<記者コラム:オトゴト>
 先日、シンガーソングライターの酸欠少女さユりのライブを取材した。若者に人気のあるアーティストで、彼女の作る音楽と歌が共感を得ている。今回のライブは“空白”をテーマにしたものだった。興味深かったのは彼女の中では空白は過去や現在にあるというものだった。むしろ未来が空白だと通常考えるものだが、彼女は未来が空白なのは当たり前で、皆同じだという。

 確かに未来は皆平等に空白だと納得。さユりは各々違う空洞、空白がある過去や現在に着目した。そこにこのライブで色や形をつけていきたいと話していた。こういった発想から彼女が描く世界観は独特なものになるのだと再認識した。

 独特な世界観を持つ彼女のライブの特色としては、ステージ前方に降ろされた透過スクリーンを使った演出だろう。透明な幕の上に文字や絵、写真など様々なものが投影し、さらにステージ後方にあるスクリーンと合わせると立体感の感じられるものになり、視覚を大いに楽しませてくれる。

 楽曲の世界観を何倍にも大きくしてくれる、ここ何年かでよく見られるようになった演出の一つだ。有名なところではamazarashiもこの透過スクリーンを使って、言葉が降り注ぐような演出や楽曲のイメージを視覚化することにより、世界観をより強固なものにしている。

 ただ勘違いして欲しくないのは、テクノロジーによる演出に頼っているわけではないということ。恐らくどのアーティストやバンドもこういった演出を使えば、容易に世界観を構築できるとは思う。しかし、貧弱な音楽性であったり、自力が弱いアーティストが使えば諸刃の剣にもなりかねない。きっと音楽が演出に負けてしまうことだろう。ラーメンで例えるなら良いスープが出来ても、麺とあっていなければ互いを殺しあってしまう。

 さユりやamazarashiのように確固たる世界観やコンセプトを持つアーティストが使用することによって、その力が何倍にもなるのだから。【村上順一】