今季、三重バイオレットアイリスからデンマークのニューコビン・ファルスターに移籍した池原綾香が、EHF(欧州ハンドボール連盟)女子チャンピオンズリーグ(CL)に出場した。これがハンドボール界では大きなニュースになった。サッカー同様、ハンドボールでも世界最高峰に位置するCL。そこに出場するのは、池原が男女を通じて日本人で初めてだったからである。


沖縄県出身の27歳。今秋からデンマークでプレーする池原綾香

 ニューコビン・ファルスターは11月19日、そのCLの1次リーグ最終戦でスロベニアのクリム・メルカトルを28対26で破り、1次リーグを4勝2分けで2位通過することが確定。来年再開する12チームによる2次リーグへの進出を決めた(2次リーグは6チームずつ2グループに分かれて、最終的にそれぞれの上位2チームが準決勝に進出する)。

 デンマークはハンガリーと並んで欧州の中でもハンドボールが盛んな国。ニューコビンはそのデンマークの昨季王者ということを考えれば、1次リーグ突破はある意味で順当といえる。注目すべきは、池原がそのチームにおいて着実に地位を築きつつあるということだ。

 1次リーグ最終戦のホームでのクリム戦、池原はスタメン出場しながら、約20分の出場で1ゴールに終わった。だが、CLと並行して行なわれている国内リーグを含めてシーズンのここまでを振り返れば、コンスタントに出場機会を得ており、チームの戦力であることを示している。

 ニューコビンのヤコブ・ラーセン監督は、クリム戦の試合後、池原のプレーぶりについてこう話している。

「アヤカは本当にいいプレーをしていて、デンマークの人たちをある意味で驚かせている。シュート成功率は約70%で、右ウィングの選手でそれだけの成功率をあげるのは難しい。欧州の選手はみんな体が大きいから、彼女の小柄な体やフィジカルが弱点となることもあるが、シュート精度やテクニックに優れ、チーム戦術にもうまく適応してくれている。今日は彼女にとってベストゲームとは言えなかったが、加入からここまでのプレーぶりには満足している」

 今季からニューコビンの指揮を執るラーセン監督は、昨季の国内リーグ優勝時から右ウィングの選手が同時に2人抜けたことで池原の獲得に至ったというが、その選択に「間違いはなかった」と評価する。

 デンマーク国内リーグでのニューコビンは、11節を消化時点で6勝2分け3敗で、首位のコペンハーゲンから勝ち点4差の5位(全12チーム)につけている。

 シーズン開幕前までは、日々の仕事を抱えながら三重県のクラブチームでプレーしていた池原は、今年のゴールデンウィークに同じくデンマークリーグのオーデンセの練習に参加したことがニューコビンへの移籍につながった、と振り返る。

「正直、今季に移籍できる確率は5%あるかないかだと思っていたんです。でも、ウルリック(・キルケリー、昨年6月からハンドボール女子日本代表を指揮するデンマーク人監督)が、昨季までオーデンセの監督も兼任していたことで練習に参加させてもらい、そこに(ニューコビンの監督就任が決まっていた)ヤコブも見に来てくれた。

 その時期にちょうどニューコビンが国内リーグの優勝をかけたプレーオフを戦っていたので試合も観ましたが、そこでニューコビンが勝ったことで、私も自動的にチャンピオンズリーグに出られた。ホントに運がよかったんです。

 試合を観たときに、選手のレベルが高いだけでなく、盛り上がる会場やハンドボールが文化として根付いている環境を目の当たりにし、ここでやりたいと思いました。日本ではハンドボールはマイナーですが、デンマークでは子供からおじいちゃん、おばあちゃんまでよく知っていて、アリーナにもファンがたくさん来てくれます。私自身、メンタルが弱くてなかなか海外移籍に踏み出せませんでしたが、ここに来てみて、いまはもっと早くこっちに来るべきだったと思っています」

 クリム戦は、ニューコビンの近隣の街アレーナ・ネストベズで行なわれたが、約3000人のファンで会場は埋まり、ゴールが入るたびに歓声が上がるなど、スタンドは大いに盛り上がった。こんな光景は、日本では見られないだろう。

 国内リーグでは各節に選出されるベスト7にも、すでに複数回選出されており、池原自身、「もっとやれる」と手応えを感じているが、もちろん課題もある。池原は身長157cmと日本人でもかなり小柄。対戦相手は170cm以上も珍しくない大柄な選手たちだ。

「見ておわかりのように、体格の差は歴然とあります。ハンドボールはチームスポーツですが、最後はやっぱり個のプレー。相手はディフェンスが弱いとわかれば、わざと体格のいい選手を対面に持ってきて、パワーでゴリゴリ押してきます。私も当然、狙われます。

 ただ、そうした対応を取られることも、周りが私を認めてくれたと、いいふうに捉えています。そうした壁を乗り越えることで、わたし自身ももっと成長できる。もちろん相手とすれば、小さい私をナメているんです。でも、そこで逆にやり返せれば、相手も『おおっ』となるし、そういうのを楽しんでいます」

 ニューコビンというデンマークの地方都市で、通訳や世話役などはいない。単身での挑戦を続けているなか、目下の最大の壁は言葉だ。

「そこがやはり一番大変ですね。英語も話せるわけではないので……。チームにはデンマーク人のほかに、ノルウェー人、スウェーデン人がいますが、みんな英語は話せますし、ひどい時はデンマーク語でたたみかけてきますから(笑)。週1で語学学校には通っていますが、まだまだわからないことが多いです」

 ニューコビンへの移籍を決めた最大の理由は「日本にとどまっているだけでは世界に勝てない」という思いからだった。もちろん、そこには2020年の東京五輪を見据えた上での考えもあった。日本の女子ハンドボールは1976年のモントリオール五輪以来、出場から遠ざかっているが、東京は予選なしでの参加が決まっている。

「逆算すると、もうあまり時間はないですが、自分の中では東京五輪と、その前の19年に熊本で世界選手権があるので、そこで主役として活躍したいという思いが強いです。そして日本のハンドボールを少しでも盛り上げられたら」

 ハンドボール女子日本代表 “おりひめジャパン”は、12月1日(現地時間)からドイツで開催される2年に1度の世界選手権に挑む。デンマークの国内リーグも中断期間に入り、池原も代表チームに合流している。

 日本はグループリーグでブラジル(12月2日)、デンマーク(3日)、モンテネグロ(5日)、ロシア(6日)、チュニジア(8日)と対戦。上位4チームに入れば決勝トーナメントに進むことができる。日本もそれを目標に掲げるが、リオ五輪で金メダルを獲得したロシアをはじめ、日本にとっては格上の強豪が揃う厳しいグループだ。

「チュニジアは2年前に勝っているけど、厳しいグループ。決勝トーナメントに進むためにも、あともうひとつ勝たないと。私としてはデンマークに勝ちたいし、相性的には悪くないと思っています。熊本、東京につなげるためにも、ここが勝負。ここで結果を出して注目されるとされないとでは全然違う。ただ、簡単じゃないです」

 世界選手権で結果を出して注目を集めることが、今後の強化や環境改善の近道になることは言うまでもない。最大の武器は、右サイドからカットインしてのシュート。”おりひめジャパン”のフィールドプレーヤーでは唯一の海外組、池原綾香のプレーに注目したい。


◆ハンドボールで世界へ。本場欧州で戦う日本代表の男女2人は何者か?>>

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