近年、中国はアフリカに対する影響力を強めてきた。そのアフリカで11月21日、ジンバブエのロバート・ムガベ大統領が辞任に追い込まれた。ジンバブエもまた中国との関係が深い国の1つだ。

 中国は1950年代からアフリカ外交を進め、現在、52カ国と国交を結んでいる。だが、アフリカにはムガベ大統領と同じような独裁政権や汚職まみれの政権が少なくない。今後、そうした指導者に退陣要求が突き付けられれば、中国の対アフリカ政策は軌道修正を強いられるかもしれない。

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インフラ工事を請け負う中国企業

 ジンバブエが独立した1980年に、中国は国交を樹立した。2010年代に入るとジンバブエの電力、水利、通信インフラや不動産などの開発に多額の中国資本が流れ込んだ。

 2015年には習近平国家主席が同国を訪問し、12の大型プロジェクトに投資する契約を交わした。現在、現地の中国企業は60を超え、多くの中国人がさまざまな建設工事を進めている。

 だが、中国と密接な関係を築き多額の投資を引き出してきたムガベ大統領が辞任した。中国では、ジンバブエの政権交代で、これまでの投資に悪影響がないか懸念されている。

経済危機を中国が救済

「独立戦争の英雄」だったムガベ氏は1980年に首相に、87年に大統領に就任し、以来37年にわたり政権を掌握した。

 ムガベ氏は教育や医療などの面でジンバブエの繁栄に尽力し、白人との融和も試みた。その一方で、長期政権は独裁化し、さまざまな失政が国民を苦しめた。

 その最たる例が「土地改革」だと言われる。2000年、「人口の1%の白人がジンバブエの7割の土地を占用している」ことへの不満を背景に、白人地主の土地を強制的に収用した。

 しかしその政策は、近代化された農業と農産物の販路をジンバブエから葬り去ってしまった。同時に、ジンバブエに投資していた英国や米国との関係も悪化し、結局ジンバブエは2003年に英連邦からの脱退を余儀なくされた。

 ジンバブエ経済は急激に悪化し、ハイパーインフレを引き起こした。2009年には100兆ドル紙幣が出現したが、それでも1個のパンしか買えない状況だったという。

 経済が困窮する中、ムガベ氏は何度も中国を訪問し、中国からの投資を呼び込もうとした。一方の中国も、ムガベ氏を「中国人民の古い友人」と呼び、西側の対ジンバブエ制裁の隙をつくようにして接近を図った。その結果、2015年にはジンバブエにおける対外投資の半分を中国が占めるようになった。

ムガベ氏に贈られた中国版ノーベル賞

 ムガベ氏と中国の緊密ぶりを表すのが、孔子平和賞にまつわるエピソードである。2015年、中国はムガベ氏に「第6回孔子平和賞」を授与した。2010年に民間組織が立ち上げた孔子平和賞は“中国版ノーベル賞”とも言われている。

 独裁者の顔を持つムガベ氏に「平和賞」を授与することは、国際社会で物議を醸した。「国の経済を崩壊させ、国民を飢えさせた人物になぜ賞を授けるのか」という疑問の声は、ジンバブエ国内はもちろんのこと中国でも聞かれた。

 中国によると、ムガベ氏に授与する根拠は「ムガベ氏が国民に幸福をもたらし、アフリカの独立と汎アフリカ主義に尽力し、アフリカの文明に卓越的貢献をした」ことだという。

 しかし、結局ムガベ氏本人はこの受賞を断った。ちなみに、2011年にはロシアのプーチン大統領が、2014年にはキューバのカストロ議長が孔子平和賞を受賞している。顔ぶれを見る限り“西側好みではない”人物が選ばれるようである。

中国とジンバブエの蜜月は続くのか

 報道によると、ジンバブエのクーデターの5日前、コンスタンティノ・チウェンガ国軍司令官が中国を訪れたという。中国外交部は「通常の軍事交流だ」と述べたが、チウェンガ司令官はクーデターの準備があることも伝えたとみられる。ロイター通信は「新政権発足後も軍事的支援と引き続き投資を得たいという要請を行った」可能性を指摘している。その場合、中国はクーデターを黙認していたということになる。中国とムガベ氏の関係は良好ではなくなっていたという指摘もある。

 中国は「人治の国」と言われ、経済を動かす際も人と人のつながりを重視する。ジンバブエ新政権にとっては、中国がこれまで通り緊密な付き合いを維持してくれるかどうか大いに気にかかるところだろう。

 一方で、現在アフリカへの支援国、投資国は多様化している。西側先進国はもちろん、中国以外にもインド、マレーシア、トルコなどが動き出し、IT技術に関してはバングラデシュも存在感を動き始めている。今後、アフリカに選ばれる国の座を巡って、各国の競争は激しさを増していきそうだ。

筆者:姫田 小夏