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もくじ

ー 勝負は日の出から日没 10時間47秒
ー 楽しければ楽しいほど時間がなくなる
ー 悲惨な自動車専用道路 いきなり渋滞に
ー 0-100km/h加速、実測3秒を切る?
ー リッチフィールド どんな会社?
ー 果たして日没までに間に合ったのか
ー 番外編1 次期日産GT-Rはどうなる?
ー 番外編2 最高のGT-Rと購入予算

勝負は日の出から日没 10時間47秒

北海の上にかかるうっすらとした雲がゆっくりとその色を赤とオレンジに変えていく。しかし太陽はまだ暫くその姿を現さない。

このクルマの暖かいキャビンで、残された30分で今日の旅のルートを再確認することにした。サフォーク州オールドバラのこの玉石に覆われた海岸線を出発して西へ向かい、蛇行しながらイングランドとウェールズの真ん中を突っ切って、547kmを走破したのちにアベリストウィスに達する。

すべてが上手くいけば、そこでもいま目にしているのと同じような光景が見られるはずだ。おだやかなそよ風がさざ波を作り出す静かな海、低い太陽が柔らかな暖かい光を雲に投げ掛ける様子だ。

午前7時38分にようやく太陽が水平線に顔を出した。夜明けが昼間の到来を告げる。カメラマンのルーク・レイシーとわたしは暫く太陽が空に昇っていくのを見届け、この長く忙しい日になるであろう1日の最後の平和なひと時を味わっていた。

しかし、ここでいつまでもぶらぶらしている訳にはいかない。日没までにアベリストウィスに辿り着こうと思えば、先を急ぐ必要があるのだ。

今日、2017年10月26日は特別な日だ。日の出から日没までの時間がほぼ10時間になる。正確には10時間と47秒だ。この日の出から日没までの間にここからウェールズの海岸までたどり着かなければならない。

東から西へと移動する間にやらなければならない多くの任務がなければ、非常に簡単な挑戦だ。しかし時間は足りないように思える。

携帯のGoogle Mapによれば、この移動にかかる時間は7.5時間だそうだが、これは間違っている。Google Mapはクルマでの移動だと考えているようだが、実際にはわれわれは日産GT-Rでこの旅を行くのだ。

楽しければ楽しいほど時間がなくなる

7時間ということは、まだ3時間の余裕があるとも言える。しかし、ここには渋滞や、ルートミス、ランチタイム、トイレ休憩、パンクや故障、その他起こり得る遅れは含まれていない。

ルークが日の出の撮影を終えるのを待つ間、オールドバラの玉石の上を歩き廻りながら、既に勝負はついていると思わざるをえなかった。

では、この旅の目的とこの日を選んだ理由とはなんだろう?

それは2007年のこの日に日産が東京モーターショーでR35 GT-Rを発表したからだ。そして、昼間が10時間となるこの特別な日に、このクルマの10度目の誕生日を祝おうと言うのだ。

北海から太陽が昇り空を明るくした後、再びアイリッシュ海に沈むまでの間に、オールドバラからアベリストウィスまでを運転する。そして道すがら、この偉大なパフォーマンスカーに関する驚くべき、そして並ぶもののないストーリーについて考えるためにいくつか寄り道をする。

日没を撮影するには、オールドバラからアベリストウィスの浜辺までのルートをなるべく早く通過する必要があり、そのために午前8時過ぎには既に出発していた。しかし、25分経過したにもかかわらず、わずか数メートルしか進んでいないとは先が思いやられる。

天文学に詳しければ、われわれのこの旅の移動距離が、実際には今日という日の日中を10時間と47秒よりも少し長くしているという事実にそろそろ気付いたかも知れない。オールドバラとアベリストウィスを隔てる直線距離にしておよそ390kmが、19分のボーナス・タイムをわれわれに与えてくれるのだ。この19分の重要さがいずれ証明されることになるだろう。

田舎道や峠道を経由しての東海岸から西海岸へのドライブが非常に楽しいものであればある程、時間が不足してくる。つまり、可能な限り複数車線を持つA級路や高速道路を選ぶ必要があるということだが、今のところ、ここから主要幹線までの道は、B級路と裏道が地形に沿って上り下りするサフォーク州のなだらかな田舎道を行くしかない。

悲惨な自動車専用道路 いきなり渋滞に

穏やかな村々を通過するときにはゆっくりと、そして静かにクルマを走らせるが、速度制限表示を通過した次の瞬間には、2段ほどダウン・シフトして、アクセルを踏み込み、エンジンをそれぞれのギアのリミッターまで使い切る。

