宇宙に長期滞在した宇宙飛行士の脳のMRI画像(左:出発前 右:地球帰還後)(出典=「Effects of Spaceflight on Astronaut Brain Structure as Indicated on MRI」)

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 宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、宇宙飛行士の野口聡一氏が2019年終わり頃から約半年間、国際宇宙ステーションに長期滞在すると発表しました。

 野口氏の宇宙飛行は3回目、国際宇宙ステーションへの長期滞在は2回目です。滞在中は日本実験棟「きぼう」でさまざまな実験を行ったり、日本の学校と中継で接続して宇宙から子どもたちにコメントを発信したりする予定です。

 人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げは、今から60年前の1957年10月のことでした。

 当時は、米ソ冷戦時代。宇宙空間に電子機器を送り届けて地球を周回させるというアイデアは、アメリカが先行していました。しかし、それを知った旧ソビエト連邦は、アメリカに先んじることを最大の目標として、大陸間弾道ミサイルを改造してロケットを製造し、世界初となる人工衛星の打ち上げを成功させたのです。

●宇宙に長期滞在すると脳の構造に変化?

 驚いたことに、人類初の人工衛星打ち上げからわずか1カ月後の57年11月3日に、旧ソ連は「スプートニク2号」の打ち上げを行いました。スプートニク2号にはイヌが搭乗し、地球上の動物で初の宇宙飛行士となりました。

 全高2mの円錐形をしたスプートニク2号には、イヌが20日間生きていられる生命維持装置と心電図などイヌの状態を計測する装置、その情報を地上に送信する通信装置が搭載されました。

 しかし、宇宙空間が生命に与える影響も十分にわからないまま作成された生命維持装置だったため、打ち上げ直後に温度調節機能が故障して衛星内部の気温が急上昇し、打ち上げから数時間でイヌは死亡してしまいました。もっとも、仮に20日間生き延びたとしても、そのイヌを回収する方法は考えられていませんでした。

 その後、宇宙空間からイヌやネズミを帰還させる技術を成功させるまでに3年を要したものの、その翌年の61年には「地球は青かった」で有名なユーリイ・ガガーリンが「ボストーク1号」で宇宙へ向かっています。宇宙を目指す、旧ソ連のすさまじい意欲が伝わってくるような開発スピードです。

「ボストーク1号」の帰還方法は、現在のような安全装備を備えたシャトルやカプセルによるものではなく、大気圏突入後に国内線旅客機の飛行高度に近い上空7000mで宇宙飛行士を外に放り出し、パラシュートでダイビングさせるという荒業でした。

 それから60年が経過した今、人類は火星を目指そうとしています。40億年以上も地球の環境で進化を続けた私たちにとって、宇宙空間は過酷です。骨や筋肉の減退、放射線リスク、視覚障害、内臓不調など、多くの解決すべき課題が発生します。長期間にわたって閉鎖的空間で生活することによる、精神面のケアも重要な課題です。

 また最近、アメリカ・サウスカロライナ医科大学が、宇宙での滞在が脳の解剖学的構造に与える影響を画像診断で調査した結果を発表しました。それによると、5カ月以上の長期にわたって宇宙に滞在した宇宙飛行士のほぼ全員に、脳の隙間が部分的に小さくなったり脳が頭蓋の中で上方にずれたりしているケースが認められたそうです。

 このような構造的変化が脳の機能にどのような影響を与えるのか、あるいは地上に戻ってからどのように回復するのか。今のところは不明です。

●観光で宇宙に行く時代の「宇宙医学」

 そのような宇宙での生活が人体に与える影響は、「宇宙医学」としてクローズアップされています。

 近い将来、多くの人が探査や観光で宇宙に出て行く時代を迎えることが予想されます。そのとき、健康状態を適切に管理するにはどのようにすれば良いのか、長距離飛行する人類が快適に過ごすには宇宙船の構造はどうあるべきか……そういったことを医学界と宇宙産業界が共同で研究し、誰もが安心かつ快適に宇宙旅行を楽しめるようにしなければなりません。

 数時間で宇宙飛行士(イヌ)の死で終わった初めての宇宙旅行は、60年を経た今、火星に向かう技術を手に入れるまでに進歩しようとしています。今後は、冷戦時代のような先を争う宇宙開発ではなく、宇宙で使用される製品の安全に十分に配慮し、さらに宇宙医学を考慮した技術開発が必要です。

 今回発表された野口氏の長期滞在も、宇宙医学において多くの知見を得られるものと期待されています。
(文=中西貴之/宇部興産株式会社 環境安全部製品安全グループ グループリーダー)