多数のPOPが林立するさわや書店の店頭


あなたに「包丁」を手渡したい。だからこの本を勧めます。

 こんなPOP(書店店頭の販促用カードやポスター)のフレーズで、大きく売り伸ばしている本がある。とはいえ、このフレーズだけでは意味が分からないだろう。今回は、「いかにしてPOPのフレーズを考えるか」という観点から、本の紹介をしてみたいと思う。

 2017年はまだ1カ月あるが、さわや書店フェザン店の文庫売上のランキングの途中経過を出してみた。原稿を書いている時点のトップ3はこんなラインナップになっている。

1位 清水潔『殺人犯はそこにいる』(新潮文庫)
2位 野矢茂樹『はじめて考えるときのように』(PHP文庫)
3位 住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉文庫)

 4位以下もなかなか変なランキングなのだが、トップ3だけを見ても、他の書店とは大きくかけ離れていることだろう。

 3位の『君の膵臓をたべたい』は、単行本の時から大いに話題になった大ベストセラー作品だから想定内かもしれない。文庫化された後も、映画化などもあり、やはり大きく売れている。書店にもよるだろうが、『君の膵臓をたべたい』が2017年の文庫売上の1位という書店は多いかもしれない。

 1位の『殺人犯はそこにいる』は、2016年、当店が仕掛けた『文庫X』の中身の本である。2016年のランキングでは当然1位だったが、2017年も、2位に2倍近くの差をつけてダントツの1位となった。

 さて、問題は2位の『はじめて考えるときのように』である。大ベストセラーである『君の膵臓をたべたい』よりも売れているこの本は、一体何だろうか? この本こそが、冒頭に書いたフレーズのPOPで売り伸ばした1冊なのだ。

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説明しにくい本は売りにくい

 本書の内容は、非常に説明がしにくい。短く説明しようと思えば、まさにタイトルでその要約は終わっている、と言えるだろう。『はじめて考えるときのように』というタイトルは、“あまりにも当たり前にやっている「考える」という行為を、もう一度初めてやることのように捉えてみよう”という響きを持っている。そして本書は、まさにそういう行動を促す本だと言える。要するに、「考える」ってどういうこと?というテーマに向き合っている本なのだ。

 難しい本だと思うだろうか? ただその印象は、ページをちょっと開いてもらえれば払拭されるはずだ。本文は横書き、難しい漢字や用語を使わない平易な文章、さらにところどころに挿絵もあるという構成は、むしろとっつきやすさを感じさせてくれる作品と言えるはずだ。

 しかし、内容の説明がしにくい、ということは、売りにくいということでもある。本の良さを短くまとめにくいのだ。一読して僕は、“この本は多くの人に役に立つ可能性があるが、その魅力を伝えにくい作品だ”と感じた。その理由は、「考える」ということのイメージのしにくさにある。

今回作成した『はじめて考えるときのように』のPOP


 「考える」ということについて考えてみてほしい。どうだろうか、イメージはうまくまとまらないのではないか。確かに僕たちは、普段から色んなことで「考える」ことをしている。しかしそれらは、「考える」という一つの言葉で表現できないと感じさせるほど多岐にわたっている。新しいアイデアを「創造する」、目の前の問題に「悩む」、データを「分析する」、様々な考えを「統合する」、プランを誰かに「説明する」、数学の問題を「解く」、プロジェクトの結果を「予測する」、結婚を「決断する」・・・。

 これらはどれも、「考える」ということの中に含まれるだろう。「考える」ことについて考えると言っても、皆がイメージするものはバラバラだ。だから本書を、“「考える」ことについて考えるのに役立つ作品です”というようなやり方で売り出そうとしても、まずうまくいかないことは分かっていた。

イメージしやすいものに置き換える

 じゃあどうするのか。発想は単純だ。イメージしにくい「考える」という行為を、イメージしやすい別の行為に置き換えてみればいい。そんな風にしてPOPのフレーズを考えた。

【あなたに「包丁」を手渡したい。だからこの本を勧めます。】というフレーズには、長い続きがある。全文を掲載してみよう。

 あなたに「包丁」を手渡したい。だからこの本を勧めます。

 意味が分かりませんよね。すいません、ちゃんと説明します。

「考える」ことは得意ですか? 苦手ですか? なんとなく、苦手だという方が多い気がします。でも、どうして苦手だと思うのか分かりますか? どうやったら得意になれると思いますか? ハウツー本を読んでもなかなかうまく「考える」ことができない。そんな風に思っている方も多いかもしれません。

 ここでまず、「料理」のことを考えてみましょう。今あなたは、野菜を切りたい。でもあなたは、「包丁」という存在を知らないとしましょう。あなたはじゃがいもの皮を剝いたり、大根を輪切りにしたりするのに、指や爪、しゃもじやお玉を使って必死に頑張ります。そして奮闘の末、「料理って難しいなぁ・・・」とため息をつきます。

 もし「包丁」の存在を知ってる人がその光景をみたら、「包丁さえ使えばもっと楽にできるのに・・・」と思うでしょう。

 さて、「考える」ことに話を戻しましょう。

 本書は、「考える」ことに必要な「○○」を教えてくれる作品です。それは「料理」における「包丁」みたいなものです。「○○」がないまま「考えるのって難しいなぁ…」と嘆くのは、「包丁」を使わないで「料理」をするようなものです。

 本書がどんな本か、なんとなく分かってもらえたでしょうか?

