スポーツが人々に与える感動は素晴らしいものですが、大学の現場では問題も生じています(写真:melis82 / PIXTA)

オリンピックなどの世界大会で多くの観客を魅了する選手、プロスポーツで国際的に活躍する選手などが、天性の才能の上に努力を重ねて繰り出すパフォーマンスが、見る者に与えてくれる感動はいまさら言うまでもない。その選手の中には、大学生や大学卒業生・大学院生が多く含まれている。しかし、現在の大学の運動部所属学生には、大学生とは名ばかりで、高等教育の場をはき違えている者が数多く存在する。

スポーツ推薦で入学した運動部の学生たち

ある大学の朝の光景である。1人の教員が、1限目の授業を行う教室に向かって廊下を歩いているとき、教室の後方入口の前で2人の学生が「おはようございまーす!」と大声であいさつをした。しっかりとあいさつができる学生は今時珍しい。礼儀正しくて、礼節をわきまえた学生ではないかと読者は思われるかもしれない。しかし、教員は「おはよう」と返しながらも、心の中では少し苦々しく思っている。

教室に入ると、授業開始5分前にもかかわらずあまり学生が来ていない。9時から始まる1時間目の出席率は、どの大学の、どの授業でもあまり芳しくない。しかし、この授業の出席率はその中でも特に悪い。なぜなら、スポーツ推薦で入学した運動部の学生が数多く履修しているからだ。

あいさつをした2人の学生は、大きなスポーツバッグを抱えて定められた席に着く。担当教員はまじめに授業を行い、出席も厳密に確認するタイプの教員なので、最初の授業で指定席を決めているのだ。自由席にして教室の前半分に空席が広がってしまうのを避けるため、また、気力のない学生を個別に注意しやすくするためである。

2人は席に着いた途端、スポーツバッグの中から菓子パンを取り出して食べ始める。彼らが所属している部活動はかなり強く、全国規模の大学リーグでも近年は新興の強豪として活躍している。部員は寮生活が義務付けられ、そこでは栄養に配慮した食事を毎食出している。しかし、食べ盛りの10代にとっては、2時間近くの朝練習でしっかりと体を動かした後は、まだまだ空腹でたまらないのだろう。この教員は授業中の飲食を許さないのを知っているので、講義が始まる前にものすごいスピードで食べている。

授業が始まった後から、ぱらぱらと学生が教室に入ってくる。全員スポーツウエア姿で、自分の席に着くと大きなスポーツバッグを机の上に置く。すきあらば、バッグの陰に隠れて寝るためだ。彼らの魂胆を理解しているこの教員は、バッグを床の上に置くようにその都度指示を出す。先の2人は間食を終えて、バッグを床の上に置いた。しかし、ノートなどの筆記用具は出されないままだ。そこで、教員は筆記用具を出すようにまた指示しなければならない。

大学に入学はしたが、大学生にはなっていない者たち

授業が始まって10分も経つと、何人かの学生のうなだれた後頭部が見えるようになる。ほぼ毎日、授業開始前と放課後から夜間までの長時間練習をこなしている身では、いくら若いとはいえ体に疲労が蓄積しているのだろうと同情はできる。しかし、大学に、しかも体育学部以外の学部に入ったからには一般教養や学部の専門教養などスポーツ以外の学びも行わなければならないのだ。

教員は授業をしながら「寝るな!」「起きろ!」という注意を繰り返していたが、恐れていたことが起こった。照明を少し落として15分間ほどパワーポイントを使って授業をした後、照明を元に戻してみると、あちこちに机やカバンに突っ伏して爆睡している学生がいるのだ。先の2人も完全に寝てしまい、しかも、1人の学生の口元からは机まで唾液が流れている。

早速、彼らを起こして唾液をふきとるように言ったが、「ふくものがない」と寝ぼけ眼で言う。仕方なく教員が持っているティッシュを貸して後始末をさせる。その間、1度体を起こしたほかの学生たちが再び寝落ちしそうなのにも気を配らなくてはならない。まるでもぐらたたきのようだ。

