初マラソンで好記録を狙う「山の神」こと神野大地

神野プロジェクト Road to 2020(9)

(前回の記事はこちら>)

 いよいよ本番である。

 福岡国際マラソンを走ることを決め、持久力のある筋力を身につけるフィジカルトレーニングを行ない、70km走にトライし、40km走を重ねてきた。

「優勝し、日本国内記録を狙います」

 神野大地の鼻息は荒い。

“山の神”がマラソンに挑む。決戦前夜の胸中はいかに―――。

――今年の春からフィジカルトレーニングを始めて、福岡国際まで思い描いた通りにきていますか。

「福岡に向けては、やるべきことがここまでできていると思います。ただ、全部うまくやってこられたかというと、練習でうまくいかないことがありましたし、体調を崩したこともあった。そういうのをちょっとずつ引いていくと100%から遠ざかっていきます。でも、それをうまく乗り越えながら、いかにスタートラインに立つかがマラソンだと思いますし、これまでの努力の成果がどのくらい出るのか、今はすごくワクワクしています」

 春から神野をトレーニングで指導している中野ジェームズ修一は、身体の完成度には太鼓判を押している。

「身体作りはほぼ完ぺきにできています。走りのフォーム、蹴り上げ、スピードの対応など100%ではないですけど、今のこの段階での仕上がりとしては予想以上にできています」

 しかし、中野の言葉にも神野は表情を崩さない。

「中野さんは”福岡”に向けてはいいというだけで、東京五輪でメダルを獲るためには、まだ20〜30%って言っていますからね。まだまだこれからです」


――肉体が変わって、それがうまく走りに活かせている感覚はありますか。

「4、5、6月ぐらいは走りよりもフィジカルの練習がキツ過ぎて、うまく噛み合わない感じがあったんですけど、今はフィジカルで鍛えた筋肉を走りで使って、自分で動かせる筋肉、自分で動かせる足にしていくところまで、できています」

――いつぐらいからフィジカルと走りが噛み合ったのでしょう。

「7月終わりですね。7月中旬のホクレン(・ディスタンスチャレンジ2017)の時は昔の自分を出していたというか、ガムシャラさを前面に出して走っていたんですけど、その後、フィジカルがいき過ぎていたところからマラソン練習ができるようになって、両輪でグングン上がっていく感じになりました」

 神野は充実した表情で、そう言った。

 神野は不調な時間やスランプの期間が短い。早い復調を実現しているのが神野のデータノートだ。日々の練習内容を練習日誌に詳細に書き込み、パソコンには中野とのトレーニングで、どの場所にどのくらい筋肉痛が残っていたかなどのデータを保存している。調子が落ちた時は、そのノートを見て、振り返ることでよかった時のことを思い出し、もう一度作り直していくことが可能になるのだ。

「そのデータが僕の不安材料をなくしてくれるんです」

 幸い大会前までノートにお世話になることはあまりなかった。

 しかし、中野が唯一、懸念していたのがフィジカルトレーニングで鍛えられた肉体をどう走りに使いこなせるかということだった。

「1カ月ぐらい前はでき上がった自分の体をうまく使いこなせていない感じだったんです。今まで使っていなかった筋肉や足なので。そのためちょっとスランプみたいになったんですけど、今はそれに慣れて乗りこなせるようになってきた。出力は春とは全然違うので、最初からどう力を出していったらいいのか。どう耐えていくのか。それをリハーサルできていないことだけが不安ですね」(神野)

 実戦でいろいろなことを試す機会が11月の東日本実業団対抗駅伝だったのだが、神野は欠場になった。出力を試したり、腹痛の薬を試すことができず、福岡国際に向けてマイナスポイントになった。

「まぁ、そんなこともあります。すべてがうまくいくことは難しいですよ」

 神野は涼しい表情で、そう言った

 だが、言葉や表情からは自分への確固たる自信が見て取れる。

――ここまで40kmを何本走ってきたのですか。

「6本です。最初は、40kmを走る時、35kmぐらいからペースが落ちてしまう選手がチームにいたので、そこをクリアできるか、2時間10分で走れるのかという不安があったんです。でも、最初の1本目で、しっかり走れたなという印象がありました。6本目の40km走では2時間10分で走れましたし、40kmを走るたびに走りのレベルが上がってきたなと感じているので距離への不安は一切なくなりました」

――6本中、5本が42.195kmでした。練習では40km走が普通ですが、2.195kmにこだわったのはどういう理由からですか?

