オックスフォード・サーカス駅の乗り換え通路で演奏するミュージシャン。通行人が多く「割が良い」そうだ(筆者撮影)

「ロンドンに行ったら、駅で演奏したいんだけど、誰か地元のミュージシャンを紹介してくれる?」

旧知のジャズベーシストが年末年始に英国へ遊びに行くので、街でセッションしたい、と筆者に尋ねてきた。確かに欧州の街では、駅構内で演奏を聴かせてくれるミュージシャンをたくさん見掛ける。はたして旅行者が駅で自由に音楽を奏でることはできるのだろうか――。

主要駅に降り立つと、遠くのほうから音楽が聞こえてくるロンドン地下鉄。都心の観光客や買い物客の出入りが多い駅構内では、必ずと言っていいほどミュージシャンのための演奏スポットが設けられている。この演奏行為を英国では「バスキング(Busking)」と呼んでいる。

ロンドンでは10年以上前から許可制

地下鉄の敷地内で演奏できるミュージシャン「バスカー」になるためには、年に数度行われる募集に応じ、オーディションを受けたうえで当局の許可証を得なければならない。

16歳以上、ソロまたはデュオ、英国居住者であることといった応募条件がある。規定が緩かったころは、「地下鉄構内で演奏する弦楽四重奏団」まで見かけたものだが、今ではそれもかなわない。また、ライセンスを受けたバスカーが外国などから来るミュージシャンとともにセッション、という希望にも応じられない。したがって、日本からのミュージシャンがロンドンに行ったついでに突然思い立って、腕試しをしようとか、旅の記念に演奏しようといった試みは残念ながら不可能というわけだ。

ロンドンの地下鉄構内ではかつて、無許可で演奏できた。ところが、乗降客の多い駅でのバスカー同士の縄張り争いや、演奏者が通路に陣取ることによる利用客への迷惑度の増加などを理由に、2003年に前述のような許可制が導入された。当局による管理が進んだ結果、「もめ事は減ったものの、演奏スポットの取り合いはずいぶんと激しくなった(ロンドンの男性バスカー)」のだという。演奏スポットの予約は、交通局が運営するバスカーたちがアクセスできるウェブサイトを通じて定期的に行われている。ちなみに列車内での演奏は原則NGだ。

ロンドン地下鉄の演奏スポットは30カ所以上設けられており、毎週1800もの演奏枠がある。しかし、稼ぎのいいスポットは予約オープンからわずかな時間で一気に埋まってしまう。


演奏スポットには「ライセンスを受けたバスカーがこの駅で合法的に演奏しています」と明示されている(カナリーワーフ駅で、筆者撮影)

最もバスカーたちに人気が高いのは、「ピカデリーサーカス駅のピカデリー線への通路入口横」だとされる。コメントをくれた男性バスカーは「週末の日中にうまくここを確保できると1セッション(2時間)で100ポンド(約1万5000円)得ることも夢ではない」と稼ぎのよさを強調する。

ただ、客の行き来が少ない、時間帯がよくないといった悪条件が重なると、「2時間で数ポンドの稼ぎにとどまる」こともあるそうだ。やはり演奏スポットの良しあしで稼ぎはずいぶんと違ってくるわけだ。

「旅先で旅費を稼ぎたいから」と駅や広場での演奏を企てる若者は欧州にも大勢いる。ネットの書き込みを読んでいくと「どこどこへ旅行する予定があり、駅などでの演奏で小金を貯めたいがどうしたらいいだろう?」といった問いかけも結構見つかる。しかし、回答はいずれも冷たい。なぜなら、ロンドンに限らず、パリやローマなど欧州主要都市の地下鉄事業者は構内でのバスキング希望者に対してオーディションを行ったり、ライセンスを交付したりと管理強化の方向に向かっており、簡単に旅行者が演奏を試す環境にはなっていない。

管理が甘い鉄道に演奏家が集まる

一方、管理の甘い鉄道事業者があると、そこにミュージシャンが集まる傾向が当然の事ながら強くなる。


パリ地下鉄の車内で演奏するミュージシャン。チップをはずむ乗客が目立った(編集部撮影)

筆者が気にかけているルートの1つは、パリ・シャルルドゴール空港と都心を結ぶ郊外電車RER「B線」で、列車に乗り込むと必ずと言っていいほどアコーディオンやサックスを持ってチップをねだる演奏家がどこからかやって来る。それなりにうまい演奏なら旅の1コマとしてビデオに収めたい気にもなる(もちろん、チップをはずんだうえのこと)が、時々は障害者がつらそうに乗客のもとにやって来たりと、なんとも居たたまれなくなることもある。

日本から欧州にやってきた旅行者の中には、「電車に乗って大音量の音楽を聞かされるのはたまったものじゃない」と思う人もいることだろう。こういったパフォーマンスへの対応に慣れていない日本人の中には、うるさくてつらい状況に耐える人もいるようだ。

音楽を邪魔に感じたとき、欧州の人々はどう対応しているか観察してみると面白いことがわかった。というのは、邪魔だなあと感じるときこそ、小銭を渡して「あっちへ行け」とそれとなく伝えている。「少々のおカネで快適性が確保できるなら、ちょっとばかり恵んでやれ」と考えているのかもしれない。

ロンドンでは、「ありがたくない地下鉄車内ミュージシャン」が生まれつつある。

同市の地下鉄は長い間、隣の車両とは行き来できない構造にあった。しかし、サークル線、ディストリクト線、メトロポリタン線そしてハマースミス&シティー線の計4路線には、日本の電車のように連結部で車両間を行き来できる新型車両が全面的に投入された。この結果、車内を行き来しながら演奏してひと稼ぎをねらう自称・演奏家(言い換えれば、無許可バスカー)がずいぶんと増えてしまった。

これらの車内での演奏は、ライセンスを持つバスカーにさえも認められていない行為なのだが、遵法への意識が弱い移民系の人々が車内を行ったり来たりしながらチップをねだるケースは最近になってとみに増加している。

「どうして誰も恵んでくれないのか」

ところが、利用者の多くは「この演奏行為はルール違反」と知っていることから、チップは誰ひとりとして渡そうとしない。たまたま演奏グループの1人が筆者の近くで「どうして誰も恵んでくれないのか? おかしいじゃないか?」と言い放ったのが聞こえたのはなんとも痛快だった。


「ひとりカラオケ」で通行人の興味を引くも、反応は不調(レスタースクエア駅で、筆者撮影)

日本ではあまり習慣がない、鉄道施設内の演奏行為。欧州ではプロ顔負けの達人もいて、旅の思い出に寄与することさえもある。一方で、ルールに従わないミュージシャンとのイタチごっこに悩む運営会社があることもまた事実だ。

しっかり管理すれば、「音楽が楽しめる鉄道」として名物にもなりうる。今のうちにガイドラインを定め、対応を吟味するのも悪くないと思うがいかがなものだろうか?