"9条"と同時に改憲すべき"76条"とは何か

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衆院選の改憲勢力大勝で、「憲法9条」の改正が動き出しつつある。改憲の是非はともかく、もし9条を改憲して「国防軍」を規定するのであれば、軍事裁判所の設置を禁じた76条の改正も必要だ。防衛ジャーナリストの芦川淳氏は、「軍事裁判所の規定がないまま、危害行為の許される軍人の管理はできない」と指摘する。日本は有事に備えられているのか――。

■自衛隊を「軍隊」として認めるならば……

周知のように第46回衆議院選挙は与党勢力の圧勝となった。自公だけで313議席を確保し、選挙前と同様に憲法改正の国会発議に必要な3分の2(310)の議席を維持。一方の野党は最大野党となった立憲民主党ですら55議席と、戦後の野党第一党としては最小サイズを記録した。参議院でも、自公・維新・こころと無所属議員を合わせた改憲勢力は発議に必要な162議席を上回って165議席となっている。

というわけで、今後は希望の党、立憲民主党、民進党のゴタゴタが続くなか、急速に憲法改正への動きが加速すると予想している。なにしろ現憲法は70年以上に渡って修正されていない。欧米先進国はもちろん、韓国や中国、台湾といったアジアの主要国でも、憲法は必要に応じて内容が見直されて来た。そうした世界の標準からすれば、日本の状況は特異というほかない。

改憲に前向きな勢力によって衆参両院の3分の2の議席が占められているという現状は、議席数を通じた民意の反映と考えるべきだろう。国家の基本法である憲法の内容を吟味し、必要に応じて磨き上げていくのは、民主主義国家において国民の義務といえるはずだ。

では、現憲法において修正を要する部分はどこか? もちろん筆頭に位置するのは憲法9条に違いない。主権国家である以上は、外国からの干渉を政治力や外交力のひとつとして実力をもって排除できる態勢が必須で、軍隊はそのために存在している。

筆者は自衛隊報道の専門家であるが、自衛隊の組織は軍隊そのものであることを承知している。都合上、それを自衛隊と呼んでいるだけで、機能はまったくの軍隊である。これを曖昧な形で放置せず軍隊として認め、国民の安全と世界平和のために役立てるのは、恥ずべきことでもなんでもない。これが修正憲法9条の核となる考え方だ。

■なぜ憲法76条の修正が必要なのか

実際のところ近年の世界における安全保障は集団安全保障が柱となっており、国連あるいは北大西洋条約機構(NATO)がその牽引役を務める。そのような平和維持の体制に日本の軍事力を提供するのは、いわば「力の政府開発援助(ODA)」であり、各国もそれを望んでいる。それを鑑みて修正憲法9条は、憲法前文の理念と併せて侵略戦争の放棄を掲げ、同時に軍事組織である国軍の規定とその用法(自衛および世界的集団安全保障への参画)を挙げればいいだろう。細かい規定は憲法とは別に、2013年に閣議決定された「国家安全保障戦略」を、国防基本法へと昇華させればいい。

そしてこれが重要なのだが、憲法9条と併せて憲法76条の修正も必要となる。現行の憲法76条は特別法廷=軍事裁判所の設置を禁じているが、修正憲法9条において国軍の存在を認めるのなら、その法的な根拠と行動の制約の双方を担保するため、軍刑法の制定と、それに基づいて軍人を裁く軍事裁判所の設置が必須となるからだ。軍刑法とは軍人・軍属と捕虜の犯した軍事犯罪についての処罰を定めた法律のことで、軍法とも呼ばれる。

■軍人を守るためにも、縛るためにも軍法が必要

例えば、自衛官が山陰地方の沿岸部をパトロールしていたところ、海中から某国の特殊部隊兵士と認識できる数人が出現したとしよう。ご丁寧にも、小脇にはサリンと書かれたボンベを抱え、目が合った瞬間に彼らはこちらへと銃を向ける……。世界基準で言えば、ここは撃たなければならないシーンである。

