「人間はAIに仕事を奪われる」

 この1年でこういったテーマの記事を頻繁に目にするようになった。直近でも、みずほ銀行はIT化により今後10年で1万9000人削減をする方針を打ち出した。三菱東京UFJ銀行はAI化により今後9500人の仕事を削減するとのこと。

 また、AI化の流れに追い打ちをかけるかのように、米IBMは2017年11月よりAI:ワトソンを無期限で試用できるサービスを開始した。

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AIを本気で心配し始めた経営者たち

 私は経営心理士、公認会計士、税理士として経営を数字と心理の両面から改善する仕事をしているが、その中で4年程前からAIが台頭した時代のキャリア戦略について講演をさせていただいている。

 当時、この講演を聞かれた方々の反応は、「そんなSFみたいな時代が来るんですね。面白い!」というものだった。私は警鐘を鳴らしているつもりではあったが、そんな時代が来るのは遠い将来のような感覚で聞いておられた。

 最近になってこのテーマで人前でお話しする機会はさらに増えたが、聞かれる方々の反応は明らかに変わってきている。

 「面白い!」から「ヤバい」へと。

 特に経営者や士業の方はその反応が顕著だ。多くの経営者や士業の方々は、今後、AIの普及によって今のビジネスモデルが成り立たなくなるのではないかという強い危機感を抱き始めている。

 こういった状況を象徴するかのように、M&Aの仲介をやっている知人からこんな話を聞いた。最近、M&Aの成立件数が急増しているとのこと。

 会社を買いたいという買い案件はこれまでもたくさんあったが、会社を売りたいという売り案件がなかなか出て来なかった。ところが、この1、2年で売り案件が急増しているため、M&Aの成約件数が伸びているという。

 売り案件が急増している理由は、今は儲かっているが5年後もビジネスを続けられているかどうかは全く読めないので儲かっている今のうちに会社を売っておきたいという社長からの売却希望案件が急増しているからだという。

 この話を聞いて私はぞっとした。儲かっている自分の会社を売ってしまうほどに、AIなどの台頭による今後の環境の変化を脅威に感じている経営者が増えているのだ。

 少子高齢化が進む日本では今後、労働人口が不足する可能性が高いため、その不足をAIや機械を活用して補っていく必要があるが、その労働人口不足を補う以上のスピードでAIや機械の発達は進んでいくだろう。

 そして、これからの時代は多くの分野で人間の仕事がAIや機械に取って替われていく。近年では、スイスやハワイなど、すべての国民に対して生活に最低限必要な所得を無条件に給付するベーシックインカムの導入を検討している例が出てきている。

ベーシックインカムは楽園を実現させるか

 フィンランドでは実験的に導入を始めており、日本では先の衆議院選挙においてはベーシックインカムの検討を政策として掲げている党もあった。

 財源の問題から実現可能か分からないが、仮にベーシックインカムが導入されれば国民は仕事をしなくても生活していけるだけの収入が確保でき、仕事はAIや機械がすべてやってくれるようになる。

 もしそうなれば人間は仕事から解放され、楽園のような時代が来る。そんな見方もある。

 ただ、これはある意味、地獄の始まりとなるかもしれないと私は感じている。仕事は収入を得るということ以外にも多くの意義を持っている。例えば、

(1)人から感謝され自分を受け入れる機会を得られる。
(2)心身を健全に保つ。
(3)責任をもたらすことで人を成長させる。
(4)社会との接点をもたらす。

 といったことが挙げられる。人間は、人から感謝されたり、何らかの形で人や組織、社会の役に立てていると実感できたりすることで、自らの存在価値を見出し、自らを受け入れることができるといった基本的な性質を持つ。

 書籍「嫌われる勇気」(ダイヤモンド社)で一躍有名になった心理学者のアルフレッド・アドラーは、自分を受け入れること、他者を信頼すること、他者に貢献することは相互に影響し合っていると言っている。

 他者に貢献することで「自分は誰かの役に立っている」と実感することができ、ありのままの自分を受け入れることができる。ありのままの自分を受け入れることで、裏切りを怖れることなく他者を信頼することができる。

 他者を信頼し自分の仲間だと思えることで、他者に貢献することができる。この自己受容、他者信頼、他者貢献の3要素は循環する関係にあるという。

 現代社会では多くの人が仕事を通じて「自分は誰かの役に立っている」といった実感を得ることができ、それによって意識的あるいは無意識的に自らに何らかの存在価値を見出している。

心身の健康には適度なストレスが必要

 「お仕事は何をされているんですか?」と聞かれた際に答えられる仕事があることで自らの存在価値を少なからず感じる瞬間があるのではないだろうか。

 また、心身ともに健全な状態を保つためには適度なストレスは必要とされている。仕事を通じて適度な緊張感を持つことは、生活にハリをもたらし、それがモチベーションや活力源となる。

 それから、金額がいくらであれ、お客様から対価としてお金をもらった時点で、プロとしての責任が生じる。責任というとネガティブなイメージが強いかもしれないが、この責任が人を成長させる。

 人間は苦手を克服してできないことができるようになりたい、自らの可能性をさらに伸ばしたいといった成長欲求を本能的に持っていると言われている。

 仕事を通じてプロとしての責任のもと、経験を積むことは人の成長を促進させる。ベーシックインカムとしてお金をもらうことと、仕事の対価としてお金をもらうこと。人間の成長を考える上でこの両者には大きな違いがある。

 そして、仕事は社会との接点をもたらす。仕事がなくなると、社会との接点が急に少なくなる方も多いのではないだろうか。

 定年退職された方とお話ししていると、社会との接点を維持するため「お金はいらないから仕事が欲しい」と言われる方も少なくない。

 仕事がなくなるということは、こういった機会を得られなくなるということである。これはじわりじわりと人間の心身を蝕んでいく。

 私は職業上、経営者との繋がりが多いことから様々な経営者とお会いしてきた。その中には1人で起業して、何もしなくても月に数百万円の収入が入ってくるようにインターネット上の仕組みを作った方も何人かいる。

 収入の悩みからは解放され、1人で仕事をしているので、他の従業員に気を遣うこともない。好きな家に住み、好きな車に乗り、好きな物を食べ、朝は起きたい時間に起き、夜は毎晩のように豪遊する。

 傍から見れば正に成功者と言えるような生活かもしれない。ただ、彼らの例で言うと、こういった生活は長くは続いていない。

収入の悩みから解放され鬱病に悩む

 「こういう生活は半年もしないうちに飽きる。そして、そこからだんだん生きている実感みたいなものがなくなっていく。日々、漠然とした憂鬱さがあり、何のために生きているんだろうという疑問が湧いてくる」

 中には鬱病寸前の状態になり、心療内科に通っていた方もいる。そして、また何かの仕事を始めるようになる。

 その目的は生活するための収入を得るためではなく、それ以外の仕事が持つ意義を得るためである。

 今後、もしAIや機械に仕事を奪われる人が増えていけば、格差はますます大きくなっていくだろう。

 そういった状況になれば、ベーシックインカムの導入を公約で掲げることは選挙で勝つための必須条件となり、公約を実現する形でベーシックインカムが導入される時代が来るかもしれない。

 そうなると、AIや機械に仕事を奪われても何の問題もないと考える人も出てくるだろう。ただ、上記の通り、仕事から得られるものはお金だけではない。

 こういった点も踏まえ、仕事をすることが持つ意味と、今後、人間にしかできない仕事とはどういった仕事なのかを真剣に考えなければいけない時が来たように思う。

筆者:藤田 耕司