容姿、学歴、収入。男のスペックは高ければ高いほど良い。

が、同じだけのスペックを女が持ち合わせたとき、果たしてそれは本当に幸せなのだろうか。

東大卒・外銀勤めの楓はいわゆる「ハイスペック女子」。

4年ぶりに再会した憧れの人に淡い恋心を抱くも、相手は楓のことを優秀な人材としてしか見ておらず、自身のファンドへ誘ったのだった。

一方、親友の美里は、彼氏の転勤に伴い、自分のキャリアを大きく変えることを決断していた。

女としての自信を失いつつも、キャリアのステップアップのチャンスに心が動いている楓は・・・




「え、えぇーーーー!?」

『ウエスト 青山ガーデン』店内に、素っ頓狂な声が響き渡った。

「楓、声大きい!そんなにびっくりしなくても。」

美里は苦笑いしながら珈琲をすすった。

「ごめん、でもいきなりワシントンで働くなんて言われたら、それは驚くでしょう!」

「いや、今すぐってわけじゃないよ?でもこっちで残り1年の研修を終えたら、なるべく早くあっちに移るつもり。」

確かに、楓の勤める外銀でも、夫婦どちらかの海外転勤に伴い、もう一方も同じ現地の支社に社内転勤したり、転職したりすることはしばしばあった。

楓の部署の外国人上司も、奥様の転職で東京に移ることになったのをきっかけに、彼自身も転職してきたと聞く。

地球ってそんなに小さかったっけ、と楓は入社当時衝撃を受けたものだ。

―とはいえ、まさか親友がそのパターンになるとは・・・

「楓もそうだと思うけど、私達って受け入れられるリスクは大きいと思うのよ。普通は諦めちゃうような困難にぶつかっても、きっとその時はその時で何とかする、できるって思えるから。

そうやってよくよく考えてみたら、啓太の仕事を応援するために少しだけ自分の人生をリスクにかけることなんて、全然怖くなかったわ。」

そう言って大きな口でパンケーキを頬張る美里は、幸せと自信に満ち溢れて見えた。


キャリアの転換期に、楓がどうしても気にしてしまうこと


―「受け入れられるリスクは大きい」、かぁ・・・

近所の書店で、ファンド業界に関係のありそうな書籍を何冊か手に取りながら、楓は先ほどの美里の言葉を思い返していた。

美里は自信満々にそう言い切っていたが、楓は心からそう思うことが出来ないままだった。

そもそも自分の人生を振り返ってみて、「リスク」を取ったことも無ければ、「失敗」も無い。

外銀というキャリアを選ぶことをリスクだと言う人もしばしば居るが、楓自身は全く違う考え方だった。

大方の日系企業ではいくらやる気と能力があろうと「会社」の事情で自分のキャリアが決められてしまうのに対し、外銀ではキャリアの築き方は本人のやる気と能力次第だ。

自分の能力でコントロールできない方が、余程リスクに違いない。

そう考えて今の会社に入った楓は、今のところ順調にやっているし、大きな失敗も無い。

だからこそ、須藤から誘われた新興ファンドの話は楓にとって、初めての「リスクを取ってでも大きなリターンが欲しいか」の判断を迫られる瞬間だった。




楓が気にしていることはもう一つあった。

日本では名も知られていない新興ファンドへの転職は、今の楓の社会的信用を失うことを意味する。

肩書や会社名で判断できることなどたかが知れているとは言え、楓の名刺は、楓の社会的信用を担保する以上の威力があった。

男性とは違い、「名刺でモテる」ことはもちろん無い。

しかし楓が名刺を差し出すと、どんな相手でも、それまでとは楓を見る目つきが変わるのを、楓は何度も経験してきた。

―自分の能力自体が評価されなかったら、名刺の肩書なんて本当は何の意味も無いのに。

頭では分かっていても、実際にこの名刺が楓の人脈づくりに役立ってきたこともまた事実なのだ。

「東大卒・大手外銀勤め」という分かりやすい「ハイスペック」を掲げて生きてきた楓にとって、それを失うことは、丸裸で世間に放り出されるような感覚がした。


楓の心を動かした、ある一言。


「そんなこと気にしてたの?お母さんは、世間様がどう見ようが、楓が興味のあることした方が、良いと思うわよ。そりゃあ、よく知らない会社なんかに行くの、心配だけど。

でも、今までだってあなたは、いつも私たちの期待を良い意味で裏切ってきてくれたもの。お母さん、楓がこれからどんな風に人生切り拓いていくのか、いつもハラハラしながら楽しみにしてるのよ。」

楓は両親とあまり連絡を取る方では無いが、その日は何となく、母親の声を聞きたくなったのだった。

電話越しにも、楓の声の迷いが聞いて取れたのだろう。

最初は全く話すつもりなんて無かったのに、気付けば楓は自分の迷いや考えていることを全て話していた。

「お母さん・・・」




「・・・何でもできるわよ、あなたは。」

鼻の奥がツンとした。

―私に少しでも期待してくれている人たちに、応えたい。

何が自分にとって正しい選択なのかなんて、いくら考えても分からない。

でも、どんな選択をしても、そこで自分に出来る最善を尽くしたい。

自分が「何でもできる」なんて、これっぽっちも思えなかったが、そうやって楽しみにしてくれる人が居るうちは、「スーパーマン」を全力で演じたい。

いつか途轍もなく大きな失敗をしたとしてもきっと、私の将来を楽しみにしてくれている人が居る間は、頑張り続けられる気がした。



「須藤さん、お返事お待ち頂き、ありがとうございました。

ぜひ、正式な採用プロセスに進ませてください。」

―・・・ふぅ。

楓はいよいよ、自分の人生を今のレール上から動かそうとしていた。

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はいすぺさんの生きる道とは。須藤の口から、楓を誘った真意が語られる。