スタディクーポン・イニシアティブ

さまざまな社会問題と向き合うNPOやNGOなど、公益事業者の現場に焦点を当てた専門メディア「GARDEN」と「東洋経済オンライン」がコラボ。日々のニュースに埋もれてしまいがちな国内外の多様な問題を掘り起こし、草の根的に支援策を実行し続ける公益事業者たちの活動から、社会を前進させるアイデアを探っていく。

子どもたちに平等な教育機会を


本記事はGARDEN Journalism(運営会社:株式会社GARDEN)の提供記事です

2017年10月12日、「みんなの力で教育格差をなくそう」という思いに共鳴する行政・NPO・企業が連携し「スタディクーポン・イニシアチブ」を発足。第1弾となる渋谷区でのプロジェクトについて発表しました。 これは、貧困世帯に暮らす渋谷区の中学3年生約30人を目標に、塾や家庭教師、NPOなどの学校外の教育機関での授業料に充てられる「スタディクーポン」を提供しようというもの。年明けから希望者を公募し、2018年4月から、1人につき1年間で20万円相当のクーポンを配布することを目標に、現在クラウドファンディングで寄付を呼びかけています。 今、日本に暮らす7人に1人の子どもが貧困状態にあるとされ、経済的な困難は教育にも影響を及ぼしています。中学3年生では「親の収入」が高くなるにつれ「塾代などの学校外教育支出」も多くなる傾向があるというデータもあります。


スタディクーポン・イニシアティブ

こうした「塾代格差」を解消し、すべての子どもたちに平等な教育機会を提供するのが、「スタディクーポン・イニシアチブ」の狙いです。

イニシアチブの代表を務めるのは、「公益社団法人チャンス・フォー・チルドレン(CFC)」代表理事の今井悠介さん。「チャンス・フォー・チルドレン」では、子どもの貧困や教育格差を解消するため、東北や関西を中心に学校外教育バウチャーを提供してきました。

今回、「スタディクーポン・イニシアチブ」立ち上げに至ったきっかけや今井さんの思いを、堀潤がインタビューしました。

子ども一人ひとりのニーズに合う多様な選択肢を

:よろしくお願いします。今日(2017年11月22日)の段階で、クラウドファンディングの最初の目標額1000万円はクリアしたと。これまでの手応えは?

今井:私自身、この問題を訴えかける際に社会からどういう反応があるのか気になっていたのですが、予想以上に大きな反響をいただいていて。世の中の期待を感じています。

:具体的には?


今井:自治体さんから「うちの自治体からもこういったことをやりたい」という声をいただいたりとか。塾の方々から「私も参画したい」という声をいただいたりとか。そして当事者の方々や、実際にこうした活動の対象になるような方々から「こういう活動が私の地域にあればいいのだけど」と事務局に訴える声も。この活動に対する期待やニーズを確認することができました。

:自治体の皆さんは、どうしてこうした支援が必要だと思われているのでしょうか?

今井:この活動のいいところは、子どもたちに選択肢を提供できることだと思っています。自治体単独で何かやっていくと子どもたち一人ひとりのサポートに合わせたことができないという実感をお持ちのようでした。「スタディクーポン」の仕組みを使えば「地域の子どもたち一人ひとりの可能性を伸ばせるのでは」という可能性を感じていただいたみたいで、積極的な声が寄せられています。実はこの後も自治体の方とのスカイプミーティングが入っています。

:自治体の方も画一的な支援策だとカバーしきれない現状があるということですか?

今井:特に「子どもの貧困問題」や「教育格差の問題」というのは、子どもたちの抱えている課題やニーズの幅が広い。みんなと一緒に塾に通って解決できる子もいれば、相談支援や定期的な訪問を通して相談に乗るということからしっかりサポートしていかなくてはいけない子どもたちまで、かなり幅広いニーズがあります。そうした一つひとつのニーズになかなか対応できていないというのは、自治体のみなさんが取り組みを進める中で感じてこられた部分だと思うんですね。「スタディクーポン」の仕組みを使えば、地域にいるさまざまな事業者やNPO、オンラインを使えば全国にいる事業者さんまでもが、この活動に参加してもらえるようなツールになっていると感じてもらえているのかなと。

:今まではNPO事業者同士の横のつながりや、役所との連携が弱かった部分があったのではないですか?

