―私、年内に婚約するー

都心で煌びやかな生活を送る麻里・28歳は、ある日突然、こんな決意を固めた。

女の市場価値を冷静に受け止めれば、20代で結婚した方が絶対お得に決まっている。

掲げた目標は“今年中にプロポーズされる”こと。

しかし晴れて結ばれた優樹に結婚の話はしたくないと断言される。沈。そして、以前出会ったKY男・和也に結婚前提の告白を受けるも、麻里は結局、優樹を選んでしまった。




―私って、馬鹿な女なのかな...。

優樹とヨリを戻したことを和也に伝えてから数日、麻里は自分で下した決断に自己嫌悪を抱いていた。

心から愛しているが、結婚の可能性は薄い男・優樹。
それほど心は動かないが、条件的にも文句ナシ、結婚前提のオファーをくれる男・和也。

本気で年内婚約を目指すならば、和也を選ぶのが正解に決まっている。親友のみゆきにも何度も忠告を受けたし、不毛な選択をしたのは頭では分かっている。

しかし、それでも優樹に「好き」と言われると、理屈ではなく、どうしても感情に引きずられ、和也を選ぶことはできなかった。

28歳。女の市場価値としてはギリギリMAX。この時期を無駄にしようものなら、戦場のような東京婚活市場でのサバイバルはますます熾烈なものとなるだろう。

―でも...結婚なんかできなくても、本当に幸せなのは、心から好きな人と一緒いられることじゃない?

―それに、優樹を信じてこのまま順調に愛を育めば、突然プロポーズされる可能性だってゼロじゃない...。

麻里はそんな風に自分を励ますこともあれば、都合の良い解釈で現実から目を逸らす自分に嫌気がさすこともある。

何かがちがう。何かがちがう。

頭の隅で小さく警報を鳴らす違和感を拭えぬまま、時はとうとう、12月に突入した。


ヨリを戻した優樹との、想像以上に微妙な関係とは...?


それは愛情?それとも執着?


「彼が結婚したくなる、5つのスイッチ」
「結婚してくれない彼の本音4選」
「プロポーズ待ち!彼と結婚したあなたがとるべき3つの行動」

優樹の家で洗濯物を畳みながら、麻里は無意識に、結婚に辿り着くためのhowto記事をスマホで延々と読み漁っている。

―家族や友達を巻き込んで、外堀から固めるのが良い。重くならないように、さり気なく可愛らしく結婚願望を伝えてみよう。料理や家事に励んで、結婚生活を連想させるべし...―

記事には、どれもこれも同じようなことが書いてあった。

麻里はフムフムとそれら知識を頭に入れ込みながら、その一瞬のち、惨めすぎる自分の行動に唖然とする。

可愛い可愛いと散々チヤホヤされ、かなりモテてきた女の末路が、希薄なプロポーズを待ちながら情けない通い妻に成り下がることなのか。

年内婚約を目指し、これまで戦略的に男性との出会いに勤しみ、複数同時進行でデートを重ねてきた強気な自分は、一体どこへ行ってしまったのだろう。




しかし麻里は、そんな葛藤に苛まれる一方で、優樹への執着も日に日に増していた。

仕事も友人の予定もそっちのけで、優先順位は常に優樹が一番。半同棲どころか、今となっては優樹の赤坂のマンションにほとんど転がり込んだ状態で、自宅にいる日の方が少ないくらいだ。

苦渋の末に選んだ優樹を万一他の女に奪われでもしたら、それこそ耐えられない。だから麻里はニコニコと温和に微笑みながらも、彼を監視するように傍から離れられなくなってしまったのだ。

