韓国が未曾有の経済危機である「IMF危機」に見舞われてから20年が経った。韓国経済も、大企業も、超スピードで立ち直ったが、構造問題も大きくなっている。

 1997年11月21日、韓国政府は、IMF(国際通貨基金)に緊急資金支援を要請した。それからちょうど20年が経過したのだ。

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1997年初めから相次ぐ倒産

 この年、韓国では、大手鉄鋼会社、韓宝(ハンボ)が倒産したのを皮切りに、有名企業や中堅財閥が次々と倒産した。

 韓国の多くの企業は、1990年代になって高成長を謳歌していた。「もっと大きく」を合言葉に、借入金で事業を貪欲に拡大した。ところが、ウォン安、金利高の直撃を受けて資金繰りがつかなくなった。

 東南アジアから始まった通貨暴落で、連鎖倒産に歯止めがかからなくなってしまった。

 IMFの緊急支援で一息ついたものの、これを機に、猛烈な「構造改革」が始まった。事業譲渡・売却、人員削減、合併・・・つい数か月前まで拡大路線を突き進んだ財閥は、大規模人員削減と事業撤退に向かって走り始めた。

 20年経過した2017年10月、政府系シンクタンクである韓国開発研究院(KDI)が19歳以上の1000人を対象に「IMF危機発生20年国民意識調査」を実施した。

最も困難な時期、朝鮮戦争以来の国難

 57.4%がIMF危機を「過去50年間に韓国経済で最も困難な時期」と回答した。また、39.7%が「本人、親、兄弟が失職、不渡りの経験がある」と回答した。

 韓国政府がIMFに緊急支援を要請した直後に大統領選挙で当選した金大中(キム・デジュン)氏は、その後、「朝鮮戦争以来の国難」と繰り返した。

 猛烈な「構造改革」が続いていた頃、筆者はソウルを訪れた。金浦空港から市内中心部に向かうバスに乗ってまず驚いた。慢性的に渋滞だった道がガラガラなのだ。

 自家用車、社用車の利用が激減していたのだ。

 知人たちの多くが、30代、40代前半で「失業者」になっていた。財閥の有力企業、大手銀行、新聞記者・・・業種を問わず、本当に多くの失業者がいた。

 財閥の有力企業で人事部長だった知人はこう話してくれた。

 「副社長に、全社で3割人を減らせ。リストを週内に作れ、と言われた。全社の部長にリストを作らせ、次々と呼んで『解雇』を言い渡した。すべて終わったら副社長に『ここまでやったら君も辞めないと』と言われて失業した」

 ソウル駅の地下通路には、野宿をする人であふれ返っていた。

消えた財閥

 企業も、大混乱に陥った。韓国でも広く名前が知られていた、財閥や「有名企業」が次々と倒産したのだ。

 聨合ニュースは11月1日、「CEOスコア」がまとめた財閥の変遷を紹介した記事を配信した。IMF危機発生直後である1998年初めの「30大財閥」がその後20年間でどうなったのか?

 以下はその結果だ。

◇1998年初め時点での資産規模上位30大財閥とその後◇

1)現代→現代自動車、現代重工業、現代百貨店など分離
2)サムスン→不動の1位に
3)大宇→解体
4)LG→GS、LSなどに分離、4位維持
5)SK→グループ拡大、3位浮上
6)韓進→韓進重工業、海運、金融など分離
7)双竜→解体
8)ハンファ→8位維持
9)錦湖→石油化学分離、19位に
10)東亜→解体
11)ロッテ→5位に浮上
12)ハルラ→30位圏外に
13)大林→18位に
14)斗山→13位に
15)ハンスル→30位圏外に
16)暁星→25位に
17)高合→解体
18)コーロン→30位圏外に
19)東国製鋼→30位圏外に
20)東部→30位圏外に
21)亜南→30位圏外に
22)真路→解体
23)東洋→解体
24)ヘテ→解体
25)シンホ→解体
26)テサン→30位圏外に
27)ニューコア→解体
28)コピョン→解体
29)江原産業→30位圏外に
30)セハン→解体

30大財閥のうち19が解体、脱落

 30大財閥のうち、19グループが解体や圏外脱落になってしまった。大宇、双竜、ヘテ、セハン・・・有名財閥、企業の崩壊劇は衝撃的だった。

 それほど激しい全産業での大リストラだったのだ。この過程でどれだけの企業が倒産し、解雇者が出たのか?