恐ろしいほどの、そして視界がかすむような速度で、GT-Rは10年前よりもさらに驚愕のパフォーマンスを次々と見せつける。

そしてA14に達すると記念すべき瞬間が訪れる。ここでようやくこの国を横断する旅の半分を消化したことになるのだ。しかし、これは旅のデッドラインには良い知らせでも、われわれのヤル気には逆効果だ。

A14は英国で最もがっかりする道である。あっという間に素晴らしい舗装路は尽きて出口がやってくる。そして林業専用道路へと合流することになるのだ。

A14はダンテが神曲地獄編で地獄の最下層である第9層について書いた時には存在していなかったが、もし、このイタリアの詩人が再び地獄を描いたなら、間違いなくこの道を加えて10層構造とするだろう。

この悲惨な自動車専用道路では、われわれは味気ない退屈な景色の中をとぼとぼと進む太ったワニのようなものだ。そして、道路標示に示されるのは決して訪れたいとは思わないだろう町のチェックリストである。

コービー、ケタリングにベッドフォード。時速80kmくらいで延々とクルマの車列の後をついて行くのはまさに気が狂うような経験だ。

どこか前方にいるはずの大型トラックが忌々しくも追い越しもできない道でのろのろと進んでいるからだ。さらには永遠に続くかと思われる道路工事と、終わる事のない速度違反監視カメラ、そして果てしなく続く渋滞のもとになる故障。

最悪の状況だったが、何とか最初の目的地まで数マイルまでにたどり着くことができた。ブランティングソープの試験場に着いたのは午前11時少し前だった。

このレスターシャーにある2マイル(約3.2km)に及ぶランウェイを含めた施設では、GT-Rのすべてを解き放つことが可能なスペースを確保できる。ここで30分を過ごすことにした。

0-100km/h加速、実測3秒を切る?

美しい陽光のなか、Gps測定装置を装着しランウェイに設置されたスタート地点の目印を見つけることができた。10年前、GT-Rが新たに登場したとき、ツイン・クラッチのギアボックスとローンチコントロールは未だ物珍しく、とてつもなくこのクルマは速く感じられた。

当時、日産は0-100km/h加速を3.6秒だと言っていたが、このタイムは10000ポンド(148万円)も高価なポルシェ911カレラより1.3秒速かった。

GT-Rをスタート地点に並べる。この2017年モデルは、2007年モデルに比べ90psも出力アップされた570psを発揮し、日産によれば0-100km/h加速は3秒を切るとの事だ。

左足でブレーキペダルを押さえつつ、アクセルを踏み込み、エンジン出力が高まったところでブレーキを開放する。恐らく最も甘美な0.5秒の遅れのあと、このクルマは暴力的で不安になるほどの衝撃と共に猛然と加速を開始する。

残念ながらドライブトレインがオーバーヒートするまでこの加速を繰り返してみたが、その記録は3.1秒に留まった。今日のところは3秒以下の記録を見せてくれるつもりは無いらしい。しかし、GT-Rが登場したその日からトレードマークとなった恐ろしい程の速さは十分に証明することができただろう。

ブランティングソープからは、GT-Rのすべてを知り尽くした人物と会うためにM6とM42のルートを選択した。目的地に到着する数分前だったが、重要な瞬間がやってきた。

午後12時44分に太陽が子午線を越え、再び地平線へと姿を消すために傾き始めたのだ。つまりわれわれのレースも中間地点を迎えたことになる。

日没までちょうど5時間となり旅は順調だったが、贅沢を言えば子午線を越えるというのは、もう少し感動的でこの旅を印象付けるようなものであって欲しかった。

このクルマを素晴らしく美しい丘の中腹に停めたかったが、エグゾースト・システムに至るどこかでターボが過熱し、ブレーキからは白煙が立ち上っていた。代わりに南へ向かうM5に乗ってウースターを通過した。

午後1時にはグロースターシャー州にあるリッチフィールド・モータースに到着した。

リッチフィールド どんな会社?

世界でもトップクラスのGT-Rチューナーであるイアン・リッチフィールドは、自身の名を冠した会社を立ち上げると、まるで静かに獲物を追い詰めるハンターの如く、夢中になってGT-Rの物語を追いかけている。

「2007年に日産がGT-Rを公開したとき東京にいたんです」と彼は思い返す。「その時、われわれはスバル車のチューニングを行っていたので、新しいハッチバックのSTiモデルを見るために東京に滞在していました」

「日産はスタンドにGT-Rのカットモデルを展示していたんですが完全にマニア向けでした。ターボのサイズなんかを確認し始めたんですが、その展示に興奮してしまってすぐにこのクルマを購入したんです。そして運転してみたら、このクルマのすごさに気が付いて、そうしたらスバル車の開発計画なんかすぐに棚上げになってしまいました」

