健康のために意識的に野菜をたくさん摂取しようとしている人は多いと思う。厚生労働省では「野菜の1日の摂取量の目標を350グラム」としている。

 350グラムの野菜というのは、量が多すぎて毎日摂取するには、なかなかに難しい目標値だ。キャベツの千切りでは、図1の量になる。

 そのうえ、厚労省では緑黄色野菜120グラムとそれ以外の野菜230グラムを摂ることを推奨している。

 実は、この350グラムにはさしたる根拠(evidence)がないことはよく知られている。

 もともと動物性蛋白質と脂質を豊富に摂取する習慣のある米国には、400グラム程度の野菜を摂取するとバランスが取れるだろうし、健康的だろうという研究がある。

図1 キャベツ350グラム。こんなに食べたら、これだけでお腹いっぱいになる


(* 配信先のサイトでこの記事をお読みの方はこちらで本記事の図表をご覧いただけます。http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/51724)

 それが発端で、我々日本人は動物性蛋白質や脂質の摂取量が比較的少なく、毎日280グラム程度は野菜を摂取しているから、350グラムくらいが妥当ではなかろうかということになったということだ。

 食の欧米化が進むと言われる我が国において、そのバランスの取れるであろうという推定量を推奨したために、いつの間にか「野菜350グラム摂れば健康になる」という神話が成立してしまったようだ。

 何かにつけて「○○で健康」とか、「○○で安全」という単一的で取り組みやすいものに飛びつき、すぐに忘れさるという我々の国民性を反映していると言えなくもない。

 この350グラムという目標値、知っている人もいれば知らない人ももちろんいるし、知っていても摂取しようとしない人も、摂取できない人も、忘れてしまっている人も大勢いる。

 栄養学科の教授をしている私は、この350グラムについて講ずることがあるが、いつもどう伝えるべきか悩んでいる。

 教科書にも350グラムという数値はもちろん示されているし、地域栄養では住民に積極的に野菜を摂取するように勧奨しなさいと記されている。

 根拠の乏しい、いわば三段論法のような目標値を、彼ら・彼女らは、数年先に患者さんに推奨していくことになるのだから、「EBM(evidence based medicine)こそ絶対」という教育を受けた私は迷うわけだ。