 だが、危機に陥った後の復元力も驚異的だった。外貨が底を尽くや、国民の間で「金の寄付運動」が起きた。家庭にあった貴金属を寄付する国民運動だった。企業も、事業の大リストラで生き残りを目指した。

 それからわずか3〜4年間で、韓国経済も企業も、個人も、少なくとも表面的には見事に復活した。大企業もV字型回復を見せた。

 サムスングループは、不採算事業を整理し、半導体事業などに集中投資を続けた。現代グループは財閥としてはばらばらになったが、独立した自動車や造船業の現代重工業は、韓国を代表する高収益企業になった。

 現代自動車は、経営危機に陥った起亜自動車を買収して、さらに急拡大した。

 SKグループも、石油化学と通信という2大柱事業を成長させ、その後、半導体事業にも進出して成長した。

好調な数字も多いが・・・

 20年間で韓国経済がさらに強大になったことを示す数字は多い。

◇数字で見る1997年から20年間の韓国経済(1円=10ウォン)◇

国内総生産      530兆ウォン → 1637兆ウォン(2016年)
1人あたり国民総所得 1147万ウォン → 3198万ウォン(同)
貿易収支       84億ドル赤字  → 826億ドル黒字(2017年1〜10月)
外貨保有高      204億ドル  → 3844億ドル
総合株価指数     376(1997年末)→ 2550(2017年11月9日)

 だが、多くの国民が、「韓国経済が強大になった」という数字を実感できていないことも事実だ。

 IMF危機を機に、韓国社会は大きく変貌してしまった。

 社会全体で競争が激化した。一度、猛烈な人員削減で危機を乗り切った企業は、経営が悪化するとすぐに「雇用調整」に乗り出すようになった。

 社内競争はすさまじく激化した。いや、それ以前に、新規採用拡大にきわめて慎重になり、大学生の就職難は慢性的に深刻だ。正規職がどんどん非正規職に置き換わり、「質の高い働き場」は一向に増えない。

 一部の大企業は、業績が絶好調だが、なかなかこれが産業界全体に浸透しない。雇用も増えないとなれば、「好調な経済」を実感できるはずもない。

 IMF危機を比較的短期間で乗り切りはしたが、それは、雇用を痛め、一部の大企業への経済依存度を高め、経済格差を急拡大させるという副作用も生んでしまった。

IMF級の青年失業問題

 「IMF危機級の青年失業」

 11月16日付の「毎日経済新聞」は大きく報じた。

 前の日に統計庁が発表した「10月の雇用動向」によると、15〜29歳までの青年層の失業率が8.6%となり、10月としては1999年以降18年ぶりの高い水準になった。

 25〜29歳の失業率だけを見ると9.3%。すべての年齢層を通した失業率は3.2%で、20代半ばと後半の世代はこの3倍に達している。

 20年間で、大企業はさらに巨大化したが、青年失業問題はまた元に戻ってしまったのだ。

 一方で、2000年以降、ソウルを中心に不動産価格が急騰し、借金をしてでも不動産を購入することが資産拡大の早道という風潮が強まった。

 おかげで家計負債は急増したが、返済のめどがたっていない状況だ。

IMF危機20年、新しい政策方向掲げるが

 2017年、ちょうどIMF危機から20年目に大統領に就任した文在寅(ムン・ジェイン=1953年生)氏は、「人間中心の経済」「所得主導成長論」という一風変わった経済政策を掲げている。

 この20年間、韓国は、財閥や大企業主導で、猛烈な競争を通して経済を引っ張ってきた。これをそろそろ改め、一人ひとりの国民が「経済拡大」を実感できる政策に転換するという意味だ。

 文在寅大統領の政策は多くの国民の支持を今のところは得ている。

 だが、「非正規職の正規職転換」「最低賃金の引き上げ」「公務員の採用増加」などの政策はいずれも、どこまで実効性があるか不透明だ。

 財閥への規制強化の動きも、支持は多いが、実際に経済にどういう影響が出るのか、不安視する声も少なくない。

 IMF危機から20年。文在寅政権は、大企業や財閥を牽引役として経済全体を成長させて雇用を増やすというこれまで20年間の政策から脱却しようとしている。

 だが、IMF危機のときは、あまりに異常なほど経済が悪化して、大胆な政策や大規模なリストラに対しても国民の理解を得られた。

 だが、大企業と零細企業、青年とシニア層、金持ちと庶民、正規職と非正規職・・・一つひとつの政策に利害が相反することも多く、政策遂行は容易ではない。

筆者:玉置 直司