今井:そうですね。そこはもともと大きな壁がありました。もともとは皆同じ目標を目指してやっているのに、少しずつやり方が違っていたり、そもそも情報共有が足りなかったり。一匹狼のようにやってきた部分はあったと思います。こうした仕組みが地域に入っていくことによって、「教育格差をなくそう」「地域で子どもたちを育てていこう」ということに対して力を合わせていけるようになると思っています。

塾は必要か?「議論があるなら1度やってみる」

:クラウドファンディングを通して、支援者からはどのような声が聞こえてきていますか?

今井:今、すごくたくさんのメッセージが届いています。「自分の周りにもこういったことを求めている人がいる」という声もありますし、「自分も当事者だったのでこういった制度があればよかったのに」と応援してくれる人もいます。何かしらの形で「おかしいな」と思ってきた人たちが、今回のクラウドファンディングを通じて支援をするという気持ちを表明してくれています。

:可視化されていますね。クラウドファンディングのリターンは何ですか?

今井:物を購入していくのではなく、寄付型のクラウドファンディングで、「皆さんの寄付で何人の子たちをどれくらいの期間サポートできます」ということをリターンとしています。

:なぜでしょうか?

今井:このプロジェクトに参加したいと思ってくださる方々は物が欲しくて支援するのではないのだろうと思っていて。少しでも子どもたちの環境がよくなることに使ったほうが支援者のニーズを満たしていると判断しました。


©Natsuki Yasuda

:「新たな貧困ビジネスだ」と批判する人もいますが、今井さんはそうした声には普段どう反論をされていますか?

今井:あまり気にしていません。われわれはやるべきことをしっかりやっていくだけだと思っています。ただ、その中に大事な指摘も。「塾は必要あるのか」「学校教育と塾はどう分担するのか」といった問いかけは、ある種、本質的な問いで。実は僕らもそうした問いから今までは逃げてしまっていたところはあったのですが、この機会にしっかりとこうした問題について社会全体で議論することが大切だと思っています。「すべて学校で担うべきだ」というお考えの方もいますが、そのような考え方をするのは間違いだとは思いません。実際のところ、塾などの学校外の環境も子どもたちの教育を担っている部分があります。そうした状況を踏まえたうえで、どうやって日本の子どもたちをみんなで支える仕組みを作っていくのかが大きなテーマだと思うので、そこの議論から逃げる必要はないと思っています。

しっかりと私たちが思う社会の状況をお伝えしたうえで、絶対な正解があるわけではないので、議論を成熟させていくプロセスがすごく大事なのではと感じています。「プロジェクトをやっている人」と「外の人」が議論するのではなく、このプロジェクトを見た人たちが家族の中で議論をされている。奥様は原体験もあり「塾は大事だ」と思っている一方で、旦那様は「自分は塾になんか行かなかったからまったくわからない」と議論に。しかしそれは大事なプロセスだと思うんですね。そこから解決策を見出していくためにはしっかり結果を出していく必要があるということで、今回のプロジェクトは「効果測定」もしっかりやっていきます。「議論があるなら1度やってみる、その中でうまく行ったこと、うまくいかなかったことっていうのを検証して次につなげていく」ということで、次の社会の絵が見えてくると思っています。われわれはこれまでの6年間の実績があって「これはうまくいくだろう」と仮説を持ってやっているわけですが、まだまだそこに対しては疑問を持たれる方々がたくさんいらっしゃるというのはおっしゃるとおりだと思います。だからこそ、こういった形でやってみて実際どうだったのかということも含め、社会に説明していく責任があると思っています。

:知恵を出し合って。

今井:「やってみる中で、また議論して」というのを繰り返す中で物事が決まっていくというのは、ある種、健全な状況なのではないかなと思っています。

貧困家庭の子どもたちを社会全体で支えていきたい

:今回の取り組み以前から子どもたちの教育サポートをやってこられましたよね。その原点は?

