2017年に入り、メディアのバイヤーとセラーが、デジタルメディアをしつこく悩ませている問題について大きな声を上げはじめた。そのひとりが、NBCユニバーサル(NBCUniversal)のリンダ・ヤカリノ氏だ。同氏は、人々にこの問題の解決に乗り出してほしいと考えている。

NBCユニバーサルで広告販売責任者を務めるヤカリノ氏は、さまざまなカンファレンスやアップフロント(広告枠の販売イベント)で苛立ちをあらわにし、プレス相手に激しい不満を述べてきた。同氏に言わせると、ブランドセーフティへの対応は進んでおらず、メディアの測定手段は著しく不足し、市場はあまりにもFacebookに独占されているという。5月のアップフロントでは、「私たちは自分たちの宿題を採点することさえできていない。『ビュー』とは一体何なのか。『ビュー』が自社の製品を買ってくれたことがあるだろうか。『いいね!』がお店に来てくれたことがあるだろうか」と問いかけ、デジタルメディアを糾弾した。9月には、Facebookがリーチしたと発表していた18〜24歳のユーザー数が実際の人数より多かったとするレポートを引き合いに出して、Facebookを名指しで批判。「NBCが機械によるトラフィックを提供したり、何らかの詐欺行為やいわゆる裏ビジネスに加担したりすれば、ワシントンで証言台に立たされることになるのだ」と指摘している。

そのヤカリノ氏が、こうした問題について話し合うための会合を11月28日に開くことを決定し、メディア関連のさまざまな分野の幹部たちを招待した。招待を受けた人のなかには、バイヤー、ブランド、競合のメディア企業の幹部はもちろん、FacebookやGoogleの幹部も含まれている。

NBCユニバーサルによれば、ヤカリノ氏はこの会合についてコメントを拒否している。だが、同氏を知る人々にとって、今回の招へいは、NBCユニバーサルと業界に変化を起こそうとするヤカリノ氏の長年の取り組みの延長線上にあるものだ。「ヤカリノ氏は、測定手段のことを話題にするだけでなく、さまざまなやり方でこの業界を率いている」と、オムニコム・メディア・グループ(Omnicom Media Group)で北米投資案件担当CEOを務めるジョン・スウィフト氏は言う。28日の会合に招待されている同氏は、「私が受け取った招待状のなかで、久しぶりにとても興味深いもののひとつだ」と述べている。

強力なプレーヤー



ヤカリノ氏の動きは、プロクター・ アンド・ギャンブル(The Procter & Gamble)で最高ブランド責任者を務めるマーク・プリチャード氏を後押しするものだ。彼は1月、アメリカのインタラクティブ広告協議会(Interactive Advertising Bureau:IAB)が毎年開催するリーダーシップ・ミーティングでデジタル広告の誠実さに不満を示し、デジタル広告の問題について口火を切る役割を果たした。アドバイイング大手のグループ・エム(GroupM)でブランドセーフティ部門のトップを務めるジョン・モンゴメリ氏も、ビューアビリティ、アドブロック、アドフラウドなどの問題について忌憚なく語っている。また、ニュース・コーポレーション(News Corp)のCEO、ロバート・トムソン氏は、ニュース業界で非公式の広報担当者のような役割を果たしている。恵まれた立場にいるトムソン氏は、「ネット界の野蛮人」とか「テクノロジー界の虫けら」といった言葉でテクノロジー企業を攻撃しているのだ。しかし、メディア業界の関係者はみな、(GoogleとFacebookの)デュオポリーと競争しながらも両社に依存している。そのため、両社を表立って批判する関係者はほとんどいない。また、各社が連携なしにできることには限界がある。

だがヤカリノ氏は、いくつかの要因のおかげで、こうした業界の問題を訴えやすい立場にいる。明らかな要因のひとつは、同氏が勤務する企業の規模と影響力の大きさだ。ヤカリノ氏は、年間で100億ドル(約1.1兆円)以上に上る広告収入を管理する立場にある。したがって、広告に対する広告主からの信頼を維持することは、同氏にとって大きな利益だ。NBCユニバーサルは、Snapchatのほか、大手デジタルメディアのVox MediaやBuzzFeedとの関係を深め、こういった企業の広告インベントリーを販売している。また、Apple Newsの広告枠を独占販売している。こうした取り組みによって、NBCユニバーサルは、デジタル広告支出を独占しているFacebookとGoogleのライバルとして勢力を拡大しているのだ。また、親会社のコムキャスト(Comcast)がケーブルテレビ事業を手がけているため、NBCユニバーサルはよりプラットフォーム的な立ち位置を確立している。業界の今後の方針を決めて推し進めることは、同社の競争相手だけでなく、同社自身を助けることにもなるのだ。

「ヤカリノ氏は(ライバル企業の幹部たちよりも)幹部職を務めている期間が長い。また(NBCユニバーサルは)最大のプレーヤーだ」と、ピボタル・リサーチ・グループ(Pivotal Research Group)のシニアアナリスト、ブライアン・ウィーザー氏はいう。「彼らのポートフォリオは、テレビCMの領域をはるかに超えており、コムキャストは、とがめられることなく、より長期的な視点で未来を見据えられる。業界の今後の方針を決められるのだ」。

