エリートとはフランス語のéliteが由来で、「選び抜かれた人」という意味だ。

日本で言われる“エリート”とは、学歴が高く且つ年収の高い男性を指す場合が多い。

東京大学出身、世界的IT企業のアメリカ本社への転職が決まっている亮介は、まさに世に言う”エリート”。

そんな亮介が、日本に一時帰国している半年の間に、日本での婚活を決意する。

しかし、亮介の婚活はなかなか苦戦を強いられた。

港区女子・瞳や、ホームパーティーで出会った綾乃、サバサバ系女子・香奈とデートするが、亮介の理想とは異なった。

亮介の婚活はまだまだ続くー。




「よしっ。」

朝6時。履き慣れたランニングシューズに足を通し、日課としている朝の港区を走る。亮介は週に3〜4日、こうして同じ時間に走ることにしている。

ー今日は8時から本社とミーティングをして、その後、昨日のシミュレーションのチェックをして・・・

朝のジョギングは目を覚まさせると同時に、今日の仕事の予定を整理する時間でもある。

けやき坂を通り過ぎ、TSUTAYAを右に曲がって麻布十番の駅近くに来たところで、「おはようございます。」と、爽やかな声がした。

彼女の名前は恵(めぐみ)といって、こうしてたまにジョギングで一緒になる。以前、亮介が走っている際、首にかけてあったタオルを落とし、恵が拾ってくれた。それ以来、挨拶程度に話す仲である。

「今朝は寒さ、少しましですね。」

恵について知っているのは3つだけだ。赤羽橋付近に住んでいて、職業は材料メーカーの経理 、そして、サラリーマンの彼氏持ち。

「おはよう。そうだね、走っていたら暑いくらいだ。」

亮介はスピードを落として恵に合わせた。いつも会えば5分から10分ほど会話をして、その後はそれぞれのペースに戻る。

「そう言えば、ちょっとアドバイスして欲しいことがあって・・・。」

恵とはジョギング中にしか会ったことがなく、普段の姿は知らない。年は20代後半位で、真面目そうな控えめな印象だ。顔は美人というよりは可愛い系で、大きくはないがくりっとした丸い目が、ウサギやリスなどの小動物を思わせる。

「もうすぐ彼氏の誕生日なんですけど、男の人って何をもらったら嬉しいですか?」

確か彼氏とは半年ほどの付き合いだと言っていた。初めての誕生日なので気合が入っているのだろう。

「そうだね、人によるからなぁ。彼氏ってどんな人?」

大好きな彼氏のために一生懸命にプレゼントを考える恵の姿が可愛くて、亮介は一緒になって案を出した。

「ありがとうございます!私、男友達がいないので、すごく参考になりました!じゃぁ、私はこっちの道行きますね。」

そう言って、恵は嬉しそうにかけて行った。


恵から渡された物とは・・・?


いびつな形のマドレーヌ


それから2週間後、亮介がいつものようにジョギングに出かけると、前回恵と出会った辺りに、普段とは違う姿の彼女が立っていた。

いつもは長袖のジャージにナイキのランニングシューズだが、今日はベージュのファーのついたダウンコートにラベンダー色のスカート、足元は華奢なヒールだ。そしてその手には小さな紙袋を持っていた。

「おはようございます!」

亮介のもとへ駆け寄って来た恵は、寒空の下立っていたためか、少し鼻が赤い。

「先日は相談に乗って頂いてありがとうございました!彼、すっごく喜んでくれました!良かった、今日会えて。お礼をお渡ししたくて。」

そう言って、紙袋に入った、カードが添えられたマドレーヌを渡された。

「甘い物がお好きか分からなかったんですが・・・。あ、でもジョギングの邪魔になっちゃいますね・・・お家の近くまで届けに行きましょうか?」

「ありがとう、大丈夫だよ。」

わざわざこうしてプレゼントをくれるのは嬉しかったが、家の近くまで来てもらうのは、申し訳ないし少し怖くもあった。

ーまぁ。彼氏がいるから変な意味はないのだろうが。

香奈の一件以来、亮介はますます女性に対して疑り深くなってしまっていたのだ。

ー里緒からは頭で色々考えすぎ、と言われたが・・・

あれ以来、里緒とは会っていない。帰り際、健太が「グループLINE作ろう!」と言って連絡先を交換したが、過去の言葉への引っかかりが未だに取れない。

「では、私は帰りますね。ジョギング、頑張ってくださいね。」

そうして恵は、寒そうに手をこすり合わせながら、駆け足に駅の方へ向かった。

結局紙袋を持っていると走りづらかったため、途中で引き返してマドレーヌを朝食に頂くことにした。少しいびつな形をしているので、きっと恵の手作りだ。

“アドバイス、ありがとうございました。”

