起業して成功する確率を考えたことはありますか?(写真:baphotte / PIXTA)

思いきって起業すべきなのか、就職すべきなのか…

私のもとには、よく若い人たちがキャリアや進路について相談に訪れます。特に多いのが、「起業すべきかどうか悩んでいる」という相談です。

「自分で会社を作った場合、成功できる確率がどれくらいあるかわからない。だから思いきって起業すべきなのか、会社に就職すべきなのかを意思決定できない」というわけです。

そんなとき、私は決まって「大数(たいすう)の法則と期待値」について話します。「大数の法則」とは、確率論における基本法則の1つです。

拙著『孫社長にたたきこまれたすごい「数値化」仕事術』でも詳しく解説していますが、たとえばサイコロを振ると、最初のうちは「1」が何度も続けて出たりすることもあります。ところが、1万回や10万回振り続ければ、「1」が出る確率は理論値の6分の1へと近づく。つまり、試行する数が大きくなれば、理論値と実際にやった結果がほぼ同じになっていくということです。

一方の「期待値」とは、1回のトライアルで見込める結果です。サイコロを使ったゲームで、出た目の数に応じておカネがもらえるとしましょう。

金額は、「1」が1万円、「2」が2万円、「3」が3万円……と増えていきます。

大数の法則で考えると、6つの目が出る確率はそれぞれ6分の1です。この場合、「サイコロを1回振った結果、いくらもらえるか」の見込みは、次のように計算できます。


(出所)『孫社長にたたきこまれたすごい「数値化」仕事術』(PHP研究所)

この「3万5000円」が、サイコロゲームの期待値になります。

こうして期待値を把握すれば、自分がこれから行動した結果を、数字でイメージすることが可能になります。つまり「大数の法則と期待値」は、次に取るべきアクションを意思決定するための判断材料になるのです。

「起業して成功する確率とその期待値」を計算すると?

では、「起業すべきかどうか」という悩みを、「大数の法則と期待値」に当てはめて考えてみましょう。

大数の法則を理解すれば、「起業後に成功する確率とその期待値」は簡単に計算できます。

日本で1年間に起業する会社の数は、2012年から2014年の年平均18万0429件です。年によっては、20万件を超えることもあります(中小企業庁 2017年版「中小企業白書」より)。

一方、新規に株式を上場した会社は、2016年でわずか83社。東証1部・2部だけでなく、マザーズやジャスダックを含めての数です。つまり、「起業して成功する=株式公開する」と設定した場合、大当たりする確率はおよそ「80件÷20万件=2500分の1」となります。

よくベンチャー投資の世界では、「せんみつ(1000のうち3つしか当たらない)」と言われますが、実際はそれよりもずっと確率が低いということです。「期待値=起業した場合に見込める結果」を計算してみましょう。

ベンチャー企業が株式公開する際、その多くが企業評価額は100億円ほどです。オーナー社長が株式を51%保有するとして、資産総額は51億円。先ほどのサイコロゲームに当てはめると、「当たりの目が出たら、51億円もらえる」ということです。

では、ここから期待値を導き出すと、どうなるか。

答えは、「51億円×2500分の1=約200万円」です。実際に起業して株式公開しても、社長が手にできる資産は、たった200万円しか期待できないということです!

しかも、自己株ですから、使うために現金化できるのはそのうち何割もいかないでしょう。つまり、数十万円の現金収入の期待値にしかなりません。

一方、企業に就職した場合は、どうなるでしょうか。国税庁の民間給与実態統計調査によれば、民間企業に勤める人の平均年収は、ここ10年ほどは400万円から420万円の間で推移しています。

仮に年収400万円がもらえるとして、10年間辞めずに働けば、得られるおカネは4000万円。この時点で、期待値は起業した場合の20倍に達します。

もし給与水準の高い大企業や有名企業に就職すれば、さらに高い期待値を見込めます。上場企業約3000社の平均生涯年収は、2015年の調査で2億1785万円。上位10社に限れば、平均生涯年収は4億円を超えています。

200万円vs.2億円。

この比較を見れば、ベンチャー企業を創業するという選択は、極めて期待値が低いことがわかります。

大数の法則が働く域を超えれば、起業も選択肢に入る

では、起業をあきらめて就職するしかないのかといえば、そうではありません。期待値を知ることは、あくまで「一般的なやり方をしていたら、こうなりますよ」という1つのシナリオを確認する作業にすぎません。

それを理解したうえで、「大数の法則を脱して、自分で成功の確率を上げるにはどうすればいいか」を考え、「これなら期待値を大きく超えられる」と確信できたら、起業する道を選択すればいい。私はいつも若い人たちに、そうアドバイスしています。