デジタルメディアの信頼性の危機



こうした問題に関心が集まっているのは、デジタルメディアはいまや混乱状態にあるという認識が広く共有され、一刻も早くその状況に対処しようという気運が高まっているためだ。デジタルメディアは長いあいだ、不正なトラフィック、表示されない広告、不快なコンテンツの巣窟だった。だが、フェイクニュースとロシアの広告がFacebookとGoogleで見つかり、メディアのバイヤーとセラーが厳しい批判の声を上げはじめたのは、2016年の米大統領選挙が終わってからのことだった。複数の異なるデバイスにまたがってオーディエンスを測定することが難しいのは、いまにはじまった話ではない。だが、Facebookの測定の問題が次々と指摘されるようになったのは、ごく最近のことだ。

悪質なコンテンツが配信されている件に関するセンセーショナルな報道のことを考えるまでもなく、訪問者数とコンテンツがさまざまな意味を持つ業界では、メディアの価値を定義する方法を明確にすることが必要だ。

「我々は、価格以外のメディアの価値を定義する方法を見つけ出さなければならない」とスウィフト氏は言う。「広告を表示する方法や広告に対して消費者の取れる行動が、すべてのプラットフォームで同じということはない。また、異なるプラットフォームの測定値を同一条件で比較する方法もなければ、透明性が完全に確保され、誰もが納得できるような標準的な測定手段もない。重複があるのかないのか、実際に行動を起こしたユーザーは何人いるのか、滞在時間はどれくらいで、十分意味のある長さだったのかが、わからないのだ。また、リニアTV(従来型のTV放送)にも多くの問題がある。広告メッセージを見てもらえたかどうかを測定しているのはニールセン(Nielsen)だけだからだ」。

ヤカリノ氏は、長年に渡って変革を推し進め、現状を打破しようとしている人物として信頼されている。2015年には、ニールセンを切り捨ててCNBCに乗り換える決定を下した。ニールセンでは、スポーツクラブやオフィスなど、自宅以外の場所で経済ニュース番組の視聴状況を測定できなかったからだ。また、テレビのバイイングプロセスでケーブルテレビ局が2級扱いされていることに、以前から抗議している。ヤカリノ氏は、ターナー・エンターテイメント(Turner Entertainment)に15年在籍したあと、2011年にNBCユニバーサルに入社。テレビ放送、ケーブルテレビ、デジタルメディアなど、同氏に言わせれば「連携するのが大の苦手」であった15の営業チームを統合した。また、タフな価格交渉人であるだけでなく、人の話を聞き、歩み寄ることのできる人物として信頼を得ている。

ヤカリノ氏は、会話のなかに料理についての話や自虐的なユーモアを交えたりすることもできる。NBCユニバーサルに入ったばかりの多忙な時代について語ったときには、まるでリアリティーショーの『身も心も裸になる! 男女二人のサバイバル(原題:The NakedNaked and Afraid)』の出演者のようだったと述べ、「(女性用矯正下着メーカーの)スパンクス(Spanx)を着用させられることがないことだけはわかっていた。だから私にとっては、悪夢のような状況だった」と、ジョークを飛ばしている。

ヤカリノ氏は、優れた政治家のように、ほかのテレビ局と連携してきた経験を持つ。NBCユニバーサルは、毎年春に「イノベーション」デイというイベントにライバル企業を招待しているが、最近では、FOXのテレビドラマ『エンパイア(Empire)』でペプシ(Pepsi)がメインスポンサーに返り咲いた事例を紹介した。「これはNBCのイベントだが、ヤカリノ氏が大きく取り上げたのはFOXのサクセスストーリーだった」と、メディアアドバイザー企業メディアリンク(MediaLink)の創設者兼CEO、マイケル・カサン氏は話す。「彼女はもちろんNBCに広告を取らせたいと考えているだろうが、これを業界の問題だと認識しているのだ。競争の激しい業界に対して、彼女は協力的な姿勢でアプローチしている」。

変革というテーマ



公の場での発言や幹部どうしの会合から何が生まれるかは、誰にもわからない。メディア企業が共通の目的のために一致団結したことは過去にもあったが、結果は期待外れだった。とはいえ、ブランドセーフティといった誰もが同意できるようなテーマくらいは生まれるのではという期待は持つことができる。

ヤカリノ氏の動機がたとえ利他的ではなかったとしても、ほかの人たちは喜んで協力している。同氏ほどの名声を持つ人物が、デジタル広告に秩序をもたらす必要性を訴えれば、バイヤーはほかのセラーに対し、同氏の考えに従ってほしいといえるようになる。「おかげで、ポジティブな影響が生み出されている」と、バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)で顧客エンゲージメントおよび投資担当SVPを務めるルー・パスカリス氏は述べている。

これほどの大きな変化を達成するために企業が単独でできることは、影響を与えることだけだと、FOXネットワークスグループ(Fox Networks Group)の広告担当プレジデントで、ヤカリノ氏と同じような立場にあるジョー・マルケーゼ氏はいう。同氏は「FOXサイドから見ても、変えなければならないのは我々の仕事の仕方ではなく、業界のほうかもしれない」と述べた上で、次のように語った。「組織を変えるだけでは、我々は目的を達成できないだろう。リンダ(ヤカリノ氏)のような人たちがこのことを認識してくれていることには、ほとんど感謝の気持ちしかない」。

Lucia Moses(原文 / 訳:ガリレオ)