しかし、わが国の現行法制下においては、自衛官は警察官職務執行法を援用する形でしか対応できない。威嚇に続いては正当防衛射撃しか認められず、武器防護等の規定を用いたとしても先制射撃は難しい。

世界の実戦の場では、警告に続く先制射撃によって無力化し、安全を確保することがスタンダードな手法である。イラクやシリアでもそれが常識だ。例えば爆弾を満載した車両によるテロ攻撃は、自陣のはるか手前でショットダウンさせないと爆発に巻き込まれるため、常に先手を打った処置が必要となる。

ところがわが国では、自衛官がそれを実行した場合には刑事と民事の両方で訴追される可能性があり、イラク派遣の際にはイラクとの間で地位協定を結んだ。国内においては、軍としての活動を妨げないためにも、軍法という特別な法体系による軍人の保護が必要である。

一方で軍事裁判所には、軍法の定めによって軍人を厳しい管理下に置くという役割もあり、これは国家によって危害行為を許される軍人への戒めとして欠かせない。諸外国における軍法違反への処罰は厳しく、死刑制度のない国であっても軍法会議(軍事裁判)の裁決によって死刑に処せられることもある。米海兵隊では、事件を起こした兵士が軍法によって不名誉除隊となった場合、退役軍人としての地位は失われ、社会的落伍者の扱いを受けるという。

また、わが国が戦闘地域となった場合や、暴動が頻発するなど極度の政情不安に陥った場合に備える意味でも、国軍とセットになった軍事裁判所の設置は重要である。諸外国では戦争や大規模騒乱、自然災害などで国内の行政と司法が麻痺した場合、政府が戒厳令を布告し、軍の指揮下において臨時に行政と司法を執行して秩序維持と国民の保護を行うのが一般的である。だが、現行の日本国憲法では、憲法76条の規定によってこれが困難であり(最高裁判所の下に権限を限定した軍事法廷を置くことも可能とする説もあるが、最高裁判所が機能停止した状態では難しい)、つまり戒厳令レベルの非常事態には対処する術がない。もし現行法制下においてそのような事態が生じれば、全般的な法秩序の維持だけでなく、自衛隊の隊規維持も困難になるだろう。

■朝鮮半島有事で想定される国内リスクに備えよ

ちなみに現憲法下でも、1948年4月に1度だけ戒厳令(非常事態宣言)が発令されたことがある。これは兵庫県と大阪府を中心に共産系・朝鮮系のグループが大規模な騒乱を起こしたもので、阪神教育事件として知られているものだ。この大騒乱のなか兵庫県軍政部は非常事態を宣言し、兵庫県警はすべて米軍憲兵司令官の指揮下に入って、米軍憲兵と共にテロ集団の検挙にあたった。しかし、これは当時のわが国がまだ連合国による軍政下にあったから可能であったことで、現在ではあり得ないことだろう。

今後、朝鮮半島で戦乱が生じた場合、後方撹乱(かくらん)の一環として日本国内で発生する大規模なテロ、武装難民の日本上陸など、極めて危急な治安維持上の問題が生じる可能性が高い。ミサイルよりもむしろこちらのほうが、わが国の一般市民にとって危険度が高く警戒を要するのだが、現憲法下では憲法76条が足かせとなって、現実的な対応ができない状況にある。

改憲というと憲法9条の話題ばかり目を引くが、実は憲法76条の修正こそ、真のゴールラインであると認識すべきだろう。

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芦川 淳(あしかわ・じゅん)
1967年生まれ。拓殖大学卒。雑誌編集者を経て、1995年より自衛隊を専門に追う防衛ジャーナリストとして活動。旧防衛庁のPR誌セキュリタリアンの専属ライターを務めたほか、多くの軍事誌や一般誌に記事を執筆。自衛隊をテーマにしたムック本制作にも携わる。部隊訓練など現場に密着した取材スタイルを好み、北は稚内から南は石垣島まで、これまでに訪れた自衛隊施設は200カ所を突破、海外の訓練にも足を伸ばす。著書に『自衛隊と戦争 変わる日本の防衛組織』(宝島社新書)『陸上自衛隊員になる本』(講談社)など。

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(防衛ジャーナリスト 芦川 淳)