サイコロを振って「1」が出れば勝てるゲームがあるとして、一般的な勝率は6分の1です。でも、「1」の面が2つも3つもあるサイコロを作れば、勝率は2倍、3倍と上がります。あるいは、サイコロを変形させて「1」が出やすくなる細工をすれば、勝率をさらに上げることができるかもしれません。つまり、ほかの人が普通のサイコロを振っている中で、自分だけが「1」の出やすいサイコロを振れば、大数の法則が働く域を超えられるということです。

これを起業に当てはめるなら、会社を作ったときに有利になるスキルや経験、資金や人脈などを得ることで、「1」の目が出る確率をどんどん上げていくことができます。

これらをすでに学生時代に得ているなら、就職せずにいきなり起業するという選択肢もあるでしょう。自分はまだ有利なサイコロを手に入れていないと思うなら、いったん企業に就職して経験を積んだり人脈をつくったりして、「これなら勝てる」と思える時が来たら起業する、という選択肢も見えてきます。いずれにしろ、重要なのは「今の自分は大数の法則を脱し切れているか」を正しく見極めて意思決定することです。

この"サイコロの変形"という戦略を徹底しているのが、誰あろうソフトバンクグループの孫正義社長です。

有利なサイコロを振るには、自分が成長ドメインにいることが必須である――これが孫社長の揺るがぬ基本理念です。自分たちがいる市場そのものが成長していれば、それだけ当たりの目が出やすいからです。

孫社長がIT分野を選んだのは、「ムーアの法則」に従ったからです。これは、「半導体の集積密度は、1年半から2年で倍増する」という経験則です。

インテルの共同創業者であるゴードン・ムーアが1960年代に唱えたものですが、現在に至るまでこの法則は破られることなく、ITの世界では技術革新が続いています。インターネットとモノをつなげたIoTが登場したように、IT技術がカバーする範囲は広がり続ける一方です。だからこそ、孫社長は「IT業界は永続的に発展する」と確信し、ソフトバンクがこのドメインに居続けることにこだわるのです。

2016年には、ソフトバンクが英国の半導体設計会社のアームを3兆3000億円という過去最大規模の巨額で買収したことが話題になりました。これももちろん、将来にわたって成長ドメインに居続けるための戦略です。

今後のIT業界で最も大きな市場拡大が見込まれるのは、やはりIoTです。コンピュータやIoT分野においては、デバイスの開発に約2年かかりますが、そのスペックを決めているのは半導体設計会社です。よって、アームを手に入れれば、この業界の2年先が見通せるということになります。勝負に勝つために、これほど有利なサイコロはありません。

勝率の高いゲームしかしていない

アームの買収に限らず、孫社長はつねに「先を見通すための情報」を手に入れることで、サイコロを自分にとって有利な形に変えてきました。

ソフトバンクがいち早く米国のヤフーと組むことができたのは、当時米国最大のIT情報メディア企業だった「ジフデービス」や、世界最大規模のコンピュータ見本市だった「コムデックス」を買収し、業界の最新情報が自分の手元に集まってくる体制を作ったからです。

だから、まだ創業間もなかったヤフーの存在を知ることができたし、先物買いで出資する決断もできました。これは要するに、「サイコロのどの目に賭ければ儲かるか」を先読みできてしまうということです。

アームの買収額の大きさに世間は驚きましたが、あれも孫社長にとっては「期待値をはるかに超える」という確信があってのこと。支払った3兆3000億円を超える結果が得られるとわかっているから、「安い買い物だった」と本気で言えるのです。

もともとIoT分野は年15%の成長が見込まれているうえに、その中にいるどのプレーヤーよりも有利な条件でサイコロを振ることができるのですから、孫社長が持っているサイコロは、6面のうち4面や5面が当たりの「1」が出る仕掛けになっているようなものでしょう。

ソフトバンクは外から見ると無謀なチャレンジをしているように思われがちですが、実はものすごく勝率の高いゲームしかしていないのです。


このように、「大数の法則と期待値」は、大きな意思決定をしなくてはいけない場面で役立ちます。起業の判断だけでなく、たとえば自社で新商品を開発する場合にも、将来起こるシナリオを想定することができるはずです。

過去の経験から見て、自社の新商品が成功する確率は10%、同じジャンルで売り上げトップの商品の販売実績が10億円前後だとします。

すると、この場合の期待値は、「10億円×10%=1億円」となります。

こうして数値を把握すれば、未来を具体的にイメージできます。また「期待値が1億円なら、予算はいくらかけていいか」といったコスト計算の目安もできます。もし「1億円では少なすぎる」と思うなら、「売り上げを10億円にしてトップを獲得するには、サイコロをどのように変形させればいいか」という戦略も考えられるでしょう。

「大数の法則と期待値」は、不確実な未来を想定し、自分にとって都合よくコントロールするための道具になるのです。