大学教員には授業中に寝ている学生を放置しておく人が多い。「いくら起こしても寝てしまうし、騒がしいわけではないのでまだマシ」と指導をあきらめてしまっているのだ。教員の指導の足並みがそろわないので、注意を繰り返すこの教員は、運動部学生からだけでなく顧問やコーチからも「口うるさいヤツ」と陰口をたたかれている。しかし、先に挙げたような学ぶ気のない学生の姿は授業の雰囲気を壊し、少数ながらも存在する向学心のある学生を失望させてしまう。教員として教育を重視するからこそ、口うるさく注意しているのだ。

生活のほとんどを部活動に費やし、ほかの勉強には興味・関心を示さない学生たちのことを「大学に入学はしたが、大学生にはなっていない者たち」と、この教員は断言する。スポーツの指導過程で顧問や先輩への礼儀を教えられていると思うが、なぜかそれが目上の人や教員への行動には拡大しない。あくまでも、自分の所属する部活動にかかわる世界だけのものととらえている学生が多いようだ。

冒頭に登場した教員にあいさつをした学生たちは、常識をわきまえているほうだ。授業を担当する教員とすれ違ってもあいさつせず、少し離れた場所にいる部活動の先輩には丁寧に大声であいさつをする運動部学生の姿は、キャンパス内でよく見られる。運動部学生は「あいさつがよくできるから」と就職の際に一部の企業で人気があるようだが、部活動を離れた場で、TPOに応じて心のこもったあいさつや対応ができる能力が身に付いているのだろうか。大学内での彼らの言動を見て、疑問に思う教員は少なくない。

昔から大学には運動部があり、東京6大学野球や箱根駅伝のように、大学間のリーグ戦や地域大会は人々の注目と人気を集めてきた。そのため、以前から勉強より運動を優先する学生はいただろう。また、スポーツが得意で体育系の学部に進み、将来何かしらの形でスポーツを仕事にしようとする学生もいつの時代もいた。

2020年の東京オリンピックを控えてスポーツへの関心が高まっている昨今、政府もスポーツ市場の拡大を成長戦略の大きな柱と考えている。その具体策の1つとして、アメリカのNCAA(全米大学体育協会)をモデルに、日本でも大学運動部間の連絡調整や管理、さらに、テレビ中継やグッズ販売、企業との共同研究等を通して収益を上げてスポーツ環境の整備等を行う新しい組織を来年には創設する運びとなっている。

学力や学習意欲もほぼ問わずに入学させている大学も…

この動きは大学の財政基盤の強化にもつながり、経営自体にもプラスになると考えられられる。人気のある大規模大学で、プロ野球球団の経営経験者を学長特任補佐に招くなどのケースが報道されてもいる。しかし、この動きに手離しで賛同してよいのかという疑問がある。すでに、メジャーな競技を中心に、スポーツを行っている高校生を、経営のために学力や学習意欲もほとんど問わず入学させている大学があることは暗黙の了解となっている(もちろん本人の希望もあるが)。

そうしたことが原因で、繰り広げられるのが冒頭の授業光景なのだ。これは、受験偏差値の高低を問わずに見られる「教育困難大学」の象徴的な場面だ。知名度があり入試難易度の高い大学でも、「自分がどの学部で何を専攻したか、運動部所属の学生の多くはわかっていないのではないか」と嘆く教員がいる。それほどまでに学問に対する姿勢は希薄なのである。

それまでの学習態度はともかく、大学入学後は入試のプレッシャーもなくなるので、スポーツも勉学も両方頑張ろうとする姿勢が可能であればすばらしい。しかし、現在の大学スポーツ界、特にメジャーな領域では、勉強時間をほとんど残さないほど熾烈な練習を課しているようだ。学問に関心を示さず、スポーツだけを行っている大学生が多数存在することを認めることは、大学だけの問題ではなく高校や中学の部活動や、勉強のあり方までも悪いほうに変えてしまっていると筆者は考える。次回は、この点について私見を述べてみたい。