世界中を魅了したファーストレディのジャッキーことジャクリーン・ケネディ。近年では、映画『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』でナタリー・ポートマンがジャッキー役を熱演し、TVミニシリーズ『ケネディ家の人びと』ではケイティ・ホームズがジャッキーを演じるなど、未亡人となった後の生活がクローズアップされるように。

1963年のケネディ元大統領暗殺から5年後、ジャッキーはギリシャの海運王アリストテレス・オナシスと再婚。当初はアメリカ国民のひんしゅくを買ったものの、オナシスが1975年に他界すると、ジャッキーは再び未亡人に。

伝説の元ファーストレディ、編集者としての第2の人生

<TOWN&COUNTRY>によると、ジャッキーはその後、子どものキャロラインとジョン・ジュニアと共に、マンハッタンのアパートで暮らし始めたそう。メディアは相変わらずジャッキーを社会的アイコンに仕立て上げ、執拗に付きまとったけれど、彼女はその名声を歓迎せず、いつも迷惑がっていたのだとか。当時18歳のキャロラインがロンドンに留学し、15歳のジョンが寮制の名門校に入学すると、ジャッキーは友人たちの目から見ても明らかに孤独そうで、落ち着かない様子だったとのこと。

そんなジャッキーを見兼ねた友人らは、彼女に出版業界で働いてみたらどうかと提案。実はジャッキー、もともと本の世界に縁があった人物。幼少期から大の読書好きで(なんと6歳でチェーホフを熟読!)、執筆の才能もあり、母親は彼女がいつか小説を書くだろうと期待していたそう。大学で執筆したエッセイ集は、なんと『ヴォーグ』誌のパリ賞を受賞。大学卒業後の数年間は『ワシントン・タイムズ・ヘラルド』紙でカメラマンを務め、ファーストレディ時代にはホワイトハウスの修復工事に関する本の制作に携わり、活字の書体まで選んだそう。後に、ケネディ元大統領のスピーチライターだったセオドア・C・ソレンソンが、ケネディについて書いた本の原稿を早い段階で読んで欲しいとジャッキーに頼んだところ、彼女は色々とアドバイスをし、文章を読みやすくしただけでなく、タイプミスまで修正したというエピソードも!

伝説の元ファーストレディ、編集者としての第2の人生
ファーストレディになる前の独身時代に『ワシントン・タイムズ・ヘラルド』でカメラマンを務めるジャッキー。

1975年、当時46歳だったジャッキーは思い切って、知り合いのヴァイキング・プレス社社長トーマス・ギンズバーグに相談を持ちかけることに。ギンズバーグはジャッキーを採用することに意欲的だったものの、ポジションについては悩んだそう。才能やスキルがないわけではないけれど、何しろ編集者としての仕事経験もトレーニングもない。そこで、ジャッキーをコンサルティング・エディターとして採用することを決意。初任給はわずか週200ドル(当時の為替相場で約6万円)。そうしてジャッキーはいよいよ出版業界でのキャリアを再開することに。

伝説の元ファーストレディ、編集者としての第2の人生
ジャッキーとトーマス・ギンズバーグ、1975年。

ヴァイキング・プレス社で仕事に没頭したジャッキー。他の社員と同じように自ら電話にも出たし、コピーも取るし、コーヒーも煎れ、書類や原稿を確認しながらタバコまで吸うことも。それは彼女が、皆と同じ扱いを受けることを望んでいたから。在職中にジャッキーが獲得した版権は、歴史、美術、文化など、彼女の関心を反映したものが多く、最初に手がけたのは、『Remember the Ladies』と題した本で、アメリカ建国200周年を記念する巡回展向けに制作され、18世紀アメリカの女性の役割を描いたものだったそう。

その後、ヴァイキング・プレス社が、ケネディ元大統領の弟であり、存命中だったエドワード(テッド)・ケネディに対する暗殺計画の場面を含む小説『Shall We Tell the President?(大統領に知らせますか?/原題訳)』(ジェフリー・アーチャー著)を出版し、出版への関与を巡って世間やケネディ家がジャッキーに疑惑の目を向けたことをきっかけに、彼女は同社を辞職。ダブルデイ社の編集者として再就職することに。

ダブルデイ社では、気分屋でときに非協力的なマイケル・ジャクソンを4年間にわたり説得して、『ムーンウォーク マイケル・ジャクソン自伝』の出版にこぎつけたジャッキー。自伝は50万部を売り上げ、1988年には<ニューヨーク・タイムズ>のNo.1ベストセラーに。同じく担当したバレエダンサーのゲルシー・カークランドの回想録『Dancing in My Grave(原題)』もベストセラー入りを果たしたそう。

伝説の元ファーストレディ、編集者としての第2の人生

ジャッキーの編集者としてのキャリアは、それからガンで亡くなる64歳までの19年間にわたって続くことに。フィクションとノンフィクションあわせて100冊近くの版権を獲得し、たくさんの作家を育てたジャッキー。彼女は、本の主役はあくまでも作家だと信じ、黒子に徹したそう。読者は、その本の版権を獲得し、編集したのが伝説の元大統領夫人であるという事実を知らないことが多いのだとか。作家たちは、彼女の真摯なサポートに感激し、見直しや表紙デザインについて、編集者として書いた上品かつ熱意ある彼女のレターを大事に保管していたそう。またジャッキー自身も、ガン治療中に原稿を読んでは、作家宛てにコメントを残していたなんて逸話も。

ジャッキーが応じた数少ないインタビューの中に、仕事に対する喜びをエピソードで言い表したものがあります。

「タクシーの運転手さんに『貴方は働かなくていいのに働かれるのですか?』って聞かれたことがあるわ。私が『そうよ』と答えると、彼は振り向いて『素晴らしいことだ!』って言ったの」

※この翻訳は、抄訳です。

Translation: Takako Fukasawa(Office Miyazaki Inc.)

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