「○○」って何なんだよ、教えてくれよ、という方がいるかもしれません。でも「○○」は、一言では伝えられないものなのです。名前をつけるのが難しいものなのです。けれども本書をきちんと読めば、あなたにはちゃんと「○○」のことが理解できるはずです。

 そここそが、「考える」ことのスタートです。本書を読んで、スタート地点に立ってみませんか?

 この長いPOPによって本書を大きく売り伸ばすことができた。読んでみて、あなたはどう感じただろうか?

 このPOPでは、「考える」を「料理」に置き換えた。「考える」はイメージが発散する行為だが、「料理」は誰もがイメージを収束させやすいものだ。しかも、どんな料理を作るにしても、「包丁」を使わないことはあまりない。僕は本書を、“「考える」ことに必要な何かを与えてくれる作品”と捉えた。だから、「料理」に絶対的に必要な「包丁」というイメージしやすい対象に置き換えることで、間接的に本書がどんな役立ち方をする本なのかを提示できるようにしたのだ。

この本を読むことでどうなるか?

 また、“「考える」ことに必要な何か”を「○○」という表記にした。無理をすれば、何か名前を付けることはできたかもしれない。しかし、名付けというのはイメージを限定する強さがあるのと同時に、そのことが余計な先入観を持たせてしまうこともある。僕は本書について、“「料理における包丁」を与えてくれる作品”という見方を提示したことで、ある程度イメージの限定はできたと考えた。だからこそ、これ以上の限定は、過剰な先入観になると判断して、あえて名前は付けなかった。

 そして最後に、【そここそが、「考える」ことのスタートです。本書を読んで、スタート地点に立ってみませんか?】と加えることで、“この本を読むことでどうなるのか”というイメージを明確にした。“どういう本なのか”という説明だけで十分な場合もあるだろう。しかしアピールする対象によっては、“どういう本なのか”に加えて、“この本を読むことでどうなるのか”にも答えてあげる方が親切だろう。その辺りのバランスは感覚的なものでしかないが、僕は本書を売り出すにあたっては、“この本を読むことでどうなるのか”まで加えるべきだと判断した。

 そんな風に考えてこのPOPの文章を作った。このPOPを設置する前の本書の売上数は19冊、そしてPOP設置後に550冊以上売れたということから見ても、手前味噌ではあるがこのPOPの効果があったと言っていいだろうと思う。

 僕は書店員として、本の魅力をいかに伝えやすく変換するか、ということを普段から考えている。この『はじめて考えるときのように』は、僕のその普段の意識がうまくハマった事例である。これからも時々、このJBpressの記事では、「いかに伝えるか」という観点から記事を書いていけたらと思っている。

 「考える」ということにもう少し興味があるという方に、いくつかオススメの本をリストアップしてみよう。

森博嗣『人間はいろいろな問題についてどう考えていけば良いのか』
永井均『翔太と猫のインサイトの夏休み』
高橋昌一郎『理性の限界――不可能性・不確定性・不完全性』
マイケル・サンデル『これからの正義の話をしよう』
國分功一郎『暇と退屈の倫理学 増補新版』
池田晶子『14歳からの哲学 考えるための教科書』
飲茶『哲学的な何か、あと科学とか』

さわや書店の売り場を体験

 最後に。本の話題ではないが、さわや書店が少しだけ関わった企画展示を紹介しておこう。

 電通第4代社長吉田秀雄氏の遺志を継承する目的で創設された「吉田秀雄記念事業財団」が運営する「アドミュージアム東京」というミュージアムが東京・汐留にある。日本で唯一の広告ミュージアムだそうだ。2017年の3月から改修のために休館していたが、12月1日にリニューアルオープンした。

 そのリニューアルオープンに合わせた第一弾の企画展示が“「思いつく」を考える展”である。そしてその一環としてなんと、さわや書店で実際に使用したパネルを展示するコーナーを設けてくれているのだ。『文庫X』をきっかけにさわや書店に興味を持っていただいたようで、盛岡まで取材に来てくださった。

さわや書店の実際のパネルを使用した展示


 さわや書店の売り場をちょっと体験していただける展示になっています。行く機会がありそうだという方、ご覧になっていただければと思います。

筆者:長江 貴士(さわや書店)