退職金投資デビュー」すると、「老後破綻まっしぐら」になりかねない(写真:ri3photo / PIXTA)

私は今まで、多くのサラリーマンの資産形成にかかわる仕事をしてきました。サラリーマンというのは決まった給料しかもらえませんが、逆に言えば自営業等に比べれば、やっぱり収入も支出も安定しています。

普通にまじめに働き、給与天引きなどの手段を使ってコツコツと資産形成をしていけば、多くの人は将来、経済的にそれほどひどい状況になることはありません。ところが、「これをやったら、老後破綻に向けて一直線!」という、「まずい一手」があります。それはいったい何かと言うと、「退職金で投資デビュー」です。

みんな、退職金に対して大いなる勘違いをしている

サラリーマンの中には、退職金をもらえる人たちが少なからずいます。逆に言えば、会社によって制度は違うので、退職金のない会社もありますし、制度も会社によって少しずつ異なりますから、誰もが同じくらいの退職金をもらえるわけではないのは、言うまでもありません。

しかしながらアメリカと違って退職金という制度は長い期間にわたって日本に根付いている制度ですから、なじみのある制度であることは間違いないでしょう。

ところが、多くの人が退職金というものの本質を勘違いしています。それは退職金が長年働いてくれたことに対して会社がくれる“ご褒美”だと思っていることです。

確かに、そう勘違いするのも無理はありません。

もともと退職金のルーツは江戸時代の「のれん分け」です。「のれん分け」というのは、長年働いた奉公人に屋号の使用許可といくばくかの開業資金を与えて独立させる仕組みで、これが現代の退職金につながってきているからです。

「現代の退職金は、給料の後払い」と言える理由

したがって退職金には、もともと功労報酬的な意味合いがありました。しかしながら、現代の退職金は決して長年働いたことに対するご褒美ではありません。

退職金の本質、それはひとことで言えば「給料の後払い」です。その証拠に、企業会計上においては、退職金や企業年金のことを「退職給付債務」と言います。そう、給料の後払いだからこそ、会社が社員に対して負っている債務ということになるのです。

ですから、中にはその債務を持ちたくないと考え、退職金という制度をなくしてしまい、その分を在職中の給料に上乗せして払うという「退職金前払い制度」を採用している会社もあります。

前払いというと、一見いいように思えるのですが、実はいろいろと問題があります。前払いの場合、給与として支払われますから当然、所得税がかかります。

これに対して退職金は一時金でもらうと、勤続年数と支給金額にもよりますが、ほとんど税金がかからない場合が多いのです。前払いには、もっと大きな問題があります。それは前払いでもらってしまうと、よほど強い意志でしっかりと管理しないかぎり、もらった分だけ使ってしまうことになりかねないということです。

したがって退職するまで会社がそのおカネを管理し、退職後に渡すという仕組みはある意味合理的であり、よく考えられた制度と言ってもいいのです。

では、この退職金を「ご褒美」と勘違いしてしまうと、いったいどんなことが起きるでしょうか。

退職金を使って大きな買い物をしたり豪華な旅行に行ってしまったりということになりがちです。なにしろ長年頑張った自分に対するご褒美だと思っていますから、そういう使い方をすることにあまり抵抗感がなくなるのです。

しかしながら、実はちょっと豪華な旅行に行く、といったことは、一時的にすぎませんから、それほど大きな問題ではありません。

もっと怖いのは、退職金を「余裕資金」だと思ってしまうことです。どうしてそんなふうに感じるかというと、それまでは毎月給料が振り込まれていて、それで生活ができていたからです。そのうえにまとまったおカネが振り込まれると、余裕資金だと感じるのは無理のないことです。

退職金は余裕資金ではなく、大事な生活費を賄う資金

そこで「余裕資金なのだから株式や投資信託を買って増やすのがいい」と考える人が増えてきます。しかし、退職金は決して余裕資金ではありません。退職後の長い生活を賄うための大切な生活資金なのです。そんな大切な退職金をまとめていっぺんに株式投資や投資信託購入という大きなリスクにさらして、いいわけがありません。

ひょっとしたら、中には定年になるまでの間に退職金はいっさいアテにしなくても老後の生活資金を十分確保できているという人もいるかもしれません。そういう人であれば退職金を「余裕資金」と考えてもいいかもしれませんが、一般的にはそんなに余裕のある人は多くはいないはずです。だとすれば退職金の運用というのは慎重に考えるべきものです。

もちろん、退職者が投資をすること自体は、悪いとは思いません。特に退職者にとって、将来物価上昇が起こった場合に購買力を維持することは極めて重要なことですから、一定金額を投資するというのは合理性があります。

ただ、その場合でも、自分がリスクを許容できる金額の範囲内で行うべきです。

冒頭に書いたようにサラリーマンとして働いてコツコツ資産形成してきた人はそう簡単に老後破綻することはないでしょうが、退職金を“ご褒美”や“余裕資金”といった勘違いをし、間違った使い方をしてしまうと破綻リスクは大きく高まってしまいます。

特にこの5年ぐらいの間、アベノミクスによる株価の上昇で大きな収益を得た退職者の人もいると思いますが、株は決して永遠に上がり続けるわけではありません。自分の金融資産の大半をリスクにさらしておくというのは慎重に考えておくべきではないでしょうか。