「たかが2.195kmですけど、その差は最後に出てくると思うんです。40km走をしていて、35kmで残り5kmと7kmでは全然違うんですよ。マラソンは一番きつい最後でどれだけやれるかだと思うので、僕は2.195kmに力を出し切れるようにこだわって練習をしてきました」


 神野はそこを勝負の行方を左右する分水嶺だと考えているのだ。

「最後の最後は、自分がどれだけやってきたかの競り合いだと思うんです。やってきたことに自信がない状態でスタートラインに立っても結果がついてこない。『他の人よりも絶対に自分がやってきたんだ』という部分で負けてしまうと勝負に勝てない。だから70kmを走ったり、2.195kmにこだわってやってきました。レースの最後は、”やってきたオーラ”を出して走りたいと思います」
 
 福岡国際マラソンの出場メンバーは、海外招待選手、国内招待選手、国内一般参加の選手を含めて力のある選手が集まった。国内だけに限って言えば、ロンドン世界選手権9位の川内優輝、ボストンマラソン3位の大迫傑、佐々木悟、設楽啓太、佐藤悠基、前田和浩ら強豪選手が集まっている。

――このメンバーを見て、どう思いましたか。

「僕は早い段階で出場を決めていたので、いい選手がいっぱい集まったなぁというのと、自分への注目度が分散するなぁって思いました(笑)。中野さんと話をした時、『今の段階でそういう強い選手と戦えるのは自分にとってプラスになる。勝ったら自信になるし、負けてももっとがんばろうって思えるようになる』って言われたんです。僕もそう思いますね。

いずれMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)でレベルの高い選手と戦って勝たないと東京五輪はないので、ここで相手の走りを知ることができる。それに強い選手に勝ってこそ自分の価値が高まると思うし、結果に対しての価値も生まれてくると思うんです。そういう意味でも自分にとってプラスでしかないです」

 福岡国際で神野の最大の目的は言うまでもなく、このレースを2時間11分以内で走って優勝し、MGC出場権を獲得することだ。そして、もうひとつ狙いがある。高いレベルで競り合うレースを展開し、長距離界を盛り上げていくことである。

――100mやリレーで盛り上がる短距離界に負けていられない!?


「そうですね。短距離ばかりに持っていかれたくない。長距離が盛り上がるためには自分が結果を出すことが一番。箱根(駅伝)で活躍した選手がマラソンで活躍すると、やっぱり盛り上がると思うんですよ。ただ、いつまでも箱根じゃない。今はまだ箱根の印象が強くて、大学時代の結果で注目してもらっていると思うんですけど、そこを変えていかないと自分の未来はないと思っています」

 神野は厳しい表情でそう言った。

 昨年の熊本甲佐10マイルで優勝、今年は丸亀ハーフで日本人トップになり、独特の練習で山の神ではなく、マラソンランナーとして注目されるようになってきた。メディアでの露出も増え、女性誌に出たり、テレビ出演の回数も増えた。今回勝てば、より注目が集まり、最近お気に入りだという永野芽郁にも会えるかもしれない。

「彼女はきれいで面白いので好きですね。来年のカレンダーも予約しました(笑)」

 勝者はいろいろなものを手にすることができる。

 青学大時代、山の神として一世を風靡した神野は、その成功体験がある分、勝ちたい気持ちは誰よりも強いだろう。

「大学時代の結果は賞味期限が切れてきていると思うので、今回結果を出し、マラソンを高いレベルに引き上げることで、箱根駅伝・山の神の神野大地ではなく、『マラソンの神野大地』として、生きていきたいと思います」

 2週間前に足を痛めて万全ではない――しかし、初マラソン初優勝、日本国内記録(2時間6分51秒:藤田敦史)と初マラソン記録(2時間8分12秒:藤原正和)の突破、そしてMGC出場権が懸かっている。

 12月3日、神野らしい派手な記録ラッシュで、結果を出すことができるか―――。

◆【密着ルポ】神野大地は福岡国際マラソンへ、どんな調整をしているか?>>