今井:私は学生時代に不登校のこどもたちの家庭教師をしていました。彼らを富士山や海外に連れていく体験ができる支援などを行う中で、生き辛さを抱えている若者たちに出会ってきたんですね。私が印象に残っているのは、大学4年生のときに出会ったある青年。能面のような顔の青年でした。自分とほぼ同年代なのですが、かなり長い期間社会とのかかわりを断ち続けたことによって、非常に生き辛さを抱えていたんですね。そのときに私が職員さんに言われたのは、「彼みたいな若者に今出会えたのは何かの縁かもしれないね。なぜなら彼は完全に社会から消されてしまっていて、君はこれから生きていくうえで彼みたいな若者に出会うことはまずないと思うよ」と。それがすごく心に残っていて。僕はこの後学習塾に勤めたのですが、そこで、そのとき職員さんに言われた言葉の意味がわかった出来事が。その学習塾の1つ上の階にシングル家庭の方がいたのですが、その方に「勉強楽しいよ。授業が終わったら毎回行ってやってみない?」と説得を続けていました。結果、無料の体験授業を受けてそのまま入会をしてくれたのですが、結局、最終的には会費を払えずに辞めてしまいました。本当にサポートを必要としている方々には、通常の世の中の仕組みではなかなかサポートを届けられないんだなと。このことが心に残っていたこともあり、東日本大震災を契機に会社を辞め、6年半前に「チャンス・フォー・チルドレン」を始めました。

:これまで「チャンス・フォー・チルドレン」活動で、どれくらいの子どもたちとのかかわりが生まれてきましたか?

今井:延べで約2000人の子どもたちにクーポンを提供しました。東北や関西でこのサポートに応募してこられる人たちは、毎年1000件以上。1000人以上の子どもたちが毎年、意欲を持って自分でエントリーシートを書いて応募してこられるんですね。しかし実際に1年間で届けられる人数は、多くても400人から500人。毎年多くの子どもたちが期待を持って応募してきてくれるのですが、落選してしまうんですね。私たちもその子どもたちに毎年落選通知を送らなくてはいけないのは、胸が痛い仕事です。「スタディクーポン・イニシアチブ」の取り組みを始めようかと思ったきっかけは、ここにあります。

:本来は状況に優劣のある話ではないですからね。

今井:本当は全員に届けるべきだと思っているのですが、毎年あふれ続けているんですね。この状況を延長線上で続けていても、多くの人たちは落選し続ける。だったらこの支援を「制度」として確立し社会の基盤を作っていかないと、本当に意欲を持って期待を持って応募しているのにサポートが受けられず諦めてしまうときがきてしまうかもしれない。そうなる前に社会の仕組み作りに動き出さなくてはと。

:「貧困やひとり親世帯で、支援などなくても頑張っている人がいるんだから」という声が議論の起点になることもこれまでありました。今井さんはどう応えていますか?


「チャンス・フォー・チルドレン」の取り組みより ©Natsuki Yasuda

今井:「何か困ったことがあるときに家族の中だけで解決しなくてはいけない」という一般的な感覚が、今の「子どもの貧困問題」を生んでいるんだろうなと思っています。私たち「チャンス・フォー・チルドレン」が東北や関西での活動で出会ってきたのは、「受験勉強で周りの友達が塾に通っている中で『自分も行きたい』と言いたいけれど、親の状況を理解しているので言い出せない」という声。一方、お父さん、お母さんたちも「本当は行かせてあげたいけれど、子どもたちを思うとおりの学びの場に行かせてあげられないのは申し訳なく思う、情けなく思う」と言っているんですよね。当事者だけでできることには限界がある。家族だけで解決させていくのではなく、社会全体で支えていかないといけないのではないかと思うからこそ、「スタディクーポン」のような支援を仕組み化していきたいなと。

「家族以外にも支えてくれる人がいる」という心強さ

:具体的に当事者の子どもたちの言葉で印象に残っていることはありますか?

今井:「このクーポンを通じて自分の親とか家族以外に支えてくれる人がいることに気がつきました」と。この課題の本質を表しているなと。困難に対処するとき、相談するのは親だけ、家族だけだったのが、「家族以外にも支えてくれる人がいる」ということは、彼らの頑張りにつながるんですよね。一人ひとりが社会から大事にされているということを実感してもらえるというのも大きいなと思っています。

:子どもたちも、日々やることが沢山あって、社会との接点を持つ余裕がないですよね。


「チャンス・フォー・チルドレン」の取り組みより ©Natsuki Yasuda

今井:受験勉強する子どもたちも、大変な状況でやっている。お父さん、お母さんの看病をしていたり、弟や妹の面倒を見ていたり、家事も全部自分でやっていたり。しかし、「このクーポンを使っているお子さんが、この支援を通じて精神的に救われた」という声もあったんです。「このクーポンの裏側で多くの人たちが自分のことを応援している、見ているというのを感じる。みんなの応援があるんだなと実感する瞬間がある。それが大きな原動力になっている」。これは多くの子どもたちの共通の声としてあります。これが実は、この活動の隠れた目的、意味なのかなと思っています。