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長寿県長野と健康長寿県愛知

 男女ともに平均寿命日本一はいうまでもなく長野県で、特に男性の平均寿命は10年以上その座を譲ったことがない。

 野菜摂取量は長野県の男性が、何と374グラムと、少し無理があるやに思える厚労省の350グラムという目標値を上回っている。

 愛知県の男性は243グラムで全国最下位の野菜摂取量、平均寿命は17位と中位である(表1)。このデータに慌てた農業県愛知の行政は、種々に分析を試みている。

 「山に囲まれた長野県と違って、愛知の農産物は東京で消費される」あるいは、「愛知県は工業が発達し、所得が高いので外食の機会が多い」などだ。

 そうすると、「350グラムに根拠がないわけじゃないじゃないか」と、栄養学者の方々には言われそうだが、ことはそう簡単ではない。

表1. 1日当たりの野菜摂取量

 図2は、私が講師をしている諏訪中央病院付属看護専門学校の生徒らが、2016年度に調査し、まとめたものに一部加工修正を加えたものだ。

 この表で明らか通り、野菜摂取量日本一の長野県の男性は平均寿命も第1位、野菜摂取量最下位の愛知の男性の平均寿命は第17位で中の上というところ。

 2県だけの比較なのではっきりとは言えないが、野菜摂取量と平均寿命に、さほど強い関係がないように思える。

 さらに驚くべきことに、健康寿命を比較すると、愛知と長野は逆転してしまうのだ。「健康のために野菜を毎日350グラム摂取しましょう」は、ますます怪しくなってきた。

 研究というのは面白いもので、研究者の専門領域に引きつけて結論を出そうとするので、都合のいいデータとそうではないデータは扱い方が違う。

図2. 愛知県と長野県の野菜摂取量および健康指標等の比較

 メンデルは、栽培している自家農園のえんどう豆から、遺伝の法則を発見したが、きれいな数字を出すために、都合の悪い豆は捨てていたという有名な話がある。

 最近では、大学などの研究機関において、毎年度「研究倫理」の研修会があり、そういう行為は行われにくい方向に進んではいる。

 しかし、地面に落ちているえんどう豆に重力の法則が働いていることは知らなくても、遺伝の法則には関係がないのと同様に、野菜摂取量と平均寿命だけを比較して、他の要素を省いてしまえば、やはり野菜摂取量と平均寿命には相関がありそうに見えても仕方がない。

 最もたくさん野菜を摂取する長野県の男性は、平均寿命は日本一長いのだが、健康寿命では6位に下がってしまう。逆に、野菜を最も摂取しない愛知県の男性の健康寿命が日本一なのだ。

 同じく図2を見ると、脳血管疾患の死亡率については、愛知県4位、長野県はなんと45位と最下位に近い。

 いつまでも元気で、農作業に従事し、野菜をたくさん摂取して長寿を謳歌しているという、長野県の一般的イメージと少し違うことが見えてきそうだ。

 「○○で健康」「○○で元気」という、単一的陽動作戦に、近視眼的に見事にはまっていく我々は、もう少し俯瞰的にものを見る癖をつける必要があるように思う。

 健康長寿の秘訣は、「適切な栄養摂取」「程度な運動習慣」「ストレスレスの生活」の3本柱だと言われるが、ついついどれか1つの、しかもその簡単なある部分だけを取り上げて、そこに結論を結びつけようとしてしまいがちである。

 そこに宣伝的要素が加わると、それはさらに大きな効果をもたらしてしまう。

 バナナ、ココア、ゆで卵、リンゴ、飲尿健康方法などがそうであったように、日常生活とは縁の遠いところで、手軽な方法に極端に走り、すぐに忘れ去るという我々の国民性に注意しながら、複数の種々のデータを比較してみる必要があると思う。

図3. 野菜摂取量、塩分摂取量、脳血管疾患死亡率の比較

 図3は、野菜と塩分の摂取量および脳血管疾患死亡率の順位を比較したものだ。野菜摂取量と生徒たちが実際に聞き取り調査した際の内容と一致している。

 野菜をたくさん摂取する長野県の人々は、「健康的」に、「生か温野菜」で摂取する機会が多く、その際の調味料は、塩、醤油、マヨネーズ、ドレッシング、味噌マヨネーズなどを利用する。

 つまり野菜の摂取量が増えれば増えるだけ塩分の摂取量が増えてしまうのだ。

 かつて、諏訪中央病院の所在地である長野県茅野市を中心に「減塩運動」が活発に行われて、人々の行動変容に結びつき、脳血疾患を劇的に減少させた。

 ところが、現在は、「野菜摂取=健康」という新たなレトリックにより、せっかく減少させた塩分摂取を再び増加させてしまっているのだ。

 「脳卒中で死なない町」「サンキュー・グッバイと言って死ねる町」、つまり健康長寿の実現のために、1970年代から鎌田實医師を中心として展開した運動が、別の健康志向によって振り出しに戻りつつある。

 塩分たっぷりの野沢菜に醤油をかけて食べていた長野県の人々に、「野沢菜を食べるな」と言うのは、無理な話だし、伝統や生活習慣をよそ者が蔑にする行為で、誰も従わなかっただろう。

 「野沢菜は生姜の葉と芋を入れて薄塩で漬けて、食べるときには鰹節とおろし生姜をかけて食べるとなお美味しい」と、夜な夜な公民館単位で説いて回って、住民の行動変容を促してきた。

 私の母親も秋になると近所の奥さんたちを集めて、美味しい「野沢菜わさび」の漬け方を教えていたことを覚えている。

 塩分濃度が高すぎて、具材が浮きそうな味噌汁が、お湯で薄めたかのように劇的に変化したことも覚えている。

 まず、減塩を勧め、運動習慣を持つことを勧め、趣味や楽しみを見つけましょうと、全国の自治体では健康的な生活習慣勧奨するが、もっと広範囲な種々の調査を基にした、その地域に合った生活改善の勧奨が必要なのだと思う。

図4. 運動とストレス比較

問題は塩分だけなのか?