「GT-Rは違う星からやってきたクルマのようでした。当初、GT-Rのチューニングはエグゾースト・システムと少しばかりのECU変更だけだったんですが、いまではその内容は多岐にわたっています。おそらく、この国にあるGT-Rの半数は診ていると思いますね」

「毎日5〜6台がチューニングかメンテナンスのために入庫します。最近ではオリジナルのエンジンブロックの開発も行っています。ノーマルのブロックの場合、1,014psくらいで徐々にクラックが入り始めるんです。それに、ニュルブルクリンクを7分以内でラップできるクルマの開発にも取り組んでいます」

これほどまでにこの10年でGT-Rのチューニングは進歩しているのだ。リッチフィールドはGT-Rについて、情熱的に、且つその豊富な知識をもって語ってくれたので、数時間もここで過ごしてしまった。実際、クルマに戻って初めて45分も予定の時間をオーバーしているのに気付いたほどだった。これからまだ190km以上も旅は残っているのに、日没までに残された時間はちょうど3時間だ。プレッシャーがかかってきた。

果たして日没までに間に合ったのか

暗雲が垂れ込めてきたのは日没までにアベリストウィスに到着しようというわれわれの計画だけではない。A44を選択してヘレフォードシャーを越えてアクセルを踏んだ。

幸いにもA44はA14とは全く違っている。例えば、この道は驚くほど素晴らしい景色を楽しませてくれる。特に1年のうちこの時期には木々が色づき、紅葉でまばゆいばかりに煌めいている。

さらには道そのものが美しく上下し曲がりくねっている。更にはさびれた田舎道でもないのに、このクルマの運転を楽しませてくれるためであるかのようにこの道はその方向を度々変えるのだ。

境界を越えてウェールズに入るまでには状況が明らかとなってきた。上空に掛かる雲は暗く重いもので、にわかにはこの雲が浮かんでいるとは思えなかったほどだ。

ラアアデルを越えて、エラン・バレーに入ったが、計画ではルークが壮大な景色を撮影し、わたしはGT-Rを限界まで攻め込む予定だった。真っ黒な霧や激しい雨など予想すらしていなかったのだ。

時間が刻一刻と過ぎていく中、われわれはしぶしぶアベリストウィスへ向けてアクセルを踏み込むことにし、日没まであと15分というところでこの海辺の町に辿り着くことができた。オールドバラでは既に日没だっただろう。

残念ながらわれわれの努力が報われる事はなかった。このためにわれわれが駆け抜けてきた光り輝く日没ではなく、厚く不快な霞がゆっくりとグレーから暗い漆黒へと色を変えていく。

しかしこの旅は景色や太陽光が見せるショーのためではなかったのだ。この旅はGT-Rのものだった。

10年前に日産が時代を変えたこのスーパークーペは、数年経った後も依然として東海岸から西海岸へと太陽を追いかける旅を楽しませてくれるマシンであり続けているのだ。

番外編1 次期日産GT-Rはどうなる?

日産GT-Rが登場後すでに10年経過していることを考えれば、次期モデルの登場がすぐそこまで迫っていることを期待するだろう。

しかし、日産のお偉方は新しいGT-Rについては何も語ろうとはしない。本誌に対しても現行モデルは日産の象徴としての務めを十分果たしていると語るのみだ。

しかし、新型GT-Rの開発は日本で秘密裏に進められており、最新のSUVスタイルのIMx EVコンセプトがGT-R NISMOよりもさらに大きなトルク(66.5kg-mに対して71.3kg-m)を発生させることを考えれば、日産の次期フラッグシップ・パフォーマンス・モデルがパワートレインの一部にモーターを採用しても何ら驚きではない。

番外編2 最高のGT-Rと購入予算

GT-R(2011年式) 予算:43000ポンド(636万円)

2007年の登場以来、日産はGT-Rの年次改良を重ねているが、2011年には初めての大規模改良が施された。エンジン・パワーは530psへと高められ、乗り心地の改善とギアボックスの耐久性向上が図られた。

GT-Rトラック・パック 予算:50000ポンド(739万円)

2012年に登場したトラック・パックは、来るべきGT-R NISMOがどのようなモデルになるかのヒントを与えてくれた。高名なGT-R専門家であるイアン・リッチフィールドによれば、このトラック・パックはこれまでで最高のGT-Rである。

GT-R NISMO- N-アタック・キットA 予算:150000ポンド(2217万円)以上

2013年モデルのGT-R NISMOにはいくつかのバージョンがあったが、ニュルブルクリンクで7分08秒679のラップタイムを記録したのはこのN-アタック・キットAである。英国には1台のみが存在すると考えられている。