カードには、その一言のみが添えられていた。

ー疑ったりして悪かったかな。それにしてもいつ会えるか分からないのに待っていてくれたのかな・・・連絡くれれば良かったのに。

恵の寒そうな小さな後ろ姿が、亮介の脳裏に焼きついた。


恵から見た、亮介とは?


恵から見た亮介


朝5時、恵は眠いながらも早起きし、顔を洗って薄化粧をする。ジョギングをするのですぐに取れてしまうが、それでもすっぴんという訳にはいかない。

たまに会う亮介という男は、六本木に住んでいて、IT系の会社に勤めていると言っていた。

彼の後ろを走っていた時、タオルを拾って渡したことをきっかけに、色々と話すようになったのだ。

港区には美男美女が溢れているが、亮介には、見た目以上に人を惹きつける何かがある。

人懐っこそうに見えて、どこか壁があって深くまでは入り込めない雰囲気がミステリアスで、彼をもっと知りたい、と思わせた。

「もらって嬉しいものかぁ。僕だったらジョギングをするからタオルとか靴下とか嬉しいけど・・・。」

彼氏へのプレゼントの相談をした時、真剣に考えてくれる亮介の横顔が、いつにもまして素敵に感じた。それにしても、タオルと靴下が良いなんて、あんまり参考にはできなさそうだが。

ー素敵な男友達ができて嬉しいな。

恵には、男友達と呼べる男性がいなかった。仲良くなるといつもどちらかが好意を持ってしまい、結果的に上手くいかなくなる。女子校出身なので、男性と“友だちになる”という感覚が薄いのかもしれない。

「ごめん、今思いつかないからまた考えておくよ。」

こんな些細な悩みでも真剣に考えてくれたのが心から嬉しい。図々しいかと思ったが、「もしよければ、何か思いついたら連絡ください。」と言って渡したLINEのIDにも、後日きちんとアドバイスと共に連絡をくれた。

ーここまでしてくれるなんて。何かお礼しなきゃ。

思いついたのは、恵の得意の手作りマドレーヌ。しかし、いつも不定期に走る亮介にいつ会えるかも分からない。「お礼をしたい」と連絡をすると、変に構えられて断られそうだ。

結局、いつも通る道で待つことにした。包装も中身も綺麗なまま渡したかったので、敢えてジョギングはやめて。

3日目にしてやっと渡せた時には心底ホッとした。少し困ったような顔をしていたので心配したが、”すごく美味しかった、ありがとう。役に立てて良かったよ。”とLINEが来たので、迷惑ではなかったようだ。



亮介は、それからもちょくちょく朝のジョギングで恵と顔を合わせた。しかし特に二人の間に何があると言う訳でもなく、世間話をする程度。

「今日、彼に『ALLIE』に連れて行ってもらえることになったんです!ずっと行ってみたかったお店なので、今日はいつもより長めに走って、少しでも消費しなきゃ。行ったこと、ありますか?」

恵は例の彼氏とも順調そうで、幸せそうだ。

ーやはり恋愛っていいもんだな。

恵の幸せそうな姿は、“恋する女性はこうも素敵で可愛らしいものなのか”と思わせた。香奈の一件以来少し女性不信に陥っていた亮介でも、純粋に、“もう一度恋愛をしてみたい”と思うようになった。

そんな時、里緒から健太との3人のグループLINEに連絡が来た。

「二人にお願いしたいことがあるんだけど、近々会えないかな?」

少し返信に迷っている間に、健太が先に返信をする。

「良いですよー、俺にできることなら。いつにしますか?亮介はまだこっちいるんでしょ?」

こうして里緒とまた会うことになってしまった。もれなく健太もついてくるが。

亮介は、里緒に会うのが嬉しい半面、怖い気もして、心がかき乱された。

▶NEXT:12月7日 木曜更新予定
里緒のお願い事とは?里緒と再度会うことになった亮介の心は動くのか・・・?