 健康長寿の3本柱「適切な栄養摂取」「程度な運動習慣」「ストレスレスの生活」を少し眺めてみよう。

 愛知県の人々は長野県人々よりもよく歩く。長野県の人々の歩数が少ないのは、一家に3台と言われる自動車の普及にほかならない。

 しかし、県民の自動車保有数日本一の富山県民は平均歩数で18位なので、歩数が少ない原因が自動車の普及率だけではないことが分かる。地形や人口密度等も関係しているのだろう。

 愛知県の場合、注目すべきは横断歩道と歩道橋の数が優れて多いことだ。

 都市部と農村部をすべて含んだ数値の比較なので、これだけで愛知県の健康長寿の理由づけにするわけにはいかないが、何の目的で、どこへ歩いているのかが気になるところだ。

 「健康のために歩こう」と行政が躍起になって宣伝しても、そう簡単に行動変容は起きるものではない。私は週2回の筋トレを欠かさないが、それは健康のためではなく「スーツを格好よく着るため」という動機による。

 白人の文化であるスーツは、白人体系にならなければ似合わないと信じているからこそ、そして格好よく着こなしたいと思うからこそ、還暦の体に鞭打って極めてヘビーな筋トレに精を出している。

 これだけ交通機関が発達した現代、人々が歩くには、歩くことの必然性や歩くことの楽しみが必要だと思う。

 愛知名物コメダコーヒーが、全国展開して上場し、さらに店舗数を増やそうとしている。

 私は大阪在住だが、よくコメダコーヒーを利用する。コーヒーを注文すると、サラダ、ゆで卵、トーストがついてくる、いわゆる「名古屋のモーニング」を食べるためだ。

 店舗では、だいたい決まった席に決まった顔が揃っている。馴染みの人と楽しく過ごす時間、それこそ、そこへ行く必然性と楽しみの源泉ではないだろうか。

 高齢者にとってはなおのことだ。広い道路の横断歩道を渡り、道向かいのコーヒーショップまで歩道橋を渡り、バランスの良い朝食をゆっくりと、馴染みの人々と談笑しながらいただき、満足してまた帰路を歩く――。

 これは、想像でしかないが、このような日常生活も含めて、調査してみる価値は大いにあると思う。健康長寿はすべての人々の願いであろうから。

 今回は、長野県と愛知県の野菜摂取量と健康寿命の差に着目して調査したが、こうした全面的調査は、全国の基礎自治体レベルで実施されるべきだと考える。

 熊本県の天草の美味しい脂ののった魚を食べた高名な栄養学者が「だから熊本の人々の血中脂質が高いんだ」と言ったと、地元の保健行政関係者から聞いた。

 そうした単一的、短絡的な発想から逃れて、もっと各種エビデンスを集合させて健康を考える時期に来ている。

 2017年、今年生まれた新生児の平均余命は100歳だという。人生100年時代を自分らしく、自律的に、健康に過ごすために、多くの領域の学者が知恵を出し合う学際的研究が行われることを期待する。

 諏訪中央病院付属看護専門学校では、こうした社会医学の授業を行っている。スモールグループでテーマを決めて、実地調査を含めて調査研究を経験している。

 毎年度、目を見張る結果が報告され、正直驚かされている。

 こういう経験を持ち、地域を見る目をもった看護師が、地域包括ケアの中枢として機能してくれることを願っている。今回の調査を担当した2016年度Gグループの生徒たちの頑張りを誇りに思う。

筆者:鷹野 和美