:これまでの支援を受けて、すでに社会に出て働き始めた世代も出始めているんですよね。

今井:この支援を通じて、志望する学校に通い卒業し、就職したお子さんもいます。まさに夢に向けて今も頑張っているお子さんもいます。そして、支援を受けた子どもたちが「大学生ボランティア」として駆けつけてくれたり、募金を手伝ってくれたり、だんだん彼ら、彼女らも支える側にまわろうと育ってきている状況も見えてきました。

:今井さん自身も発見があったのではないですか?

今井:私自身が子どもたちから勇気をもらったり、元気をもらったり。こんなに子どもたちが前を向いて頑張っているんだから、自分も頑張ろうと。実は、支援者の方たちから同様の声が聞かれます。支援を「受ける側」と「する側」の境界線がどんどんなくなっていけばいいと思っています。前を向いて一生懸命頑張っている子どもたちから救われる大人がいて、自分のできる範囲で子どもを支える中、子どもたちの学びの機会や可能性が広がっていていく。子どもたちも、支えられる側から、支える側に回るお子さんも出てきて。僕たちもいつどこで何が起きるかわからなくて、「支えられる側」に回ることだったあるわけですよね。社会が完全に「支える側」と「支えられる側」に分かれるのではなく、「支える側」にいることがあれば、「支えられる側」にいることもあるという状況になれば、もっと生きやすくなると思っています。

サポートできる環境を全国に広げていきたい


スタディクーポン・イニシアティブ

:今回の渋谷区での「スタディクーポン」にはどういう事業者たちが集ってきていますか?

今井:今はまだ正式に事業者を公募する前の段階なのですが、たとえば学習塾のような集団型の授業をしてきた事業者、大手を含めた家庭教師の事業者、不登校の子どもに特化した学習指導を提供するNPO、相談活動も行いながら子どもたちの様子を見ていけるような団体さんまで、幅広く参加していただいている状況です。このほか、これから渋谷区内の地域の事業者さんにもお声がけしていこうと思っています。

:当事者の反応は?

今井:お母さんが病気で働けず今のままでは公立の学校に行けないという状況のお子さんが、「だからこれから頑張って勉強をしたいんだ」とご自身でわれわれに連絡をくれたんです。しかし、今回の対象地域ではなかったので、このお子さんに直接支援ができず本当に心苦しい思いをして、自治体の方におつなぎした次第です。当事者の方々からの「自分で勉強したい」という声にまだまだ対応できていないということは、ものすごく悔しいですね。

:今回は渋谷区との取り組みですが、今後はさらに広がっていくといいですよね。

今井:まさしくそうです。渋谷区での取り組みをベースにしながら、これから全国のいろいろな自治体と連携して広げていくことを目標として立ち上げています。地域外から「私もスタディクーポンが欲しい」「私も勉強したい」という声があるので、しっかりと広げていきたいと思っています。

:今後の課題は何ですか?

今井:「財源」が今後の課題になってくると思います。さまざまな事例を増やしていこうと思っています。自治体の中で予算を組んでくれるのがベストなのですが、それだけではなく、地域の中でふるさと納税を集めてそれを財源にやっていくという方法があるかもしれません。一方で、国に対しても働きかけをしており、既存の補助金制度の中で自治体が手を上げれば「スタディクーポン」の活動にも使うことができないかとも考えています。今、全国から「やりたい」という声が上がっている状況なので、「ここでもこういう形でできた」「ここでもこういう財源を使ってできた」という事例を増やすことによって広がっていくんだと思っています。


「チャンス・フォー・チルドレン」の取り組みより ©Rintaro Kume

:最後にメッセージをお願いします。

今井:おかげさまでこれまでに500人以上の方々にサポートいただき、クラウドファンディング1000万円という目標額を達成しました。しかし、支援を求めている子どもたちはまだまだいます。あと10人にこのスタディクーポンを届けることができるよう、1300万円というネクストゴールを設定しました。これでもまだまだ足りないのですが、1人でも多くの子どもたちが学びの機会を得て前に進んでいくことができるよう、われわれも取り組んでいきたいと思っていますので、ぜひ応援のほどよろしくお願いします。

「スタディクーポン・イニシアチブ」については「GARDEN」当該記事へ

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