思い出す。

その残像に胸が締め付けられて、私はデスクに突っ伏すようにして大きくため息をついた。彼はああいう女性がタイプなのだとしたら、私が出る幕などない気がしてしまう。

しかし夏美さんは予想外のセリフを口にして、私を驚かせた。

「真逆のタイプなら…勝算アリね」

ポカンと口を開ける私に、夏美さんは続ける。

「だってむしろ同じタイプなら、わざわざ彼女と別れてまで彩花を選ぶ理由がないでしょ?彼女が大人しいタイプなら…彩花は彼を振り回すくらいで接するといいわ」

洋平くんを、振り回す?

そんな芸当が自分にできる気がしないが、夏美さんの言うことは確かに一理ある。一緒にいる彼女にないものを提供しなければ、私が選ばれる理由などないのだから。

「それに、洋平くんみたいなモテ男の場合、最後の決め手は希少性よ。“美人でいい子”なんて他にいくらでも代わりがいる。こんな女は他にいない、と思わせられるかどうかが勝負ね」

私以外にいない、と思わせる?

「それって、あの、具体的にどうやれば…」

完全に手に余るミッションを課せられてしまい、私は縋るように夏美さんに助けを求めた。

しかし「それは彩花が考えることよ」とバッサリ切られてしまって私は途方に暮れる。

そもそも私は1年前まで名古屋でしがないOLをしていた、どこにでもいる普通の女なのだ。

それに、1つだけ気がかりなことがある。

彼女の顔を見てしまったことで、少なからず罪悪感のようなものがちらつくのだ。恋愛は自由とはいえ、なんとなく悪いことをしているような気がしてしまう。

「夏美さん、私…洋平くんを彼女から奪うようなことして、罰が当たったりしないかなぁ」

吐き出すように呟いた私の疑問に、しかしながら夏美さんはまたしてもあっさり答えをくれた。

「奪うとか奪われるとか、そもそも洋平くんは誰のものでもないでしょ。彩花は、私と付き合うとこんないいことがあるよってプレゼンしているだけで、選ぶのは洋平くんよ」


繭子と彩花。最後に選ばれるのは、どっち…?


一瞬の、幸福


夏美さんと話すと、いつもモヤモヤとした思いが晴れる。

公私を問わず何事においても夏美さんはいつも前向きで、自分が手に入れたいものに対して貪欲に、真摯に向かい合う。そうやって彼女は実際に、多くのものを手中におさめてきた。

Girls tripだって最初は、星の数ほどあるウェブメディアに埋もれた無名サイトでしかなかった。

夏美さんが元々勤めていた広告代理店の同僚にも「わざわざ独立しなくても」とか「後発メディアに勝ち目などない」とか散々止められたそうだ。

それが今や、無償でもいいからGirls tripに寄稿したいというブロガーやインスタグラマーからの応募が殺到。記事の充実とともに拡散が拡散を呼び、国内外のホテルや航空会社、観光局とのタイアップなども組めるようになり確実に収益を上げられるようになってきている。

「成功するまで諦めなければ、失敗しない」

それが、夏美さんの口癖。

彼女の傍にいるだけで、私まで前向きに突き進むパワーが湧いてくる。そんな人を、私は夏美さん以外に知らない。




“土曜日はありがとう