さらには良き彼女と思われたいがために、仕事で帰りの遅い優樹を待ちながら、麻里はこうして家事を引き受け、洗濯物を畳み、手料理を用意するのが日課になった。

一度崩れてしまった信念は、まるでドミノ倒しのように歯止めが効かず、本来の自分とはどんどん逆方向に進んでいる気がした。

「麻里ちゃん、ただいま!遅くなってゴメンね!」

しかし、重く煮詰まった思考は、帰宅した優樹の抱擁によって一気に消え去った。

「おかえり」

それはまるで一時的な緩和剤のように、根本的な問題解決にはならないのに、麻里は昂る恋心に酔ってしまう。

「また、家のことしてくれてたの?そんなことしてもらいたくて麻里ちゃんと一緒にいるんじゃないんだから、気にしないでいいのに...。でも、ありがとう」

その言葉が“結婚”への牽制なのか、それとも深い意味はないのか、優樹の純朴な笑顔からは読み取れない。

「いいの。時間があっただけだから」

自分でも白々しいほど従順な彼女に徹しながら、しかし“結婚”というワードにいよいよ触れたくても触れられなくなってしまった優樹との関係に、麻里はチリチリと胸が焦げるような燻ぶりと感じていた。


徐々に積もる女の鬱憤。弱った女心が求めるのは...?


女の幸せは、隠せない


「私、クリスマスは彼とハワイに行くことになったの♪」

ミッドタウン東京内の『RH Café』にやって来たみゆきを見て、麻里は目を見張った。

これまでは、常に臨戦態勢だと言わんばかりに身体のラインを意識した洋服にピンヒールでギラギラと攻めの美しさを纏っていた彼女。

それが今日は、ざっくりとしたベージュのニットにジーンズ、そしてムートンブーツという、まさに併設されたロンハーマンのイメージさながらの小洒落た抜け感を身につけている。

何よりその表情が、いつもよりずっと柔らかいのに驚いた。




「彼と、そんなにうまくいってるんだ...?」

みゆきも麻里と同じく散々多くの出会いに励んでいたが、結局何年も前から彼女に好意を寄せていた同じ事務所で働く弁護士の男と付き合うことになったのだ。

「うーん...。まぁ、自慢できるような男でもないから、大袈裟に盛り上がってるわけじゃないけど。一緒にいて楽だし、落ち着く感じ」

みゆきは謙遜するが、そこには女の余裕が漂っている。本当に幸せな女は、それを隠すことなど到底できないのだろう。

きっと彼女は、ハワイの『MICHEL'S』あたりのロマンチックなレストランでプロポーズされて帰国するに違いない。

「麻里は......優樹くんとは相変わらず?私の彼の友だちで、いい人がいるんだけど......やっぱり、今は他の男には興味ないよね」

みゆきは先回りで麻里の心を読むように言った。

そこにあるのは、信念が崩れた弱い女への同情・憐みだろうか。

「う、うん...。私も優樹くんとは、それなりに仲良くやってるから、今は大丈夫」

麻里は無理に笑顔を作りながらも、長年苦楽を共にした戦友に強がりを言うのは初めてのことで、そんな事実にも虚しくなった。

そもそも、今日のティータイムをこの『RH Café』に指定したのも、優樹がこの上のリッツカールトン東京の友人の結婚式に出席しており、式が終わるのを近くで待機していたかったからだった。



その夜、久しぶりに自宅に戻った麻里は、ぼんやりとスマホを見つめていた。

―また何か嫌なことがあったら連絡してー

和也は最後の電話で、そんな風に言ってくれた。その言葉に甘えて、本当に連絡してもいいだろうか。

今日は優樹を近くで待っていたにも関わらず「二次会まで参加する」と告げられ、予定がポッカリ空いてしまった。

友人の結婚式で触発された彼が麻里との結婚にも前向きになってくれればいいなんて、またしても淡い期待を抱いたりもしていたが、それも、もはやお決まりのように玉砕だ。

行き場のない鬱積を一人で抱えるのは、単純に辛かった。

麻里は思い切って、通話ボタンを押す。

「もしもし?麻里?」

和也はすぐに電話に出た。しかし背後に聞こえる雑音で、彼が外にいるのが分かる。麻里は今が休日の夜であることを思い出し、瞬時に自分の行動を後悔した。

「ごめん...今、忙しいよね。また改めて連絡する...」

「いや、大丈夫だよ。どうした?今から会う?」

和也の声が、じんわりと胸に響く。

今ここで、本当に和也に甘えてもいいだろうか。

麻里は激しく葛藤しながらも、きっと自分は最初から、この言葉を期待していたのだと認めざるを得なかった。

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駆けつけてくれた和也。強引な彼に、とうとう流される...?!